上 下
366 / 676

366・悔しさの押し殺し

しおりを挟む
「す……すごい……!」

 感嘆のため息と共に漏れ出た言葉は、私の心に優越感を与えてくれる。
 些細な事だけど、あの落胆から急上昇したとなればやはり嬉しいものだ。

 治療され、完全の状態で穏やかに眠っている患者の姿を見ると、頬が少し緩む。

 そんな余韻に浸っている中、いきなりがしっと両手を握られたのには驚いた。一瞬声を上げかけたけれど、私達を案内してくれたナースが、救われたような顔をしていて、何も言えなくなった。

「ありがとうございます。魔王様の血族に感謝を――」

 涙すら浮かべて拝んでいる姿は、神に祈りが通じたシスターのようにも思えるくらいだ。

「ほら、泣く前にまだする事があるでしょう?」

 優しく微笑みかけて、少しでも彼女の気持ちを和らげる。
 今はまだやらないといけない事がある。重軽傷問わずまだ治療しなければならない人は大勢いる。ここで泣いて止まっている場合じゃない。

 それを彼女も理解したのだろう。力強い顔になって頷いてくれた。
 気付いたら似たような顔をしている魔導医とナースの集団もいて、一致団結した姿がそこにはあった。

「エールティア様。申し訳ありませんが、ここはお任せしてもよろしいでしょうか?」

 遠目に私達を見ていた壮年の魔人族の男性がゆっくりと歩み寄ってきた。恐らく、彼がこの治療院の最高責任者なのだろう。顔には表れていないけれど、目の奥に悔しさが宿っている。
 どれだけの年月を魔導医として過ごしてきたのだろう。それを目の前の小娘に容易く乗り越えられてしまった歯がゆさ。自らの無力感に苛まれている――そんな思いが視線の中から伝わってくるようだ。

 それでもそれを隠して患者に向き合おうとするその姿勢は称賛に値する。

「ええ。問題ないわ」

 だから、それに私は応えよう。彼が自分の積み上げてきたもの。重ねてきた力の全てに敬意を表して。

「ありがとうございます。……さあ、皆さんも動きましょう! まだまだ患者さんが待っていますよ!!」

 ぱんぱん、と手を叩いて手が止まってるみんなを正気に戻し、次々と指示を出していく。
 きびきびと動く彼の姿を見て、この治療院は彼がいたからこそ回っていたと思えるほどの的確さだ。

「さ、私達も頑張りましょうか」
「俺達はどうすればいい?」

 彼らが動いているのに、私達がいつまでも棒立ちしていても仕方がない。
 こちらも治療に向かおう――そう思ったんだけど……アイビグの言葉に止まってしまった。

 治療系の魔導が扱えるのは私と……多分ファリスもそうだろう。だけど彼女には全くやる気が感じられない。私が言えば手伝ってはくれるだろうけど……彼女が重傷者を癒せるかどうかはわからない。一度試してみてもいいけれど、明らかにやる気のない人に任せるべきではないだろう。

 となれば――本当に彼らが付いてきた理由がない。

「……とりあえず治療済みの患者とまだ済んでいない患者を分けてくれる? それと移動できる人は治療度高い順に並べてちょうだい」
「えー……」
「しないのなら出て行きなさい。ここもそんなに広くないんだから」

 今は緊急性の高い順に治していく方がいい。こちらは一人。より死の淵に瀕している人から治さなければ、あっという間に死んで行くだろう。

「……はーい」

 私の一喝に少し嫌そうだが返事をして、仕方ない……と言いたげな様子で患者を移動させる為に動き出した。

「お姫様ならいっぺんに治せると思ったんだけど……難しいのか?」
「私は本来こういうのは得意じゃないの。イメージもだけど、魔力も必要以上に使って無理してるんだから」

 足りないイメージはある程度魔力で埋める事が出来る。効力を上げたり範囲を広げたり……アイビグの言っている事は出来なくはない。だけど、治療系の魔導というのはより洗練されたイメージで一人を治療する特化されている。範囲を広げればその分効力は落ちるし、魔力の消費も上がる。効力を全く変えずに発動する場合、更に魔力が必要となる。

 当然、あっという間に力が尽きて倒れてしまう事間違いない。
 それに――

「不慣れな魔導はどこか粗が出てくる。戦闘で使うならまだしも、今は繊細さも求められる。下手に癒して中途半端な苦しみを与えるくらいなら、一人ずつしっかりと治した方が効率も良いの」
「……わかった。んじゃ、俺も行くわ」

 納得してくれたアイビグもファリスの手伝いをしようと動き出した。
 ファリスは嫌そうにしているけれど、私と一緒にいる事の方が大事なのだろう。渋々ながらも一緒に行動してくれるようだ。

「……あたしは?」

 さて、私も――と思っていた矢先、今まで気にしていなかったスゥが眠そうにふわふわ浮いていた。
 ……全く気にしていなかっただけに、彼女が何を出来るのかわからない。というか、彼女も手伝ってくれるとは思わなかった。

「えっと、スゥは何が出来るの?」
「少しだけなら、回復できる」
「そう……だったら体力的に危ない人や急変した人に魔導頼める?」
「……めんどいけど、まかせて」

 ふわふわと気だるそうに飛んでいくけれど……まあ問題ないか。やる気は一応あるみたいだしね。
 私の方も集中して当たらないとね。三人を働かせて自分だけ手抜きだなんて、出来る訳ないからね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...