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422・再び見えた武人
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拠点を潰すことに成功した私達は、今度はヒューが指定した森の広場へと向かう事にした。ヴァティグはガンドルグ王に報告する為、一度王都に戻ることになった。
ここに残って私達に監視をしなくてもいいのかと問うと――
「私達では貴女を止める事は不可能です。なら、こちらも貴女を信じる事しか出来ませんからね」
――と返されてしまった。
確かにヴァティグが残っていても本当の意味で私を止める事は難しいだろう。だったらベアルが残る事になっであまり変わらないという訳か。
何はともあれ、ヴァティグを抜いた私達四人はヒューに会う為にこの森に存在する開けた場所まで魔導の力を駆使して辿り着いた。
ちょうど傾いてきたお月様がよく見える。日が沈んだと同時に事を起こした訳だから、結構時間が掛かっている。
月光に照らされた場所には男がいた。武骨な剣を背負っていて、黒い髪に銀色の瞳。一目で聖黒族だとわかる彼は、意外そうな目を私に向けてきた。
「へえ、随分と大物じゃないか。なるほど。お前が雪風の主人か」
「お、お前って……」
今まで私をそんな風に呼ぶ人は少なかった。だからレイアが呆れた顔をしているのも無理ないだろう。
ここにジュールがいなくて本当によかった。間違いなくブチ切れてるだろうからね。言われた側の私が宥めるという変な事態に発展してしまうところだった。
同じように雪風が文句を言ってくると思ったけれど、実に平静で怒りの色は全く見えない。
「怒らないんだな」
「当然です。この程度の事で一々反応していられません」
「ふふ、いい度胸だ」
互いに向かい合い、まるで談笑でも楽しむかのように見える二人は、ゆっくりとこの場所の中央へと歩み寄る。
「……ティアちゃん、どうする?」
レイアが私の指示を待つように様子を窺っているけど、それに対しては静かに首を横に振って待たせる事にした。
「これはあの子の戦い。あの子自身が乗り越えていかないとね」
「だ、だけど……」
なんでも私がやってしまったら、それこそ雪風の成長するきっかけを潰してしまうだろう。もちろん彼女が死ぬような目に遭わないように努力はする。それが私のすべき主としての責務というやつだ。
「静かに見守りましょう。勝つと信じる事。今の私達に必要な事よ」
「……わ、かった」
あそこに加われない事が悔しいのか、どうにも歯切れの悪い返事で彼らを見つめていた。
「なるほど、お前一人で戦う……と」
「あの時の約束を果たす為に」
「いいね。なら、早速決着をつけようか。……今度は邪魔する奴もいない。どちらかが倒れるまで……戦いは終わらない!」
不敵な笑みを浮かべるヒューに対して、雪風はどこまでもまっすぐに相手を見据えていた。
互いに少しずつ近づいて……最初に仕掛けたのは雪風の方だった。
間合いに入ったと同時に距離を詰め、掴みかかろうとする。
それをするりとかわして逆に懐に潜り込む事に成功したヒューは、足を刈り取るように蹴りを放つ。
以前の雪風ならこの速度の攻防には反応出来なかっただろう。
しかし彼女は難なく放たれた蹴りを上から踏みつけ、胸ぐらを掴んで引き寄せ、拳を振り抜いた。
とっさに腕を交差させて防御の姿勢を取っていたけれど、腕に響くような鈍い音がする。多分、腕の上からでも結構な衝撃が伝わっているはずだ。
それをものともせずに雪風の腕を引っ張って、体勢を崩したと同時に腹部に膝蹴りを放ち、辛うじてそれを防御。互いに一歩も引かない格闘戦を繰り広げていく。
「す、すごい……」
ため息が零れるように言葉を紡ぐレイアは、食い入るように戦いを見つめていた。
それもそうだろう。速度・技術・力……どれもが今までの雪風を遥かに超えている。関節を極めようとした瞬間、するりと抜けて拳を放つ。顔面に直撃した彼女の拳は、更に動きを加速させていく。
一生懸命見ようとしているレイアには、既に目で追うだけでやっとの戦闘に発展しているようだった。
「レイアもかなり成長したようね」
「ですが、以前は刀を使ったはずです。あれでは雪風の本来の実力は発揮出来ないのでは?」
レイアの言っているのは『風阿・吽雷』の二対の刀の事だろう。
彼女が先祖代々受け継いできたと言われるあの妖刀を使わない……その理由は――恐らく身体と精神のバランスがうまく取れていないのだろう。その証拠に、雪風は時折動きにくそうに苦い表情をしている。
それでもある程度戦えているのは、彼女に素手での戦闘の心得もあるからだろう。それと、相手も大体同じくらいの技量で、雪風との戦いに合わせているのも善戦しているように見える証拠だろう。
「あの子もきっと考えがあっての事でしょう。大丈夫、信じてあげましょう」
「……うん!」
頭に血が昇っている訳じゃなくて冷静に戦っている。だから心配する必要はない。まだ戦いは始まったばかりだ。
「……あの、一体何が起こっているのですか?」
ヒューと雪風の激しい戦闘にベアルは一人圧倒されていた。
よく状況が飲み込めていないみたいだけど……そこは仕方がないだろう。それなりに戦闘訓練を積んでいるレイアも目で追うのがせいぜいなくらいだ。一般兵よりは強いと言っても、彼についてこいという方が難しい話だろう。
