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365・癒し手の力
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雪風に憲兵を呼ぶように伝えてから、奥に向かって進む。最初はファリスに任せようかと思ったけれど、揉め事になりそうな予感がしたからやめる事にした。
ただでさえあの男達に時間を掛けてしまったのだ。これ以上の面倒事は勘弁してほしかった。
「し、失礼ですが陛下――」
「私はまだ『次期候補』というだけだから、そこまで改まらなくてもいいわ」
「……そういう訳には参りません。エールティア様」
すっかり態度が変わってしまったナースだけど、入り口で男達に脅迫されていた頃に比べたらかなりマシになっていた。
「それにしても……少しは知られていると思ったのだけど、まだまだね」
「いや、単純にこんな有名人がここにいる訳ないって気持ちが働いてるだけだと思うぞ」
「なんたって自分と似ている人が最低三人はいる世の中なんだもの。他人の空似だと思われるのは仕方ない事だよ」
確かに二人の言う通りだ。こんなところに次期女王候補であり、魔王祭優勝者がここにいるなんて、普通はあり得ない事だろう。何かの見間違いだと思われても仕方ない……のだけれど、妙に納得できない。
複製体の彼らが言う分には説得力があるかもだけどね。
「申し訳ございません。私はあまり戦いは好みませんので……遠くの国のお方にはどうしても疎く――」
「ここは北国で、私の国は遠く――南東の国なのだから、知らなくても当然よ。だからあまり気を遣わないでちょうだい」
……まあ、言っても無駄なんだろうけど、一応言葉にしておく。
奥まで辿り着いた私達が見たのは地獄の更に奥。そう呼ぶのに相応しかった。
「これは……」
「ここは、私達では治療できない人ばかりなんです。不甲斐ない事ですが……」
唇をきゅっと噛み締めながら拳を震わせる彼女の姿は、悲痛さを全身で表しているかのようだ。
全身血だらけで、どう考えても処置不可能って人も何人かいる。中には毒で苦しんでいる人もいて……このまま放置していれば、今日を生き抜けるかどうかさえ定かでない人達ばかりだった。
「まだ実力も見てないのに、いきなりこんな重傷者を任せるなんて正気? 普通、もう少し軽いところから始めると思うんだけど」
ファリスが目を細め、鋭い視線をナースに向ける。確かに、普通ならもっと軽傷――それこそ足を擦りむいた子供とかから始めるだろう。最初から任せるには荷が重すぎる。
「先程も申し上げましたが、ここは私達の手に負えない方ばかりなのです。ですが、貴女様なら……」
――聖黒族の私なら。
その人の目にはそんな希望が宿っていた。
他のどんな種族よりも魔力の多い種族であり、怪我を癒す事が出来るとなれば、期待しない方が無理な話なのだろう。
必死に縋るような視線を向けられる。気付けば入り口の騒動を聞いた他の魔導医やナース達もちらちらとこちらを気にしているようだった。思わず深くため息が漏れてしまう。
「……確実に治せる訳じゃない。その事はちゃんと理解してる?」
「はい。治すことが出来なくても仕方の無い事だと私達もわかっております。ただ……望みがあるなら託したい。それだけなのです」
正直なところ、私でも治せるかどうか怪しい人もちらほらといる。失敗したからといって、責め立てられるのはたまったものじゃない。
そこだけはしっかりと確認して、一番酷そうな患者に向き合う。
左腕を失っていて、あちこちが焼け爛れている。脇腹と頭の傷からは血が流れていて、生きていることが奇跡な程だ。どう見ても致命傷で、助かる見込みはないとしか言いようがない。
心を落ち着けて、静かにイメージする。あらゆる苦痛を消し去り、傷を癒す光。暖かみの宿る穏やかな力。
「【テリオスセラピア】」
魔導の発動と同時に患者は淡い緑色の光に包まれて――体中に出来ていた傷が癒えていくのがわかる。
どんなに深い傷も瞬く間に塞がっていくのだけれど……肝心の火傷と左腕の欠損は治らなかった。
やっぱり駄目か――私の気持ちが一瞬後ろ向きになった時。どこか落胆したため息が聞こえた。
その人は別に私を責めた訳ではないのだろう。だけど――それは私への挑戦に他ならなかった。
なら、もう一つ。今度は精神の――いや、あらゆる異常を取り除く癒しの波動。全ての状態を清浄し、整える光。
「【ガイストハイルング】」
以前に完成させた精神の状態異常を取り除く魔導。それをより深く、強くイメージする。私には【リ・バース】のような魔導は作り上げる事が出来ない。治療、回復は私にとっては専門外で、どんなイメージをしたらあんな風になるのかさっぱり理解できないからだ。
それでも苦心して作り上げた【ガイストハイルング】は、患者の全身を暖かな光で包み込み、焼けて無残になっている火傷や、切り落とされていた左腕も……なんだかにゅるにゅると生えてきてかなり気持ち悪い事になっている。
しばらくすると包み込んでいた光が薄れ――そこから現れたのは完全な状態の患者の姿。
……どうやら、『火傷』も『欠損』も状態異常とみなされたようだ。
