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402・違い過ぎる価値観(雪風side)
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結局、ヒューとは戦わずにすごすごと戻った一行は、近くの町の宿屋の酒場で食事をしていた。
「……あれじゃ近づけねぇな」
ぐーっと北国から仕入れたというビールを飲み干し、追加を頼むレアディは、いつになるやる気をなくしていた。しかしそれは彼ばかりではない。
「あん人がおる内は、あそこには行けへんな。僕らの誰も、あん人には敵わんしな」
いつもレアディの太鼓持ちの役割を持っているアロズも、すっかり意気消沈して琥珀色の酒を片手にちびちびとやっていた。身体の芯まで温かくなりそうな程度数の強いそれは、心までは温かくしてくれなかった。
「他に裏道かなにかないのか?」
「……どの道もあそこに通じてるんだよ。そっから奥に進むから、ヒューに見つからずに行くのは不可能。戦わずに通るのは難しいな」
拠点の通り道は、どれも入り口に通じており、そこから必ず大きく広い空間の部屋に入り、ダークエルフ族が生活する空間へと続く。他には一切道がなく、完全に手詰まりの状態だった。
「だったら、やっぱり彼と戦うしかありません」
同じように神妙な面持ちをしていた一行の中で、一人だけ覚悟を決めたような顔をしている雪風は、鬼人族用に用意された箸を置いて呟いた。
それは誰もがわかっていて敢えて口にしなかった言葉。道は一本しかなく、居住区を通過しなければならないとなれば、手段はそれしか存在しない。
だが、それを実行するということは――犠牲を強制しているのと等しかった。
「簡単に言うな。なら、お前は奴とどう戦えばいいかわかったのか? あ?」
「それは……」
「てめぇの女でも武器にしてヒューを誘えばあるいは――」
――ドンッッ!
にたにたと下衆の笑みを浮かべるレアディを黙らせたのは、強くテーブルを叩いた雪風の拳だった。
「ふざけないで下さい! 僕の操は誰とも知らぬ赤の他人との交渉材料に使うものではありません!!」
「だったらなんだ。のこのこ目の前に出て斬られてこいっていうのか? ふざけてんのはどっちだ。え?」
下卑た笑みを引っ込めたレアディは放たれる怒気に一切気圧される事なく、むしろ怒りに顔を歪ませる。
打開策のない現状――彼としてはそんな事でも言わなければやってられなかったのだ。
「……落ち着け」
「ですが!」
「落ち着けっつってんだろ!!」
雰囲気の悪さに苛立った雪雨の怒号で酒場全体が静まり返ってしまった。喧嘩や言い合いが日常茶飯事であるこの場においても、彼の声はそれを上回る凄みを感じるほどだったのだ。
「あ、あはは、騒がしくてすんません。なんでもおまへんからお気になさらず……」
乾いた笑みを浮かべて周囲にゴマをするアロズを横目に睨み合う三人。
結局訝しげな視線を投げかけるだけで、またいつもの喧騒が戻ってくる。ほっと一息つく狐人族とは対照的に、三人は再び何かを起こしそうな空気を孕んでいた。
「それ以上は堪忍してくれまへんか? こっちもあんさんら宥めきられへんのやから、少しは大人しゅうしてくれへんかな」
苦労人の顔つきのアロズの訛りのきつい言葉はまるで届いておらず、果実水を飲み干した雪雨が若干疲れた顔をしたことによって場の嫌な空気が少し薄らいでいった。
「雪風。お前の考えている事はわかる。エールティアはお前の主人だからな。期待に応えてたいんだろうよ。俺も含めて気性が荒いからな」
「……」
「だけど少しは考えて物を言え。どうやってあれを倒す? あの聖黒族は普通じゃねえ。それこそエールティアに近い実力を持っててもおかしくはないだろう」
あの場でヒューに対峙した全員が感じた事――それは『今のままでは間違いなく殺される』――この一つだった。
「……貴方様も鬼人族として、強者と戦える事に喜びを見出しているではありませんか」
「ま、確かにな。じゃあ俺が血の求めるままにあいつに挑んで殺されるのがお前の望みか?」
「それは……」
一度口にした言葉に苦い思いを抱く雪風。そうは思っていなくても、今のやりとりはそう聞こえてしまう。この場で最も強いであろう雪雨ですら敵わないと思っているのだから。
それでも普段の彼からしたら『らしくない』行動に疑問を抱いたのもまた事実だった。それに気付いた雪雨は呆れた視線を向ける。
「奴は見逃すと言った。なら俺がすべき事はお前らの安全を確保する事だろうが。俺一人なら別に戦いに行って殺されたって文句は言えねえ。任されるってのはそういうことじゃないのか?」
「……その、とおり、です」
「感情の赴くまま戦い続けるのは楽だ。だけど上に立つ者ならそれが出来る時と場合を考えるもんだ」
完全に言い負かされてしまった雪風はうなだれてしまい、言葉を失った。それにとどめを刺すようにレアディが二杯目のビールを飲み干した音が響く。
「俺とアロズは助かりたいからエールティアの姫様の下についた。命があっての物種だ。お前のように忠誠心で死ねる奴と一緒にするな」
やれやれとおかわりを注文しているレアディや雪雨達の声がどこか遠くに聞こえる。それは彼等と彼女の見解の相違からくる距離感に他ならなかった。
