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436・聖黒族の思惑(ラディンside)
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エールティアとの語らいを終えた翌日。ラディンはルティエルが滞在している聖黒族専用の別荘を訪れていた。サウエス地方にある国全てに存在する聖黒族のみが使う事が出来る別荘は基本的に美しい庭園と小さな館で構築されている。初代魔王があまり派手なものを好まず、城よりも生まれ育った館に滞在する事を好んだ所以であり、それが今の聖黒族にも受け継がれているのだ。
かというラディンも他種族の貴族達が豪奢を極めようとしているのを見ると、妙に胸やけがしてくるのだから、初代魔王の性質をある程度受け継いでいるのだろう。
大理石の通路を小気味のいい音を立てながら歩いて行くラディンは、すれ違う兵士や召使たちと挨拶を交わしながら目的の部屋に到達する。
――コンコン、コンコン。
「入りなさい」
声と同時に静かに扉を開けると、そこには机の書類をひたすらこなしているルティエルがいた。
一つ一つに目を通し、サインをする。内容に不満があるものと満足しているものをしっかり分けている辺り、素早さの中にも丁寧さを感じる。
「どうでした? 久しぶりに会ったのでしょう?」
「ええ。予想以上に成長して驚きました」
昨日の出来事を思い出していたラディンだったが、くすくすと面白そうに笑うルティエル。それは昨日のラディンとエールティアの姿に似ていた。
「子供というものはそういうものだ。余――私とそなたも似たようなものだろう?」
「……そうですね。あまり思い出させないでください」
苦虫を噛み潰したような顔をするラディンの様子を楽しむ様に穏やかな表情を浮かべるルティエル。
「あの時も私が言っても全く聞かなくて……エールティアと同じように上級生といさかいを起こして決闘にまでなったのがつい昨日のようだ。卑怯な手を使われた挙句、負けて泣いていたな」
「それはウィンギアの方ですよ。私はその仇を取っただけです」
若干ムキになった様子で僅かに声を荒立てたラディンだったが、それもすぐに引っ込める。昔は親子の関係であっても、今は女王と公爵――仕える者としての関係がある。気軽に言葉を交わし合える間柄ではなくなっていたのだ。
「そうだったな。今でも思うよ。果たして聖黒族の在り方は正しいものなのか……とな」
「しかしそれは――」
「わかっている。聖黒族が絶滅してしまった原因は、その強さを磨き上げる事をしなかったからだ。だからこそ今私達は決して隙を見せぬようにしなければならない」
過去。聖黒族は他の種族に狩り取られ、絶滅してしまった。豊富な魔力を宿すその身は、女なら子を宿す孕み袋として。男なら血肉を喰らい、その魔力を体内に取り込む為に。実験材料や奴隷としても捕獲され続けていた彼らが最後に選んだのは自決だった。
西の地方に存在した彼らの国は、全土を包み込むような大きな魔法によって、侵略してきた全てを殲滅するのと引き換えに滅んだ。道具として使い潰された聖黒族の血は、他の種族に取り入れられる形で幕を閉ざした。現存している聖黒族は、他の種族の中に僅かに残った血によって異種覚醒を果たした初代魔王あってのものだった。
初代魔王はただ繁栄を願っていたが、残された子孫達はこう考えた。次世代の聖黒族として、二度目の絶滅はあってはならないと。
だからこそより強くならなければならない。二度と蹂躙されない為に、多少の犠牲に目をつむる。過酷な歴史から学んだ結果が、今の姿だった。
自ら最強を自負する種族。その正体は滅びに怯え、必死に力を身に着ける為に茨の道を行く孤独な存在だった。
「絶対的な力。いつの時代でも求められる存在であり続ける事。それは確かに疲れる事だ。本当にこのままで正しいのかと疑問を覚えても不思議ではない。だが、私達はそう在り続けなければならない。例え間違えていると感じていても」
「……わかっています。だからこそ苦汁を飲み込んできた。エールティアを――大切な娘をあのようなくだらない決闘に付き合わせた。聖黒族として、例え子供であっても背を向ける事はあってはならない」
「だがもうすぐそれも報われる。あの者は特別な存在だ。政治などには疎いが、それを補って余りある程の強さがある。力だけではなく、意志もな」
「その分優しいのが偶に傷ですけどね」
ラディンはエールティアが故意に誰かを殺めたという報告を聞いたことがない。むしろいきなり襲い掛かってきた子供達を仲間に引き入れ、敵対していた複製体も次々と取り込んでいく。決闘のルールで(偽りではあるが)命のやり取りをする程度はした事があるが、それ以外で人を殺す経験をしたことがないエールティアを、ラディン達は心の優しい子なのだと判断していた。正しくはあるが間違いでもある。それがわかるのはエールティア以外存在しないだろう。
