上 下
351 / 676

351・唐突の和解

しおりを挟む
 適当に宿の周辺を散歩して戻ってみると――なんだか言い表すことが難しい雰囲気を二人は纏っていた。
 長年の宿敵のようであり、数日しか経っていない友のように思える。

 そんな微妙な雰囲気で向かい合ってる二人の間に一体何があったんだろうか?
 強者としての余裕を感じさせるファリスと、何か含みのある笑みを浮かべているジュール。
 明らかに部屋の外に出る前とは空気が違っていた。前よりは若干柔らかくなっと……と思う。

「話、終わった?」
「うん! ね? ジュール」
「え、そ、そうですね」

 相変わらず華やかな笑みを向けてくれているファリスに対して、どこかぎこちなく笑うジュール。
 想像していたのよりは大分マシとはいえ、中で一体何が起こったんだろう? 私抜きでは衝突するのが目に浮かぶ程だっただけに、この光景は本当に驚きの一言に尽きる。

 まさか仲良く(?)なるなんてね。
 表面的なのは見ててわかるけれど、それでも上辺だけでも笑顔で接する事が出来るなら……とりあえずはそれでいいと思う。
 最初から満面の笑みで握手を交わし合って、仲良しこよしが出来るとは思っていない。

 これ以上を望むのはむしろ欲張りだと言えるだろう。

「良かった。それでジュール、調子はどう? ずっと眠っていたみたいだけど……」
「……はい。ティア様のお蔭で大分良くなりました」

 ファリスに向けていたぎこちない笑顔よりは大分マシだけど、どこか困ったようにジュールは微笑んでいた。
 やっぱり、引き合わせたことに対して困惑しているんだろうか? 事前に話を通しておけば良かったかも……と軽く自己嫌悪に陥ってしまう。

「えっと、ティア様が私を助けて下さったそうですので……その……本当に申し訳ございませんでした!」

 微笑んでいたジュールは勢いよく立ち上がって、頭を下げてきた。
 あまりの勢いの良さにそのまま机にぶつかるんじゃないかと思ったほどだ。

「ジュール、ちょっと落ち着いて」
「いえ、本来なら私がティア様を助けなければいけないのに……」

 必死さが現れるほどに一生懸命で、その姿勢が心に強く残る。どうやら、随分気にしているようだ。

「別に気にする必要なんてないのに……」
「ティアちゃん、素直に受け取った方が良いよ」

 ジュールの謝っている姿に戸惑う私に対し、ファリスは呆れた目で私を見ていた。
 もう今日で何度その目を向けられただろう? なんでかさっぱりわからない。

「でも、あれは私が自分の好きでやった事で……」
「だとしても。上の者は下の者の謝罪を受け取って、許してあげないといけないの。それが務め」
「務め……ね」

 随分知ったような口を聞いていると思うけれど、ファリスの言う事は気になる。
 彼女は『ローラン』の記憶を持っているのだし、その観点から何か思うところがあるのかもしれない。

「本当ならティアちゃんを守るのがあの子の役目なの。それを逆に守ってもらって救ってもらう……そんな恥と罪を『気にしないで』なんて言葉で済ませるのは酷でしょう。彼女は貴女の仲間でも友達でもない。君主と仰いだ貴女を支える臣下だってことを、きちんと受け止めないと」
「……ちょっと、そんな言い方――」
「貴女は黙ってて」

 ジュールが何か言いたげにしているのを、ファリスは鋭い視線で黙らせてしまう。
 向き直った彼女の視線は冷たいけれど、突き放すようなものじゃなかった。
 頭の中で冷静に彼女が教えてくれた事を反すうする。

 私はジュールの事を【契約】スライムだと思っていた。だからこそ、私の側にいてくれるんだと。
 臣下だと思っていたけれど、それ以上に友人であり、傷ついてほしくないと思っていた。
 だから……こんな事になったのだろう。

「わかった。ジュール、貴女の謝罪素直に受け入れるわ。だから……これからはもっと強くなりなさい。私の【契約】スライムに相応しい子にね」
「――! はい! 私、もっと強くなります!」

 輝かしい程の笑顔を見せて深く頭を下げたジュールは、先程のような困った感じではなく、晴れ晴れとした笑顔だった。
 ちらりとファリスの方を見ると、満足そうに頷いていた。

 ……やれやれ、これから先はもっと上の者としての振る舞いを求められそうだ。
 元々一人で過ごしてきたし、戦ってきた。だからそういうのには慣れていないのに。

「ええ。期待しているわ」

 きゃっきゃと騒いでいるジュール。微笑ましい気持ちになる。
 これから先も彼女は強くなるだろう。ファリスはジュールに対して思うところがあるみたいだけど、鬼人族の言葉で表すならそれは杞憂というものだろう。

 その後しばらくはジュールと話をして、宿から出た。
 今日は色々あったけれど、ファリスとジュールがほどほどに仲が良くなってよかった。そう思う事にしよう。
 明日も今日のように穏やかな一日が過ごせれば……そう思う。

 出来ればずっと続いてほしいと思うんだけれど、それは流石に無理な話だろう。
 だからこそ、この僅かな安息の時間を大切にしていきたい。次の戦いを勝ち抜いて、再びこの安寧を取り戻す為に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

処理中です...