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438・失くした気持ち
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ファリスと一緒にお出かけしてから数日後――私は宿屋で荷物の確認をしていた。
素直に従ってくれるヒューのおかげで、私は自分の方に時間を割くことが出来るようになった。特に反抗する兆しも見られないし、むしろ怖い程順調と言っても差し支えなかった。
だからこそレアディに任せる事も出来るし、こうしてお土産を買う事も出来た。
お母様やリュネー達の為に買ったお土産を整理しながら、既に雪風は帰郷の手続きを終えている頃だろうと考えていた。
ヒューとのやり取りに私は不要となり、ガンドルグの兵士が数日様子を見た結果『いざとなったら――』という心配も無くなった。もちろんまだ様々な不安要素は存在するけれど……それは考えても仕方のない事だろう。
とりあえずガンドルグ側からも私の監視を不要だとお墨付きをもらい、他の国に行っても良いとはっきり言われた事が重要なのだから。
ノックの音が聞こえて、入っていい事を告げると――雪風がいつもの調子で入ってきた。
「エールティア様、準備はよろしいですか?」
「ええ。そっちの方はどう?」
「滞りなく順調です。今はジュールが最終手続きを行っています」
なるほど。手続きはジュールに任せて、雪風は私達の様子を見に来たみたいだ。お土産も確認が終わったし、私自身の荷物はあまり多くない。公爵家の娘としてそこのところはどうかと思うけれど……これが私なんだから仕方がない。服に関するものも、十数着程度あれば洗って使う事も出来るしね。そんなのだから、旅行用のカバンの中身よりもお土産を入れる為に買ったカバンの方が沢山入っているくらいだ。
「それじゃ、行きましょうか」
ワイバーン発着場は王都から少し離れた場所にある。雪風がこちら側に来ている以上、ほとんど終わっているはずだ。今から行って到着する頃くらいにはジュールの方も手続きを終わらせているだろう。
「長かったけれど……ようやく帰る事が出来るのね」
「ファオラの月からずっとティリアースから離れていましたからね。恋しくなるのも仕方ありません」
「雪風はどう? 確か雪桜花の生まれなのよね?」
彼女と出会ったのはアルファスの学園の中だったけれど……彼女の実家は雪桜花にあったはずだ。雪雨の事も知っていたし、生まれてしばらくは向こうで過ごしていた事は間違いにないだろう。
「そうですね。僕は学園に通える年になった時にアルファスの学園に入学する事を決めたのですよ。聖黒族――最強の種族が最も近くで見れる場所で剣の腕を磨きたかった……というのがありましたので」
「なら三年近く離れた事になるけど……恋しくならないの?」
「そうですね……。手紙のやり取りはしていますから平気ですよ。久しぶりに会いたいという気持ちはなくはありませんが、今の僕はまだまだ未熟ですので」
苦笑いを浮かべる雪風。私はそんな事はないと思うだけど、雪風は自分のことに関しては妙にストイックなところがある。納得する結果が得られるまで、実家に帰るつもりはないのだろう。
私からしたら、雪風は十分に頑張っていると思う。以前敗北を喫したヒューを打ち倒し、より一層強くなった。ダークエルフ族の軍事拠点の情報も彼女が入手したもので、それがなかったら私達はガンドルグに来なかったし、例の地図も手に入らなかった。それらは全て雪風の戦果だ。
実家に帰っても十分に誇れると思うのだけれど……彼女はそれでも自分が未熟だと思っているのだろう。
「雪風。あまり自分を追い込む事はないわ。貴女は十分強くなった。そこはちゃんと評価してあげないと」
「……そうかもしれません。ですが、僕にはまだ何もかも足りていない。貴女の隣に立てるだけの力を手に入れるその時まで、家に戻るつもりはありません。自ら仕えるべき主人の懐刀としてお役に立つ。家を出たときに父や祖父にした決意を違えぬ為に」
まっすぐ射抜くような瞳は私に突き刺さり、それ以上何も言えなくなる。だって彼女の力強さは私にはないもので、ただ『強い』だけの私にはとても真似できないものだった。
「その為に、まずは己の弱さと向き合わねばなりません。ヒューとの戦いは僕を成長させてくれましたけれど、同時に欠点も教えてくれました。貴女の刃になる為、今後は一層精進して参りますね」
雪風は笑顔を浮かべて去ろうとした彼女に私は――
「雪風! 貴女のそれは欠点じゃない。刃になってくれることを否定するつもりはない。けど、失ったら取り戻せないものもあるの。戦うときに誰かの事を思う事は決して悪い事じゃない。優しさは決して欠点にはなり得ないの。それだけは……覚えておいて」
何も思わずただ殺す事に何の意味があるのだろう? その虚しさは私が一番よく知っていた。
誰の事も知ろうとせず、拒絶しても理解してもらいたい。それは人を孤独にする。今は私に寄りかかるだけで何とかなっていても……そんな脆いものはいずれ壊れる日が来る。
なんとか紡いだ言葉に雪風は寂しそうな笑顔で頷いてくれた。理解してくれたのかどうかはわからないけれど……少しでも伝わってくれれば、私も言った甲斐があるだろう。
