上 下
439 / 676

439・帰ってきた故郷

しおりを挟む
 久しぶりに感じる潮風が心地よく感じる。
 白亜の街並みは魔王祭に行く前と何も変わらず、ダークエルフ族の拠点を潰したり、複製体との戦いを見届けたり――。
 そんな現状とはどこか無縁な穏やかな時が過ぎている。ワイバーン発着場に降り立った私がまず最初に感じたのがそれだった。

「帰ってきましたね」

 雪風の言葉にジュールも同じように懐かしさを感じているのだろう。どこか感慨深げな表情をしていた。
 対してファリスはほとんど来たことがないせいか、真新しいものを見るかのような目をしていた。
 この光景をラミィにも見せてあげられないのは残念だ。幼い子には色んなものを見せてあげたくなる気持ちになるしね。
 だけど彼女を連れて行く事になったら、必然的にヒューも連れて行くことになる。ガンドルグ側も彼から特に聞くことがないにしても、あまり国の外に動かすことは良しとされないだろうし、イタズラにティリアースの貴族の感情を逆撫でする気は全くない。
 という訳で、今は私、ジュール、雪風、ファリスのメンバーだ。レアディとアロズはヒューとラミィの二人の監視役。多少不安ではあるけれど、今までの彼らの行動から、無茶はあまりしないだろう。
 それにずっとという訳でもない。あくまでお母様や他のみんなの顔を見に来ただけだし、少ししたらすぐに戻る事になるしね。

 今度戻ったらダークエルフ族の拠点を抑えていくことになるだろうから、色んな国に行く事になるだろう。次はいつアルファスに帰れるかわからない。そんな事を考えていると、少しだけ憂鬱な気持ちになる。
 後ろ向きになっている思考をすぐさま振り払って、前向きに歩いて行こう。せっかく帰ってきたのに、こんな気持ちのままでいたくないしね。

「まずは館に帰りますか?」
「……そうね。ちょっとだけ外を見て回ってから帰りましょう」

 本当はすぐにでも館に帰りたい。お母様に会って、色んなことをお話したい。
 だけど、せっかく懐かしい気持ちに浸ってしまったのだから、少しだけうろうろしてもいいだろう――そんな気持ちが湧き上がってきたのもまた事実だった。

「よろしいのですか? アルシェラ様が待っていると思うのですが」
「ほんの少しだけ、よ。他の国に行った時はこんな潮風のある町には行かなかったもの。ちょっとだけ……ね?」

 久しぶりのこの空気を味わいたい――そんな想いから、ついお願いをしてしまった。ジュールとファリスの様子がなんだかおかしいけれど、そこは気にしたら負けだろう。

「せっかく帰ってきたんだもの。ティアちゃんのやりたいようにするといいよ」
「……そうですね。エールティア様も帰ってきたばかりですし、館に向かいながら町の空気を楽しむのも良いと思います」

 雪風に訴えかけるように視線を向ける二人。味方になってくれるのはありがたい。
 三対一は分が悪いと思ったのか、雪風も最終的に納得してくれたしね。その代わり少し遠回りをする形で館に向かう事になった。

 四人でのんびりと景色を見ながら歩いて行く。学園での帰り道に歩いた場所をそのまま沿っている形になっている。よく一緒に帰っていたリュネーがいたら、もっと懐かしい気持ちになっていただろう。

「リュネーは今何をしているのかしらね」
「学園からはずっと離れていましたからね。恐らくアルシェラ様ならご存じではないかと思われます」

 あの子は魔王祭に参加しなかったから、自然とアルファスにお留守番という事になってしまった。彼女自身も納得していたけれど、その結果まさかここまで会えない期間が続くとは思わなかった。
 流石の雪風も学園周りの情報は収集していないらしく、フォルスやウォルカの事についても知りたかったけれど仕方がない。短くてもここにいれば自然と会えると思うし、学園にも足を運ぶつもりだから尚更だろう。

「エールティア様、帰ってきたんだな!」

 景色を楽しみながら館への道を歩いて行くと、以前からよく話しかけて来てくれていた漁師の男の人が懐かしむ様に話しかけてくれた。

「また行かなくちゃいけないけどね」
「それなら早くアルシェラ様のところに行ってやりな。ずっと心配されていたからな」

 漁師の人が遠い目をしている。お母様の事だから信じてくれていると思っているけれど……私が思う以上に心配をかけているみたいだ。

「お母様が……。教えてくれてありがとう」
「今こうして俺達が働いていられるのも公爵様方のおかげだからな。これくらい訳ないさ」

 にやりと笑う漁師の人はまだ仕事が残っているのか、そのまま片手をあげて立ち去って行った。あの顔も久しぶりに見たけれど……相変わらず元気そうでよかった。
 町の人達も平和そうに過ごしているし……ここがこんな風に活気に溢れているだけで、頑張らないとと思う気持ちが湧いて出てくる。

 懐かしい風景を眺めていた私達は、見慣れた館へと戻ってきた。いつも通り庭園が綺麗で、あそこでよくお茶をしていた記憶が鮮明に蘇る。

「お、お嬢様……! おかえりなさいませ!」

 番をしていた兵士の人が敬礼をして急いで門を開いてくれた。ちょっと遠回りしたけれど、ようやく私は故郷の館へと戻ってくる事が出来たのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...