……仕方がない。ここは私が可能な限り解説してあげよう。これだけの戦闘を何もわからずにぽかんと眺めているだけでは面白くもないだろうしね。
ここに残って私達に監視をしなくてもいいのかと問うと――
「私達では貴女を止める事は不可能です。なら、こちらも貴女を信じる事しか出来ませんからね」
――と返されてしまった。
確かにヴァティグが残っていても本当の意味で私を止める事は難しいだろう。だったらベアルが残る事になっであまり変わらないという訳か。
何はともあれ、ヴァティグを抜いた私達四人はヒューに会う為にこの森に存在する開けた場所まで魔導の力を駆使して辿り着いた。
ちょうど傾いてきたお月様がよく見える。日が沈んだと同時に事を起こした訳だから、結構時間が掛かっている。
月光に照らされた場所には男がいた。武骨な剣を背負っていて、黒い髪に銀色の瞳。一目で聖黒族だとわかる彼は、意外そうな目を私に向けてきた。
「へえ、随分と大物じゃないか。なるほど。お前が雪風の主人か」
「お、お前って……」
今まで私をそんな風に呼ぶ人は少なかった。だからレイアが呆れた顔をしているのも無理ないだろう。
ここにジュールがいなくて本当によかった。間違いなくブチ切れてるだろうからね。言われた側の私が宥めるという変な事態に発展してしまうところだった。
同じように雪風が文句を言ってくると思ったけれど、実に平静で怒りの色は全く見えない。
「怒らないんだな」
「当然です。この程度の事で一々反応していられません」
「ふふ、いい度胸だ」
互いに向かい合い、まるで談笑でも楽しむかのように見える二人は、ゆっくりとこの場所の中央へと歩み寄る。
「……ティアちゃん、どうする?」
レイアが私の指示を待つように様子を窺っているけど、それに対しては静かに首を横に振って待たせる事にした。
「これはあの子の戦い。あの子自身が乗り越えていかないとね」
「だ、だけど……」
なんでも私がやってしまったら、それこそ雪風の成長するきっかけを潰してしまうだろう。もちろん彼女が死ぬような目に遭わないように努力はする。それが私のすべき主としての責務というやつだ。
「静かに見守りましょう。勝つと信じる事。今の私達に必要な事よ」
「……わ、かった」
あそこに加われない事が悔しいのか、どうにも歯切れの悪い返事で彼らを見つめていた。
「なるほど、お前一人で戦う……と」
「あの時の約束を果たす為に」
「いいね。なら、早速決着をつけようか。……今度は邪魔する奴もいない。どちらかが倒れるまで……戦いは終わらない!」
不敵な笑みを浮かべるヒューに対して、雪風はどこまでもまっすぐに相手を見据えていた。
互いに少しずつ近づいて……最初に仕掛けたのは雪風の方だった。
間合いに入ったと同時に距離を詰め、掴みかかろうとする。
それをするりとかわして逆に懐に潜り込む事に成功したヒューは、足を刈り取るように蹴りを放つ。
以前の雪風ならこの速度の攻防には反応出来なかっただろう。
しかし彼女は難なく放たれた蹴りを上から踏みつけ、胸ぐらを掴んで引き寄せ、拳を振り抜いた。
とっさに腕を交差させて防御の姿勢を取っていたけれど、腕に響くような鈍い音がする。多分、腕の上からでも結構な衝撃が伝わっているはずだ。
それをものともせずに雪風の腕を引っ張って、体勢を崩したと同時に腹部に膝蹴りを放ち、辛うじてそれを防御。互いに一歩も引かない格闘戦を繰り広げていく。
「す、すごい……」
ため息が零れるように言葉を紡ぐレイアは、食い入るように戦いを見つめていた。
それもそうだろう。速度・技術・力……どれもが今までの雪風を遥かに超えている。関節を極めようとした瞬間、するりと抜けて拳を放つ。顔面に直撃した彼女の拳は、更に動きを加速させていく。
一生懸命見ようとしているレイアには、既に目で追うだけでやっとの戦闘に発展しているようだった。
「レイアもかなり成長したようね」
「ですが、以前は刀を使ったはずです。あれでは雪風の本来の実力は発揮出来ないのでは?」
レイアの言っているのは『風阿・吽雷』の二対の刀の事だろう。
彼女が先祖代々受け継いできたと言われるあの妖刀を使わない……その理由は――恐らく身体と精神のバランスがうまく取れていないのだろう。その証拠に、雪風は時折動きにくそうに苦い表情をしている。
それでもある程度戦えているのは、彼女に素手での戦闘の心得もあるからだろう。それと、相手も大体同じくらいの技量で、雪風との戦いに合わせているのも善戦しているように見える証拠だろう。
「あの子もきっと考えがあっての事でしょう。大丈夫、信じてあげましょう」
「……うん!」
頭に血が昇っている訳じゃなくて冷静に戦っている。だから心配する必要はない。まだ戦いは始まったばかりだ。
「……あの、一体何が起こっているのですか?」
ヒューと雪風の激しい戦闘にベアルは一人圧倒されていた。
よく状況が飲み込めていないみたいだけど……そこは仕方がないだろう。それなりに戦闘訓練を積んでいるレイアも目で追うのがせいぜいなくらいだ。一般兵よりは強いと言っても、彼についてこいという方が難しい話だろう。
……仕方がない。ここは私が可能な限り解説してあげよう。これだけの戦闘を何もわからずにぽかんと眺めているだけでは面白くもないだろうしね。
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