上 下
368 / 676

368・北の国の王

しおりを挟む
 マデロームは元々魔人族とドワーフ族の国に分かれていたらしい。だから城も二つ存在する。どちらも冬の景色から逸脱している鉄の城で、重厚感ある建物は難攻不落の要塞のようでもある。

「エールティア殿下でございますね。お待ちしておりました」

 門の前に到達したと同時に門兵から敬礼される。どうやら『次期女王陛下』から『殿下』に変わったみたいだけれど……それでも私には過ぎた敬称だと思う。
 ティリアースにとって『殿下』というのは他国にとっての『王太子』に匹敵する敬称だ。

 ……いや、そうでもないか。
 次期女王候補は私しか存在しない。もちろん、他の聖黒族の貴族や今後産まれてくるであろう子どもにもチャンスはあるだろうし、現時点ではという話だけどね。

「わざわざ話を通してくれていた……という訳ね。随分と準備が良いわね」
「貴女様のご活躍は耳にしております。どうぞお通りください」

 憧れの目。何度か注がれた事があるけれど、やはり心地の良いものだ。
 軽く微笑んで門を潜ると――そこには白い雪に彩られた鉄の城がはっきりと姿を見せる。遠くから見ていた時よりも遥かに美しく感じる。北国特有の暖かい服を身に纏って寒さを防いでいても尚、凍えそうなほど冷たく感じる。

 雪景色に広がる重厚な城は、それだけで威圧感を与えてくる程だ。
 中に入ってもそれは変わらない。城内部の冷徹なまでに無機質な鋼の色とそれを支える陽の光のように柔らかい明かりがコントラストになっていてティリアースが誇る城の数々とは違った表情を楽しませてくれる。

 兵士達もきびきびと動いていて、無駄のない。冷たさすら感じる。他の国の普通の兵士達より明らかに練度が異なる。鍛錬に裏付けされた自信が彼らを支えているのだろう。どんな相手であろうと萎縮する事はないという意気込みが伝わってくるかのようだ。

 私もそれに負けじと胸を張って玉座の間へと続く広い道を進み、威厳に満ちた装飾の施された大きな扉の前に辿り着いた。扉に付き従うように立っていた兵士が二人がかりでそれを開いて――広い部屋には兵士が道を作っていた。

 その先にある血のように赤い玉座に座っているのは――屈強な肉体を持つ魔人族の王。厳しい冬の気候が育てたかのようなその肉体は、ドワーフ族にも引けを取らない。

「お初にお目にかかります。北の国の王。私は――」

 いつも……のように貴族の令嬢らしい挨拶をしようとしたのだけれど――国王が片手をあげて途中で遮られてしまった。

「よい。そなたの活躍はこの国中――いや、世界中に知れ渡っておる。そのような御仁に先に名乗らせるなど、私には出来ぬことだよ」

 おどけるように笑うマンヒュルド王は、静かにだけれど力強く立ち上がり、私のところに勇ましく歩み寄ってきた。

「さて、お初にお目にかかる。我が名はマンヒュルド・マデローム。この国の王にして、貴女きじょに命を救われた者だ」
「命を……?」

 今初めて会ったと本人も言っているのに、私がいつ救ったというのだろう? 頭の中に疑問が湧き上がって止まらない。
 そんな戸惑っている私の様子をおかしそうにマンヒュルド王は見つめている。

「当然であろう。私とは――王とは即ち国。そして国民の一人一人が私の血であり肉であり、命である。戦火に巻き込まれた民草を救い、怪我を癒し助けた」

 力強い笑みを浮かべているマンヒュルド王の話を聞いてようやく合点がいった。国と自分は一心同体なのだと……要はそう言いたいのだろう。一歩間違えればかなり危険な発想だけれど、嫌いではない。

「この国の民達の生活に触れ、共にしたこの身からすれば当然の行いです」
「ははは! 謙遜するな。しかし、我が国を気に入ってもらえたのなら嬉しい限りだ」

 彼の本心からの笑みを受けて、私も自然と笑みが零れる。
 最大の礼を尽くしているマンヒュルド王は、優雅に玉座に戻ってどっかりと腰を据える。

「それだけが理由なのではないのでしょう?」

 たったそれだけなら、もっと後でも良いはずだ。落ち着いた頃合いを見計らって呼んでも全く問題にならない。

「ふっ、やはりわかるか。なに、簡単な話だ。此度の戦の元凶――その話を詳しく聞きたくてな」
「私がそれを知っている――と?」
「知らぬとは言うまい。副都で泳がせていたダークエルフ族だと思しきエルフ族と騒ぎを起こしていた事。私の耳に入らないと思うたか?」

 ……やっぱりそこからか。
 隠れて移動していたけれど、結構派手に戦ったからね。泳がせていた……という事は誰かを潜ませていたか――それか遠くから見張っていたか。なんにせよ、私の事はばっちり知られているらしい。

 水面下で動いていた彼らを気付かずのさばらせていただけかと思っていたけれど、中々どうして考えている王様だ。

「安心せよ。此度の戦いで尽力したそなたに嫌疑を掛ける意図は微塵もない。だが、敵対勢力の情報を知る手立てを失い、ほとんど何も知らない状況で戦い抜ける事態ではない事も、そなたはわかっておろう?」
「――わかりました。私が話せる限りのことをお話ししましょう」
「うむ。そう言ってくれると思っておったわ。立ち話もなんだ。じっくりと腰を据えて話せる場所に移ろうぞ」

 こくりと頷いた私に満足しているような表情を浮かべるマンヒュルド王。考える必要もない。ここで情報を出し渋れば、それこそ嫌疑を掛けられる可能性もある。
 そんな些細な事で嫌な気持ちにさせられるのも御免だ。出しても良いと思える情報は出し惜しみせずに喋った方が良いだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

処理中です...