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373・ようやくの一息
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宿での話し合いはあれからしばらく続いたけれど……ダークエルフ族の次の目的などの具体的な事は結局わからないままだった。
彼らは末端の兵士でしかなく、ダークエルフ族がしていた世間話以上の情報はもっていなかったからだ。
ただ、全く収穫がなかったわけではない。それぞれが産まれ育った場所について知る事が出来たし、そこを足掛かりにして少しは何か情報を得られるかもしれない。
……もっとも、その可能性はかなり薄いだろうけど。
どうでもいい情報はそこらへんに転がしているダークエルフ族も、肝心な目的や主要な情報はほとんど秘匿にしている。今更拠点の一つに行ったところで何も残っていないと思った方がいいかも知れない。
……が、可能性はゼロじゃない。例え僅かでも残っているなら、それに賭ける価値はある。
「……だけどそれも、後でいいか」
私の部屋に押し寄せてきた全員がいなくなって、一人だけ残った部屋。度重なる疲労と心労で疲れ切った身体をベッドに預けて、複雑な気持ちで天井を見上げていた。
もっと穏やかな気持ちで休む事が出来たのならいいんだけど、気持ちをしずめようとする度に思い出してしまう。
これまで起こった事。戦いの中で知った事……新年早々起こった戦いの数々に頭を悩ませてしまう。
学園に入るまでは結構平和な日常を送っていたと思うんだけれど、それがどうしてこうもハードな
人生を送るようになってしまったんだろう?
悩むことは数多く、解決できない問題は次から次へと湧いてくる。止まらずに前に進まないと頭が痛くなりそうな事もたくさんあった。
それでもそれを楽しく思ってしまうのは、もはや性というものだろう。
やっぱり私は、どこまで行っても私でしかないのだ。
そんな些細な事で悩みながら、着替える事もせずにベッドで横になる事の背徳感を味わっていると――ノックの音が聞こえる。
こんな姿を誰かに見られる訳にはいかない。慌てて起きて身なりを整える。
「どうぞ」
髪に変に寝癖が付いていないか確認してから入室を許可すると――入ってきたのは雪風だった。
ご丁寧に丸いトレイの上にティーポットとカップが載っていて、お茶菓子も用意されていた。
「雪風。どうしたの?」
「疲れておいでのご様子でしたのでハーブティーを淹れてまいりました」
テーブルの上にトレイを置いて、淀みない動作でカップにお茶を注いでいく。
広がっていく爽やかな香りが鼻をくすぐり、気持ちを一新させてくれる。
席に着くと、静かにクッキーの載った皿が置かれて……その全く無駄のない動きには感心する。
「どうぞ。少しはお気持ちが安らげばいいのですが……」
「ありがとう」
雪風も随分と給仕する姿がサマになっている。思えば随分メイドのようにこき使ってきたものだ。
本当なら私の世話係をもう一人を付ける予定らしかったんだけど……戦えない人を連れて行くわけにはいかない。
何か起こった時に最低限自分の身を守れる人じゃないと、こちらも万が一が起こった時に困るからだ。
だけど聖黒族の次期女王候補が護衛を複数人連れて行くのはあまりよろしくない。『力』の象徴である私達聖黒族が、何人もの護衛の影に隠れて身を守るなんて事は出来ない。
自然と戦える力があって少人数――それも自分の臣下である事が望ましい。自然と選べる候補が絞られてくる。
ジュールが私から離れて魔王祭に参加している事を考えると、残された選択肢は雪風しかないというわけだ。
「貴女もすっかり板がついてきたわね。前は茶葉の分量を間違えたり、温度を間違えたりしたのにね」
「魔王祭が始まってからずっと給仕をして来ましたからね。多少は上手くならないと嘘ですからね」
自慢げに胸を張る彼女の仕草に癒される。
「申し訳ないと思っているわ。私にジュール以外の臣下がいれば、また違ったでしょうに……」
「いいえ。貴女様にお使え出来る事。それはなによりの喜びです」
そこまで言ってくれると、私も彼女を選んだ甲斐があったというものだ。
思わず嬉しくなって、自然と笑みが溢れた。
「それじゃ、貴女も席に着きなさいな。一緒に飲みましょう」
「……よろしいのですか?」
ぱああ、と蕾から一気に花開くような笑顔を浮かべる。
前も同じやり取りをやったと思うんだけど……まあいいか。
鼻腔をくすぐる爽やかなハーブの香りに心を落ち着かせ、用意されていたクッキーは程よい甘みを口の中に与えてくれる。
「……よかったです」
「え?」
「エールティア様、近頃は張り詰めた弦のようでしたから。いつか切れるのではないかと……」
申し訳なさそうにしている雪風だけど、とんでもない。
私が普段以上に緊張しているのをよく見てくれている。それがとても嬉しくて、涙が出てきそうになる。
……もっとも、本当に涙が出たら……まず間違いなく雪風は過剰に反応するだろう。他の人に広まったら更に大ごとになる事は間違いない。だからそう簡単に泣けないんだけどね。
だけど……心の中でだけ。ほんの少し、流しておく。
嬉しさに溢れる温かな雫を。それだけは許されるだろうから。
彼らは末端の兵士でしかなく、ダークエルフ族がしていた世間話以上の情報はもっていなかったからだ。
ただ、全く収穫がなかったわけではない。それぞれが産まれ育った場所について知る事が出来たし、そこを足掛かりにして少しは何か情報を得られるかもしれない。
……もっとも、その可能性はかなり薄いだろうけど。
どうでもいい情報はそこらへんに転がしているダークエルフ族も、肝心な目的や主要な情報はほとんど秘匿にしている。今更拠点の一つに行ったところで何も残っていないと思った方がいいかも知れない。
……が、可能性はゼロじゃない。例え僅かでも残っているなら、それに賭ける価値はある。
「……だけどそれも、後でいいか」
私の部屋に押し寄せてきた全員がいなくなって、一人だけ残った部屋。度重なる疲労と心労で疲れ切った身体をベッドに預けて、複雑な気持ちで天井を見上げていた。
もっと穏やかな気持ちで休む事が出来たのならいいんだけど、気持ちをしずめようとする度に思い出してしまう。
これまで起こった事。戦いの中で知った事……新年早々起こった戦いの数々に頭を悩ませてしまう。
学園に入るまでは結構平和な日常を送っていたと思うんだけれど、それがどうしてこうもハードな
人生を送るようになってしまったんだろう?
