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371・賑わいの宿
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雪風を連れてようやくたどり着いた時には、私はもうへとへとと言っても良いくらい疲れ切ってしまっていた。
やっぱり、マンヒュルド王との話し合いは想像以上の疲れを私に与えたようだ。
自分の拠点に帰ってきた安心感からか、緊張の糸が解かれてしまったようだ。
「エールティア様、大丈夫ですか?」
私の様子を見て心配になったのだろう。雪風が眉を下げていた。
「ええ。私も少し疲れただけ。まだまだ大丈夫よ」
これからレアディから話を聞かないといけないし、この程度で休んでなどいられない。
「おお、やっときたか。待ってたぞ」
宿の受付に帰ってきたことを報告して、自分の部屋に入ると――そこには既にレアディ達が座って待っていた。
「ティアちゃん、お帰り!」
「ええ、ただいま。きちんと連れて来てくれたみたいね。ありがとう」
「えへへ」
アイビグとスゥの案内を頼んでいたティアちゃんは、私が礼を言うとはにかむように笑った。
「レアディと……アロズも、よく来てくれたわね」
「あんたとは約束したからな」
にやりと不敵に笑うレアディとは対照的に、目を見開いて驚いた顔でこっちを見るアロズの表情が少しだけ笑いを誘う。何をそんなに驚くことがあるのだろうか?
「よおぼくの名前、覚えておいてくれましたな」
「当然よ。貴方は記憶に残りやすいしね」
その強い狐人族の訛り、一度聞けば中々忘れる事は出来ない。
特に狐人族や銀狐族に知り合いがいれば尚更だ。最近ではあまり聞かないしね。
「それで……なんで私の部屋に集まってるの?」
レアディ達に聞きたい事もあったけれど、それ以上になんでみんなが私の部屋に集まっているのかが一番の疑問だった。
「雪風があんたを迎えに行ったからな。もうすぐ帰ってくるだろうと思って待っていたんだよ」
「貴様! エールティア様を『あんた』呼ばわりするなんて……!」
「雪風!」
「……はっ!」
先程まで我慢していたのだろう。一気に怒りが吹きあがったように怒鳴り散らしている雪風だけど……刀に手を掛けるのは流石に不味い。こんな狭い場所で暴れられたらたまったものじゃない。
言い聞かせるように強く名前を呼ぶと、怒りを収めてすぐに後ろに控えて返事をしてくれる……けど、今にも飛び出しそうな雰囲気を纏っている。
――全く。忠義に篤いのは良いけれど、度が過ぎるのも困りものだ。
まあ、そこが可愛いところでもあるんだけどね。一途に想われているのも存外悪くない。
「彼の口の利き方は仕方のない事だから、気にしないで」
「しかし――」
「今はそれよりも聞きたいことがあるの。だからお願い」
気にしてないと言えば嘘になる。だけど今すぐ改めろと言って出来るような人じゃないことくらいわかるほどには言葉を交わしている。
「……わかりました」
渋々引き下がった雪風に心の中で「ごめんね」と謝りながら、わざわざ用意されていた椅子に座って一息つく。
「それで、聞きたいことってなんだ?」
レアディが切り出すより先にアイビグが口を開く。左肩には相変わらずスゥがだらんとしていて、そういう生き物かと錯覚するほどだ。
「……まず、マンヒュルド王に複製体の話をしたわ。あまり隠すべき事でもないし、私達にあらぬ疑いを掛けられるのも嫌だからね。それで……複製体ってどれくらいの数がいるの? 大体で良いから教えてちょうだい」
具体的な数を聞いても覚えられないかも知れないし、それならある程度把握しておけばそれでいい。
「そうだな……俺はここに襲撃をかけた連中と……狼人族と獣人族の男なら見た事があるな」
「あたしも」
アイビグは頭を捻るように考えてくれたけど、それでも二人しか見ていない、か。
大体一緒にいるスゥも同じということはほぼ間違いないだろう」
「ぼくは聖黒族の男とスライム族の女。それとドワーフ族の女を見たことあります。スライム族の方は青い髪してましたわ」
「……俺は竜人族の男と……アロズとは違う黒髪の男を見た。あいつは聖黒族というより……」
三人に釣られるようにレアディも喋りだしたけれど、途中で詰まってしまった。まるで確証を得ていない様子だけど、どうしたんだろう?
「レアディ、具体的にわからない?」
「悪りぃな。あいつはちょっと読めない。ただ、どいつが元になった複製体かはわかるぜ。俺達の教育をしてたダークエルフが笑って言ってやがったからな」
嫌なものを思い出して思わず苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど、そんなに酷いものだろうか?