エールティアを慕い、心から敬愛している雪風にとって、彼等はあまりにも違いすぎたのだった。
「……あれじゃ近づけねぇな」
ぐーっと北国から仕入れたというビールを飲み干し、追加を頼むレアディは、いつになるやる気をなくしていた。しかしそれは彼ばかりではない。
「あん人がおる内は、あそこには行けへんな。僕らの誰も、あん人には敵わんしな」
いつもレアディの太鼓持ちの役割を持っているアロズも、すっかり意気消沈して琥珀色の酒を片手にちびちびとやっていた。身体の芯まで温かくなりそうな程度数の強いそれは、心までは温かくしてくれなかった。
「他に裏道かなにかないのか?」
「……どの道もあそこに通じてるんだよ。そっから奥に進むから、ヒューに見つからずに行くのは不可能。戦わずに通るのは難しいな」
拠点の通り道は、どれも入り口に通じており、そこから必ず大きく広い空間の部屋に入り、ダークエルフ族が生活する空間へと続く。他には一切道がなく、完全に手詰まりの状態だった。
「だったら、やっぱり彼と戦うしかありません」
同じように神妙な面持ちをしていた一行の中で、一人だけ覚悟を決めたような顔をしている雪風は、鬼人族用に用意された箸を置いて呟いた。
それは誰もがわかっていて敢えて口にしなかった言葉。道は一本しかなく、居住区を通過しなければならないとなれば、手段はそれしか存在しない。
だが、それを実行するということは――犠牲を強制しているのと等しかった。
「簡単に言うな。なら、お前は奴とどう戦えばいいかわかったのか? あ?」
「それは……」
「てめぇの女でも武器にしてヒューを誘えばあるいは――」
――ドンッッ!
にたにたと下衆の笑みを浮かべるレアディを黙らせたのは、強くテーブルを叩いた雪風の拳だった。
「ふざけないで下さい! 僕の操は誰とも知らぬ赤の他人との交渉材料に使うものではありません!!」
「だったらなんだ。のこのこ目の前に出て斬られてこいっていうのか? ふざけてんのはどっちだ。え?」
下卑た笑みを引っ込めたレアディは放たれる怒気に一切気圧される事なく、むしろ怒りに顔を歪ませる。
打開策のない現状――彼としてはそんな事でも言わなければやってられなかったのだ。
「……落ち着け」
「ですが!」
「落ち着けっつってんだろ!!」
雰囲気の悪さに苛立った雪雨の怒号で酒場全体が静まり返ってしまった。喧嘩や言い合いが日常茶飯事であるこの場においても、彼の声はそれを上回る凄みを感じるほどだったのだ。
「あ、あはは、騒がしくてすんません。なんでもおまへんからお気になさらず……」
乾いた笑みを浮かべて周囲にゴマをするアロズを横目に睨み合う三人。
結局訝しげな視線を投げかけるだけで、またいつもの喧騒が戻ってくる。ほっと一息つく狐人族とは対照的に、三人は再び何かを起こしそうな空気を孕んでいた。
「それ以上は堪忍してくれまへんか? こっちもあんさんら宥めきられへんのやから、少しは大人しゅうしてくれへんかな」
苦労人の顔つきのアロズの訛りのきつい言葉はまるで届いておらず、果実水を飲み干した雪雨が若干疲れた顔をしたことによって場の嫌な空気が少し薄らいでいった。
「雪風。お前の考えている事はわかる。エールティアはお前の主人だからな。期待に応えてたいんだろうよ。俺も含めて気性が荒いからな」
「……」
「だけど少しは考えて物を言え。どうやってあれを倒す? あの聖黒族は普通じゃねえ。それこそエールティアに近い実力を持っててもおかしくはないだろう」
あの場でヒューに対峙した全員が感じた事――それは『今のままでは間違いなく殺される』――この一つだった。
「……貴方様も鬼人族として、強者と戦える事に喜びを見出しているではありませんか」
「ま、確かにな。じゃあ俺が血の求めるままにあいつに挑んで殺されるのがお前の望みか?」
「それは……」
一度口にした言葉に苦い思いを抱く雪風。そうは思っていなくても、今のやりとりはそう聞こえてしまう。この場で最も強いであろう雪雨ですら敵わないと思っているのだから。
それでも普段の彼からしたら『らしくない』行動に疑問を抱いたのもまた事実だった。それに気付いた雪雨は呆れた視線を向ける。
「奴は見逃すと言った。なら俺がすべき事はお前らの安全を確保する事だろうが。俺一人なら別に戦いに行って殺されたって文句は言えねえ。任されるってのはそういうことじゃないのか?」
「……その、とおり、です」
「感情の赴くまま戦い続けるのは楽だ。だけど上に立つ者ならそれが出来る時と場合を考えるもんだ」
完全に言い負かされてしまった雪風はうなだれてしまい、言葉を失った。それにとどめを刺すようにレアディが二杯目のビールを飲み干した音が響く。
「俺とアロズは助かりたいからエールティアの姫様の下についた。命があっての物種だ。お前のように忠誠心で死ねる奴と一緒にするな」
やれやれとおかわりを注文しているレアディや雪雨達の声がどこか遠くに聞こえる。それは彼等と彼女の見解の相違からくる距離感に他ならなかった。
エールティアを慕い、心から敬愛している雪風にとって、彼等はあまりにも違いすぎたのだった。
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