悩むことは数多く、解決できない問題は次から次へと湧いてくる。止まらずに前に進まないと頭が痛くなりそうな事もたくさんあった。
それでもそれを楽しく思ってしまうのは、もはや性というものだろう。
やっぱり私は、どこまで行っても私でしかないのだ。
そんな些細な事で悩みながら、着替える事もせずにベッドで横になる事の背徳感を味わっていると――ノックの音が聞こえる。
こんな姿を誰かに見られる訳にはいかない。慌てて起きて身なりを整える。
「どうぞ」
髪に変に寝癖が付いていないか確認してから入室を許可すると――入ってきたのは雪風だった。
ご丁寧に丸いトレイの上にティーポットとカップが載っていて、お茶菓子も用意されていた。
「雪風。どうしたの?」
「疲れておいでのご様子でしたのでハーブティーを淹れてまいりました」
テーブルの上にトレイを置いて、淀みない動作でカップにお茶を注いでいく。
広がっていく爽やかな香りが鼻をくすぐり、気持ちを一新させてくれる。
席に着くと、静かにクッキーの載った皿が置かれて……その全く無駄のない動きには感心する。
「どうぞ。少しはお気持ちが安らげばいいのですが……」
「ありがとう」
雪風も随分と給仕する姿がサマになっている。思えば随分メイドのようにこき使ってきたものだ。
本当なら私の世話係をもう一人を付ける予定らしかったんだけど……戦えない人を連れて行くわけにはいかない。
何か起こった時に最低限自分の身を守れる人じゃないと、こちらも万が一が起こった時に困るからだ。
だけど聖黒族の次期女王候補が護衛を複数人連れて行くのはあまりよろしくない。『力』の象徴である私達聖黒族が、何人もの護衛の影に隠れて身を守るなんて事は出来ない。
自然と戦える力があって少人数――それも自分の臣下である事が望ましい。自然と選べる候補が絞られてくる。
ジュールが私から離れて魔王祭に参加している事を考えると、残された選択肢は雪風しかないというわけだ。
「貴女もすっかり板がついてきたわね。前は茶葉の分量を間違えたり、温度を間違えたりしたのにね」
「魔王祭が始まってからずっと給仕をして来ましたからね。多少は上手くならないと嘘ですからね」
自慢げに胸を張る彼女の仕草に癒される。
「申し訳ないと思っているわ。私にジュール以外の臣下がいれば、また違ったでしょうに……」
「いいえ。貴女様にお使え出来る事。それはなによりの喜びです」
そこまで言ってくれると、私も彼女を選んだ甲斐があったというものだ。
思わず嬉しくなって、自然と笑みが溢れた。
「それじゃ、貴女も席に着きなさいな。一緒に飲みましょう」
「……よろしいのですか?」
ぱああ、と蕾から一気に花開くような笑顔を浮かべる。
前も同じやり取りをやったと思うんだけど……まあいいか。
鼻腔をくすぐる爽やかなハーブの香りに心を落ち着かせ、用意されていたクッキーは程よい甘みを口の中に与えてくれる。
「……よかったです」
「え?」
「エールティア様、近頃は張り詰めた弦のようでしたから。いつか切れるのではないかと……」
申し訳なさそうにしている雪風だけど、とんでもない。
私が普段以上に緊張しているのをよく見てくれている。それがとても嬉しくて、涙が出てきそうになる。
……もっとも、本当に涙が出たら……まず間違いなく雪風は過剰に反応するだろう。他の人に広まったら更に大ごとになる事は間違いない。だからそう簡単に泣けないんだけどね。
だけど……心の中でだけ。ほんの少し、流しておく。
嬉しさに溢れる温かな雫を。それだけは許されるだろうから。
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