それにしても、自分以外の複製元の名前を知ってるなんて珍しい。ファリスやローランが言うには、自分の元になった人物以外は伏せられるからわからないらしい。
歴史の勉強も人物絵を見ることなんてしないから、ぱっと見た感じでも見分けがつくことは出来ないって教えてくれたのを覚えている。
なんでも、裏切った際の戦い方や弱点の漏出を防ぐためなのだとか。
それなのにわざわざレアディの目の前で言うって事は……何かあるのかもしれない。
「それで……元になった人物は?」
「ああ。奴が言ってたのは……ティファリス、アシュル、ヒューリ、ラスキュス。この四人を合わせているって聞いたな」
レアディの言葉に私と雪風は驚いてしまった。だって……レアディが口にした名前は初代魔王様と彼女と激しいぶつかり合いを繰り広げた聖黒族の王。そして、その二人の陣営についていた聖黒族と契約したスライムの名前だったから。
やっぱり、マンヒュルド王との話し合いは想像以上の疲れを私に与えたようだ。
自分の拠点に帰ってきた安心感からか、緊張の糸が解かれてしまったようだ。
「エールティア様、大丈夫ですか?」
私の様子を見て心配になったのだろう。雪風が眉を下げていた。
「ええ。私も少し疲れただけ。まだまだ大丈夫よ」
これからレアディから話を聞かないといけないし、この程度で休んでなどいられない。
「おお、やっときたか。待ってたぞ」
宿の受付に帰ってきたことを報告して、自分の部屋に入ると――そこには既にレアディ達が座って待っていた。
「ティアちゃん、お帰り!」
「ええ、ただいま。きちんと連れて来てくれたみたいね。ありがとう」
「えへへ」
アイビグとスゥの案内を頼んでいたティアちゃんは、私が礼を言うとはにかむように笑った。
「レアディと……アロズも、よく来てくれたわね」
「あんたとは約束したからな」
にやりと不敵に笑うレアディとは対照的に、目を見開いて驚いた顔でこっちを見るアロズの表情が少しだけ笑いを誘う。何をそんなに驚くことがあるのだろうか?
「よおぼくの名前、覚えておいてくれましたな」
「当然よ。貴方は記憶に残りやすいしね」
その強い狐人族の訛り、一度聞けば中々忘れる事は出来ない。
特に狐人族や銀狐族に知り合いがいれば尚更だ。最近ではあまり聞かないしね。
「それで……なんで私の部屋に集まってるの?」
レアディ達に聞きたい事もあったけれど、それ以上になんでみんなが私の部屋に集まっているのかが一番の疑問だった。
「雪風があんたを迎えに行ったからな。もうすぐ帰ってくるだろうと思って待っていたんだよ」
「貴様! エールティア様を『あんた』呼ばわりするなんて……!」
「雪風!」
「……はっ!」
先程まで我慢していたのだろう。一気に怒りが吹きあがったように怒鳴り散らしている雪風だけど……刀に手を掛けるのは流石に不味い。こんな狭い場所で暴れられたらたまったものじゃない。
言い聞かせるように強く名前を呼ぶと、怒りを収めてすぐに後ろに控えて返事をしてくれる……けど、今にも飛び出しそうな雰囲気を纏っている。
――全く。忠義に篤いのは良いけれど、度が過ぎるのも困りものだ。
まあ、そこが可愛いところでもあるんだけどね。一途に想われているのも存外悪くない。
「彼の口の利き方は仕方のない事だから、気にしないで」
「しかし――」
「今はそれよりも聞きたいことがあるの。だからお願い」
気にしてないと言えば嘘になる。だけど今すぐ改めろと言って出来るような人じゃないことくらいわかるほどには言葉を交わしている。
「……わかりました」
渋々引き下がった雪風に心の中で「ごめんね」と謝りながら、わざわざ用意されていた椅子に座って一息つく。
「それで、聞きたいことってなんだ?」
レアディが切り出すより先にアイビグが口を開く。左肩には相変わらずスゥがだらんとしていて、そういう生き物かと錯覚するほどだ。
「……まず、マンヒュルド王に複製体の話をしたわ。あまり隠すべき事でもないし、私達にあらぬ疑いを掛けられるのも嫌だからね。それで……複製体ってどれくらいの数がいるの? 大体で良いから教えてちょうだい」
具体的な数を聞いても覚えられないかも知れないし、それならある程度把握しておけばそれでいい。
「そうだな……俺はここに襲撃をかけた連中と……狼人族と獣人族の男なら見た事があるな」
「あたしも」
アイビグは頭を捻るように考えてくれたけど、それでも二人しか見ていない、か。
大体一緒にいるスゥも同じということはほぼ間違いないだろう」
「ぼくは聖黒族の男とスライム族の女。それとドワーフ族の女を見たことあります。スライム族の方は青い髪してましたわ」
「……俺は竜人族の男と……アロズとは違う黒髪の男を見た。あいつは聖黒族というより……」
三人に釣られるようにレアディも喋りだしたけれど、途中で詰まってしまった。まるで確証を得ていない様子だけど、どうしたんだろう?
「レアディ、具体的にわからない?」
「悪りぃな。あいつはちょっと読めない。ただ、どいつが元になった複製体かはわかるぜ。俺達の教育をしてたダークエルフが笑って言ってやがったからな」
嫌なものを思い出して思わず苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど、そんなに酷いものだろうか?
それにしても、自分以外の複製元の名前を知ってるなんて珍しい。ファリスやローランが言うには、自分の元になった人物以外は伏せられるからわからないらしい。
歴史の勉強も人物絵を見ることなんてしないから、ぱっと見た感じでも見分けがつくことは出来ないって教えてくれたのを覚えている。
なんでも、裏切った際の戦い方や弱点の漏出を防ぐためなのだとか。
それなのにわざわざレアディの目の前で言うって事は……何かあるのかもしれない。
「それで……元になった人物は?」
「ああ。奴が言ってたのは……ティファリス、アシュル、ヒューリ、ラスキュス。この四人を合わせているって聞いたな」
レアディの言葉に私と雪風は驚いてしまった。だって……レアディが口にした名前は初代魔王様と彼女と激しいぶつかり合いを繰り広げた聖黒族の王。そして、その二人の陣営についていた聖黒族と契約したスライムの名前だったから。
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