上手くできるとは思わなかったけれど……肉体と精神の状態異常をなんとかする事が出来た。
ある意味ではあの落胆のため息を零した人のおかげだろう。感謝はしないけどね。
ただでさえあの男達に時間を掛けてしまったのだ。これ以上の面倒事は勘弁してほしかった。
「し、失礼ですが陛下――」
「私はまだ『次期候補』というだけだから、そこまで改まらなくてもいいわ」
「……そういう訳には参りません。エールティア様」
すっかり態度が変わってしまったナースだけど、入り口で男達に脅迫されていた頃に比べたらかなりマシになっていた。
「それにしても……少しは知られていると思ったのだけど、まだまだね」
「いや、単純にこんな有名人がここにいる訳ないって気持ちが働いてるだけだと思うぞ」
「なんたって自分と似ている人が最低三人はいる世の中なんだもの。他人の空似だと思われるのは仕方ない事だよ」
確かに二人の言う通りだ。こんなところに次期女王候補であり、魔王祭優勝者がここにいるなんて、普通はあり得ない事だろう。何かの見間違いだと思われても仕方ない……のだけれど、妙に納得できない。
複製体の彼らが言う分には説得力があるかもだけどね。
「申し訳ございません。私はあまり戦いは好みませんので……遠くの国のお方にはどうしても疎く――」
「ここは北国で、私の国は遠く――南東の国なのだから、知らなくても当然よ。だからあまり気を遣わないでちょうだい」
……まあ、言っても無駄なんだろうけど、一応言葉にしておく。
奥まで辿り着いた私達が見たのは地獄の更に奥。そう呼ぶのに相応しかった。
「これは……」
「ここは、私達では治療できない人ばかりなんです。不甲斐ない事ですが……」
唇をきゅっと噛み締めながら拳を震わせる彼女の姿は、悲痛さを全身で表しているかのようだ。
全身血だらけで、どう考えても処置不可能って人も何人かいる。中には毒で苦しんでいる人もいて……このまま放置していれば、今日を生き抜けるかどうかさえ定かでない人達ばかりだった。
「まだ実力も見てないのに、いきなりこんな重傷者を任せるなんて正気? 普通、もう少し軽いところから始めると思うんだけど」
ファリスが目を細め、鋭い視線をナースに向ける。確かに、普通ならもっと軽傷――それこそ足を擦りむいた子供とかから始めるだろう。最初から任せるには荷が重すぎる。
「先程も申し上げましたが、ここは私達の手に負えない方ばかりなのです。ですが、貴女様なら……」
――聖黒族の私なら。
その人の目にはそんな希望が宿っていた。
他のどんな種族よりも魔力の多い種族であり、怪我を癒す事が出来るとなれば、期待しない方が無理な話なのだろう。
必死に縋るような視線を向けられる。気付けば入り口の騒動を聞いた他の魔導医やナース達もちらちらとこちらを気にしているようだった。思わず深くため息が漏れてしまう。
「……確実に治せる訳じゃない。その事はちゃんと理解してる?」
「はい。治すことが出来なくても仕方の無い事だと私達もわかっております。ただ……望みがあるなら託したい。それだけなのです」
正直なところ、私でも治せるかどうか怪しい人もちらほらといる。失敗したからといって、責め立てられるのはたまったものじゃない。
そこだけはしっかりと確認して、一番酷そうな患者に向き合う。
左腕を失っていて、あちこちが焼け爛れている。脇腹と頭の傷からは血が流れていて、生きていることが奇跡な程だ。どう見ても致命傷で、助かる見込みはないとしか言いようがない。
心を落ち着けて、静かにイメージする。あらゆる苦痛を消し去り、傷を癒す光。暖かみの宿る穏やかな力。
「【テリオスセラピア】」
魔導の発動と同時に患者は淡い緑色の光に包まれて――体中に出来ていた傷が癒えていくのがわかる。
どんなに深い傷も瞬く間に塞がっていくのだけれど……肝心の火傷と左腕の欠損は治らなかった。
やっぱり駄目か――私の気持ちが一瞬後ろ向きになった時。どこか落胆したため息が聞こえた。
その人は別に私を責めた訳ではないのだろう。だけど――それは私への挑戦に他ならなかった。
なら、もう一つ。今度は精神の――いや、あらゆる異常を取り除く癒しの波動。全ての状態を清浄し、整える光。
「【ガイストハイルング】」
以前に完成させた精神の状態異常を取り除く魔導。それをより深く、強くイメージする。私には【リ・バース】のような魔導は作り上げる事が出来ない。治療、回復は私にとっては専門外で、どんなイメージをしたらあんな風になるのかさっぱり理解できないからだ。
それでも苦心して作り上げた【ガイストハイルング】は、患者の全身を暖かな光で包み込み、焼けて無残になっている火傷や、切り落とされていた左腕も……なんだかにゅるにゅると生えてきてかなり気持ち悪い事になっている。
しばらくすると包み込んでいた光が薄れ――そこから現れたのは完全な状態の患者の姿。
……どうやら、『火傷』も『欠損』も状態異常とみなされたようだ。
上手くできるとは思わなかったけれど……肉体と精神の状態異常をなんとかする事が出来た。
ある意味ではあの落胆のため息を零した人のおかげだろう。感謝はしないけどね。
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