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366・悔しさの押し殺し
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「す……すごい……!」
感嘆のため息と共に漏れ出た言葉は、私の心に優越感を与えてくれる。
些細な事だけど、あの落胆から急上昇したとなればやはり嬉しいものだ。
治療され、完全の状態で穏やかに眠っている患者の姿を見ると、頬が少し緩む。
そんな余韻に浸っている中、いきなりがしっと両手を握られたのには驚いた。一瞬声を上げかけたけれど、私達を案内してくれたナースが、救われたような顔をしていて、何も言えなくなった。
「ありがとうございます。魔王様の血族に感謝を――」
涙すら浮かべて拝んでいる姿は、神に祈りが通じたシスターのようにも思えるくらいだ。
「ほら、泣く前にまだする事があるでしょう?」
優しく微笑みかけて、少しでも彼女の気持ちを和らげる。
今はまだやらないといけない事がある。重軽傷問わずまだ治療しなければならない人は大勢いる。ここで泣いて止まっている場合じゃない。
それを彼女も理解したのだろう。力強い顔になって頷いてくれた。
気付いたら似たような顔をしている魔導医とナースの集団もいて、一致団結した姿がそこにはあった。
「エールティア様。申し訳ありませんが、ここはお任せしてもよろしいでしょうか?」
遠目に私達を見ていた壮年の魔人族の男性がゆっくりと歩み寄ってきた。恐らく、彼がこの治療院の最高責任者なのだろう。顔には表れていないけれど、目の奥に悔しさが宿っている。
どれだけの年月を魔導医として過ごしてきたのだろう。それを目の前の小娘に容易く乗り越えられてしまった歯がゆさ。自らの無力感に苛まれている――そんな思いが視線の中から伝わってくるようだ。
それでもそれを隠して患者に向き合おうとするその姿勢は称賛に値する。
「ええ。問題ないわ」
だから、それに私は応えよう。彼が自分の積み上げてきたもの。重ねてきた力の全てに敬意を表して。
「ありがとうございます。……さあ、皆さんも動きましょう! まだまだ患者さんが待っていますよ!!」
ぱんぱん、と手を叩いて手が止まってるみんなを正気に戻し、次々と指示を出していく。
きびきびと動く彼の姿を見て、この治療院は彼がいたからこそ回っていたと思えるほどの的確さだ。
「さ、私達も頑張りましょうか」
「俺達はどうすればいい?」
彼らが動いているのに、私達がいつまでも棒立ちしていても仕方がない。
こちらも治療に向かおう――そう思ったんだけど……アイビグの言葉に止まってしまった。
治療系の魔導が扱えるのは私と……多分ファリスもそうだろう。だけど彼女には全くやる気が感じられない。私が言えば手伝ってはくれるだろうけど……彼女が重傷者を癒せるかどうかはわからない。一度試してみてもいいけれど、明らかにやる気のない人に任せるべきではないだろう。
となれば――本当に彼らが付いてきた理由がない。
「……とりあえず治療済みの患者とまだ済んでいない患者を分けてくれる? それと移動できる人は治療度高い順に並べてちょうだい」
「えー……」
「しないのなら出て行きなさい。ここもそんなに広くないんだから」
今は緊急性の高い順に治していく方がいい。こちらは一人。より死の淵に瀕している人から治さなければ、あっという間に死んで行くだろう。
「……はーい」
私の一喝に少し嫌そうだが返事をして、仕方ない……と言いたげな様子で患者を移動させる為に動き出した。
「お姫様ならいっぺんに治せると思ったんだけど……難しいのか?」
「私は本来こういうのは得意じゃないの。イメージもだけど、魔力も必要以上に使って無理してるんだから」
足りないイメージはある程度魔力で埋める事が出来る。効力を上げたり範囲を広げたり……アイビグの言っている事は出来なくはない。だけど、治療系の魔導というのはより洗練されたイメージで一人を治療する特化されている。範囲を広げればその分効力は落ちるし、魔力の消費も上がる。効力を全く変えずに発動する場合、更に魔力が必要となる。
当然、あっという間に力が尽きて倒れてしまう事間違いない。
それに――
「不慣れな魔導はどこか粗が出てくる。戦闘で使うならまだしも、今は繊細さも求められる。下手に癒して中途半端な苦しみを与えるくらいなら、一人ずつしっかりと治した方が効率も良いの」
「……わかった。んじゃ、俺も行くわ」
納得してくれたアイビグもファリスの手伝いをしようと動き出した。
ファリスは嫌そうにしているけれど、私と一緒にいる事の方が大事なのだろう。渋々ながらも一緒に行動してくれるようだ。
「……あたしは?」
さて、私も――と思っていた矢先、今まで気にしていなかったスゥが眠そうにふわふわ浮いていた。
……全く気にしていなかっただけに、彼女が何を出来るのかわからない。というか、彼女も手伝ってくれるとは思わなかった。
「えっと、スゥは何が出来るの?」
「少しだけなら、回復できる」
「そう……だったら体力的に危ない人や急変した人に魔導頼める?」
「……めんどいけど、まかせて」
ふわふわと気だるそうに飛んでいくけれど……まあ問題ないか。やる気は一応あるみたいだしね。