「それを支えてやるのは父親であるそなたの仕事だ。私がそうしたようにな」
「……はい」
「それが上手くいかぬのが聖黒族の性というものだろうがな……」
ラディンとルティエルはこれから先の事を見据える。それがどんな未来であるか……今はまだ、誰にもわからなかった。
かというラディンも他種族の貴族達が豪奢を極めようとしているのを見ると、妙に胸やけがしてくるのだから、初代魔王の性質をある程度受け継いでいるのだろう。
大理石の通路を小気味のいい音を立てながら歩いて行くラディンは、すれ違う兵士や召使たちと挨拶を交わしながら目的の部屋に到達する。
――コンコン、コンコン。
「入りなさい」
声と同時に静かに扉を開けると、そこには机の書類をひたすらこなしているルティエルがいた。
一つ一つに目を通し、サインをする。内容に不満があるものと満足しているものをしっかり分けている辺り、素早さの中にも丁寧さを感じる。
「どうでした? 久しぶりに会ったのでしょう?」
「ええ。予想以上に成長して驚きました」
昨日の出来事を思い出していたラディンだったが、くすくすと面白そうに笑うルティエル。それは昨日のラディンとエールティアの姿に似ていた。
「子供というものはそういうものだ。余――私とそなたも似たようなものだろう?」
「……そうですね。あまり思い出させないでください」
苦虫を噛み潰したような顔をするラディンの様子を楽しむ様に穏やかな表情を浮かべるルティエル。
「あの時も私が言っても全く聞かなくて……エールティアと同じように上級生といさかいを起こして決闘にまでなったのがつい昨日のようだ。卑怯な手を使われた挙句、負けて泣いていたな」
「それはウィンギアの方ですよ。私はその仇を取っただけです」
若干ムキになった様子で僅かに声を荒立てたラディンだったが、それもすぐに引っ込める。昔は親子の関係であっても、今は女王と公爵――仕える者としての関係がある。気軽に言葉を交わし合える間柄ではなくなっていたのだ。
「そうだったな。今でも思うよ。果たして聖黒族の在り方は正しいものなのか……とな」
「しかしそれは――」
「わかっている。聖黒族が絶滅してしまった原因は、その強さを磨き上げる事をしなかったからだ。だからこそ今私達は決して隙を見せぬようにしなければならない」
過去。聖黒族は他の種族に狩り取られ、絶滅してしまった。豊富な魔力を宿すその身は、女なら子を宿す孕み袋として。男なら血肉を喰らい、その魔力を体内に取り込む為に。実験材料や奴隷としても捕獲され続けていた彼らが最後に選んだのは自決だった。
西の地方に存在した彼らの国は、全土を包み込むような大きな魔法によって、侵略してきた全てを殲滅するのと引き換えに滅んだ。道具として使い潰された聖黒族の血は、他の種族に取り入れられる形で幕を閉ざした。現存している聖黒族は、他の種族の中に僅かに残った血によって異種覚醒を果たした初代魔王あってのものだった。
初代魔王はただ繁栄を願っていたが、残された子孫達はこう考えた。次世代の聖黒族として、二度目の絶滅はあってはならないと。
だからこそより強くならなければならない。二度と蹂躙されない為に、多少の犠牲に目をつむる。過酷な歴史から学んだ結果が、今の姿だった。
自ら最強を自負する種族。その正体は滅びに怯え、必死に力を身に着ける為に茨の道を行く孤独な存在だった。
「絶対的な力。いつの時代でも求められる存在であり続ける事。それは確かに疲れる事だ。本当にこのままで正しいのかと疑問を覚えても不思議ではない。だが、私達はそう在り続けなければならない。例え間違えていると感じていても」
「……わかっています。だからこそ苦汁を飲み込んできた。エールティアを――大切な娘をあのようなくだらない決闘に付き合わせた。聖黒族として、例え子供であっても背を向ける事はあってはならない」
「だがもうすぐそれも報われる。あの者は特別な存在だ。政治などには疎いが、それを補って余りある程の強さがある。力だけではなく、意志もな」
「その分優しいのが偶に傷ですけどね」
ラディンはエールティアが故意に誰かを殺めたという報告を聞いたことがない。むしろいきなり襲い掛かってきた子供達を仲間に引き入れ、敵対していた複製体も次々と取り込んでいく。決闘のルールで(偽りではあるが)命のやり取りをする程度はした事があるが、それ以外で人を殺す経験をしたことがないエールティアを、ラディン達は心の優しい子なのだと判断していた。正しくはあるが間違いでもある。それがわかるのはエールティア以外存在しないだろう。
「それを支えてやるのは父親であるそなたの仕事だ。私がそうしたようにな」
「……はい」
「それが上手くいかぬのが聖黒族の性というものだろうがな……」
ラディンとルティエルはこれから先の事を見据える。それがどんな未来であるか……今はまだ、誰にもわからなかった。
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