さて、土壇場でごたごたしてたけれど久しぶりの故郷に帰るとしましょうか。
素直に従ってくれるヒューのおかげで、私は自分の方に時間を割くことが出来るようになった。特に反抗する兆しも見られないし、むしろ怖い程順調と言っても差し支えなかった。
だからこそレアディに任せる事も出来るし、こうしてお土産を買う事も出来た。
お母様やリュネー達の為に買ったお土産を整理しながら、既に雪風は帰郷の手続きを終えている頃だろうと考えていた。
ヒューとのやり取りに私は不要となり、ガンドルグの兵士が数日様子を見た結果『いざとなったら――』という心配も無くなった。もちろんまだ様々な不安要素は存在するけれど……それは考えても仕方のない事だろう。
とりあえずガンドルグ側からも私の監視を不要だとお墨付きをもらい、他の国に行っても良いとはっきり言われた事が重要なのだから。
ノックの音が聞こえて、入っていい事を告げると――雪風がいつもの調子で入ってきた。
「エールティア様、準備はよろしいですか?」
「ええ。そっちの方はどう?」
「滞りなく順調です。今はジュールが最終手続きを行っています」
なるほど。手続きはジュールに任せて、雪風は私達の様子を見に来たみたいだ。お土産も確認が終わったし、私自身の荷物はあまり多くない。公爵家の娘としてそこのところはどうかと思うけれど……これが私なんだから仕方がない。服に関するものも、十数着程度あれば洗って使う事も出来るしね。そんなのだから、旅行用のカバンの中身よりもお土産を入れる為に買ったカバンの方が沢山入っているくらいだ。
「それじゃ、行きましょうか」
ワイバーン発着場は王都から少し離れた場所にある。雪風がこちら側に来ている以上、ほとんど終わっているはずだ。今から行って到着する頃くらいにはジュールの方も手続きを終わらせているだろう。
「長かったけれど……ようやく帰る事が出来るのね」
「ファオラの月からずっとティリアースから離れていましたからね。恋しくなるのも仕方ありません」
「雪風はどう? 確か雪桜花の生まれなのよね?」
彼女と出会ったのはアルファスの学園の中だったけれど……彼女の実家は雪桜花にあったはずだ。雪雨の事も知っていたし、生まれてしばらくは向こうで過ごしていた事は間違いにないだろう。
「そうですね。僕は学園に通える年になった時にアルファスの学園に入学する事を決めたのですよ。聖黒族――最強の種族が最も近くで見れる場所で剣の腕を磨きたかった……というのがありましたので」
「なら三年近く離れた事になるけど……恋しくならないの?」
「そうですね……。手紙のやり取りはしていますから平気ですよ。久しぶりに会いたいという気持ちはなくはありませんが、今の僕はまだまだ未熟ですので」
苦笑いを浮かべる雪風。私はそんな事はないと思うだけど、雪風は自分のことに関しては妙にストイックなところがある。納得する結果が得られるまで、実家に帰るつもりはないのだろう。
私からしたら、雪風は十分に頑張っていると思う。以前敗北を喫したヒューを打ち倒し、より一層強くなった。ダークエルフ族の軍事拠点の情報も彼女が入手したもので、それがなかったら私達はガンドルグに来なかったし、例の地図も手に入らなかった。それらは全て雪風の戦果だ。
実家に帰っても十分に誇れると思うのだけれど……彼女はそれでも自分が未熟だと思っているのだろう。
「雪風。あまり自分を追い込む事はないわ。貴女は十分強くなった。そこはちゃんと評価してあげないと」
「……そうかもしれません。ですが、僕にはまだ何もかも足りていない。貴女の隣に立てるだけの力を手に入れるその時まで、家に戻るつもりはありません。自ら仕えるべき主人の懐刀としてお役に立つ。家を出たときに父や祖父にした決意を違えぬ為に」
まっすぐ射抜くような瞳は私に突き刺さり、それ以上何も言えなくなる。だって彼女の力強さは私にはないもので、ただ『強い』だけの私にはとても真似できないものだった。
「その為に、まずは己の弱さと向き合わねばなりません。ヒューとの戦いは僕を成長させてくれましたけれど、同時に欠点も教えてくれました。貴女の刃になる為、今後は一層精進して参りますね」
雪風は笑顔を浮かべて去ろうとした彼女に私は――
「雪風! 貴女のそれは欠点じゃない。刃になってくれることを否定するつもりはない。けど、失ったら取り戻せないものもあるの。戦うときに誰かの事を思う事は決して悪い事じゃない。優しさは決して欠点にはなり得ないの。それだけは……覚えておいて」
何も思わずただ殺す事に何の意味があるのだろう? その虚しさは私が一番よく知っていた。
誰の事も知ろうとせず、拒絶しても理解してもらいたい。それは人を孤独にする。今は私に寄りかかるだけで何とかなっていても……そんな脆いものはいずれ壊れる日が来る。
なんとか紡いだ言葉に雪風は寂しそうな笑顔で頷いてくれた。理解してくれたのかどうかはわからないけれど……少しでも伝わってくれれば、私も言った甲斐があるだろう。
さて、土壇場でごたごたしてたけれど久しぶりの故郷に帰るとしましょうか。
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