私の方も集中して当たらないとね。三人を働かせて自分だけ手抜きだなんて、出来る訳ないからね。
感嘆のため息と共に漏れ出た言葉は、私の心に優越感を与えてくれる。
些細な事だけど、あの落胆から急上昇したとなればやはり嬉しいものだ。
治療され、完全の状態で穏やかに眠っている患者の姿を見ると、頬が少し緩む。
そんな余韻に浸っている中、いきなりがしっと両手を握られたのには驚いた。一瞬声を上げかけたけれど、私達を案内してくれたナースが、救われたような顔をしていて、何も言えなくなった。
「ありがとうございます。魔王様の血族に感謝を――」
涙すら浮かべて拝んでいる姿は、神に祈りが通じたシスターのようにも思えるくらいだ。
「ほら、泣く前にまだする事があるでしょう?」
優しく微笑みかけて、少しでも彼女の気持ちを和らげる。
今はまだやらないといけない事がある。重軽傷問わずまだ治療しなければならない人は大勢いる。ここで泣いて止まっている場合じゃない。
それを彼女も理解したのだろう。力強い顔になって頷いてくれた。
気付いたら似たような顔をしている魔導医とナースの集団もいて、一致団結した姿がそこにはあった。
「エールティア様。申し訳ありませんが、ここはお任せしてもよろしいでしょうか?」
遠目に私達を見ていた壮年の魔人族の男性がゆっくりと歩み寄ってきた。恐らく、彼がこの治療院の最高責任者なのだろう。顔には表れていないけれど、目の奥に悔しさが宿っている。
どれだけの年月を魔導医として過ごしてきたのだろう。それを目の前の小娘に容易く乗り越えられてしまった歯がゆさ。自らの無力感に苛まれている――そんな思いが視線の中から伝わってくるようだ。
それでもそれを隠して患者に向き合おうとするその姿勢は称賛に値する。
「ええ。問題ないわ」
だから、それに私は応えよう。彼が自分の積み上げてきたもの。重ねてきた力の全てに敬意を表して。
「ありがとうございます。……さあ、皆さんも動きましょう! まだまだ患者さんが待っていますよ!!」
ぱんぱん、と手を叩いて手が止まってるみんなを正気に戻し、次々と指示を出していく。
きびきびと動く彼の姿を見て、この治療院は彼がいたからこそ回っていたと思えるほどの的確さだ。
「さ、私達も頑張りましょうか」
「俺達はどうすればいい?」
彼らが動いているのに、私達がいつまでも棒立ちしていても仕方がない。
こちらも治療に向かおう――そう思ったんだけど……アイビグの言葉に止まってしまった。
治療系の魔導が扱えるのは私と……多分ファリスもそうだろう。だけど彼女には全くやる気が感じられない。私が言えば手伝ってはくれるだろうけど……彼女が重傷者を癒せるかどうかはわからない。一度試してみてもいいけれど、明らかにやる気のない人に任せるべきではないだろう。
となれば――本当に彼らが付いてきた理由がない。
「……とりあえず治療済みの患者とまだ済んでいない患者を分けてくれる? それと移動できる人は治療度高い順に並べてちょうだい」
「えー……」
「しないのなら出て行きなさい。ここもそんなに広くないんだから」
今は緊急性の高い順に治していく方がいい。こちらは一人。より死の淵に瀕している人から治さなければ、あっという間に死んで行くだろう。
「……はーい」
私の一喝に少し嫌そうだが返事をして、仕方ない……と言いたげな様子で患者を移動させる為に動き出した。
「お姫様ならいっぺんに治せると思ったんだけど……難しいのか?」
「私は本来こういうのは得意じゃないの。イメージもだけど、魔力も必要以上に使って無理してるんだから」
足りないイメージはある程度魔力で埋める事が出来る。効力を上げたり範囲を広げたり……アイビグの言っている事は出来なくはない。だけど、治療系の魔導というのはより洗練されたイメージで一人を治療する特化されている。範囲を広げればその分効力は落ちるし、魔力の消費も上がる。効力を全く変えずに発動する場合、更に魔力が必要となる。
当然、あっという間に力が尽きて倒れてしまう事間違いない。
それに――
「不慣れな魔導はどこか粗が出てくる。戦闘で使うならまだしも、今は繊細さも求められる。下手に癒して中途半端な苦しみを与えるくらいなら、一人ずつしっかりと治した方が効率も良いの」
「……わかった。んじゃ、俺も行くわ」
納得してくれたアイビグもファリスの手伝いをしようと動き出した。
ファリスは嫌そうにしているけれど、私と一緒にいる事の方が大事なのだろう。渋々ながらも一緒に行動してくれるようだ。
「……あたしは?」
さて、私も――と思っていた矢先、今まで気にしていなかったスゥが眠そうにふわふわ浮いていた。
……全く気にしていなかっただけに、彼女が何を出来るのかわからない。というか、彼女も手伝ってくれるとは思わなかった。
「えっと、スゥは何が出来るの?」
「少しだけなら、回復できる」
「そう……だったら体力的に危ない人や急変した人に魔導頼める?」
「……めんどいけど、まかせて」
ふわふわと気だるそうに飛んでいくけれど……まあ問題ないか。やる気は一応あるみたいだしね。
私の方も集中して当たらないとね。三人を働かせて自分だけ手抜きだなんて、出来る訳ないからね。
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