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326・エールティアの剣戟
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ファリスの攻撃を待ち構えるように備えると、煙を纏いながら私に突撃を仕掛けてくる彼女が視界に入ってきた。
私が人造命具を構えていた事に驚きはしたけれど、すぐに好戦的な笑みを浮かべて迷わず剣を振り下ろしてきた。
それを迎え撃つように刃を合わせ、ぎりぎりとつばぜり合いをする事になる。
「ふふふ、久しぶりにそれを抜いたね。どう? 使い方、覚えてる?」
「あまり見くびらない方が良いわ」
久しぶりに使うと言っても、この剣は私の一部のようなものだ。戦い方くらい、頭の中にしっかりと残っていいる。
一度、二度と刃を重ね、少し距離を取って斬撃を放つ。互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
「【トキシックスピア】!」
「【シャドーリッパー】!」
刃を合わせている状態で気を逸らせようと魔導で攻撃してみるけれど、やはりファリスも私に合わせて相殺を狙ってきた。
毒の槍と影の刃がぶつかり合って、静かに消えていく。そのまま剣をくるりと回すように上に跳ね上げ、人造命具を弾き飛ばす。
「うふっ、あはっ」
楽しそうに顔を歪めるファリスに向かって鋭い一閃を放つ。左肩を鋭く切り裂いて、更に追撃を仕掛けようとした――のだけれど、ふらふらと後退ったファリスを見て動きを止めてしまった。
不気味な雰囲気を纏っている彼女は、ゆらゆらと動いて、静かに左肩に手を添えていた。
「うふふ、痛い……いたぁぁい……」
以前、雪風がファリスの予想を上回る攻撃を見せた時、彼女は激昂して見たことのない人造命具を解き放った。
もしかしたら今回もそうなるのでは……と思っていたけれど、様子が少しおかしい。
左肩に添えていた右手は血をなぞって、ゆっくりと口に含む。
ゆっくりと指先を舐るその姿は妖艶で、とてもじゃないが、少女がしていい表情じゃなかった。
「んふふふ、良いよ。すっごく良い。流石エールティア姫様。わたしの愛しい人……」
……なんだか周囲の温度が上がったような気がした。
『え、あ、えぇぇぇぇぇ!?!?』
実況席から上がる大きな声に、観客席の方に意識を向けると、変に黄色い声が上がっているのが気になってしまった。
肝心のファリスの方は爆弾発言をしたのにも関わらず、陶酔した表情で私に潤んだ瞳を向けていた。
「うふ、ふふ、【人造命剣『フィリンベーニス・ファクティス』】」
私が弾き飛ばした人造命具は、再びファリスの右手に収まる。彼女の不気味さに気圧されず、そのまま追撃を仕掛けていれば……とも思うけれど、その時はすぐに反撃してきただろう。
「……傷の治癒はしなくて良いのかしら?」
ファリスは雪風相手に【リ・バース】を使用していた。身体を万全の状態に戻す魔導。あれさえ使えば、傷なんてあっという間に元通りのはずだ。そう思ったのだけれど――
「なんで?」
心底疑問が湧いてきたとでも言うようにファリスは可愛らしく首をこてんと傾けた。あまりにも純粋な表情に、先程の顔が嘘のように思えて来るほどだった。
「なんでって……傷なんて無い方が良いでしょう?」
「そんなわけないでしょ。だってこれは……あなたがわたしにくれた痛みなんだもの」
……ちょっとその思考回路は理解できない。なんで私が与えた痛みだから治癒しないんだろう? 意味がわからない。
「ね、エールティア姫様。なんで傷って残ると思う? 痛みはずっと続いたり、すぐに収まったり……無くなった部分が幻肢痛で苛まれると思う?」
唐突に聞かれたその質問に、私は言葉に詰まってしまった。彼女が何が言いたいのか全く分からなかったからだ。
「残るのはね、それが『愛』だからなんだよ」
「……どういうこと?」
いきなりぶっ飛んだ答えが飛んできて、思わず目が点になってしまった。
決闘中にも関わらず、気を逸らしてしまったけれど……ファリスはそれを全く気にしていない様子で続けてきた。
「だって、好きって気持ちは深く残ったり消えてなくなったり……傷や痛みと一緒じゃない。傷と共に与える痛み――それこそが『愛してる』って証になるの。頭だけで何も残らないものとか、一瞬で命を断ち切る一撃とか……そんなあっさりなくなっちゃうものじゃない。身体に、心に残るものこそ、愛のある形なの」
戦うことを忘れて力説するファリスだけれど、それを大人しく聞いている私も大概だろう。
……まぁ、ここまで理解不能な事を言われたら、手も止まるというものだけれど。
「……本気で言ってるの?」
「ふふふ、だって……わたしたちは戦いの中でしか理解できなかったじゃない。あの時、あなたに言われた事をそのまま言ってあげるね」
――『何にもないその心を、わたしなら埋めてあげられる。もう、何も探す事はない。あなたが応えてくれるなら、わたしも望む物を差し出してあげる。だから――』
それは、かつて私が彼――転生前のローランに投げかけた言葉だった。それを目の前の少女は両腕を広げて私に呼びかけるように謳い上げる。
……何も知らない他人には全くわからない言葉だろう。意味不明な言葉の羅列にしか聞こえない。だけど――
「貴女は……」
「だから、一緒に行こう? もうあの時のような間違いは犯さない。私の心は、魂は――貴女と共に」
にんまりと笑うファリスの姿が、妙に転生前に戦ったローランとダブって見えた……。
私が人造命具を構えていた事に驚きはしたけれど、すぐに好戦的な笑みを浮かべて迷わず剣を振り下ろしてきた。
それを迎え撃つように刃を合わせ、ぎりぎりとつばぜり合いをする事になる。
「ふふふ、久しぶりにそれを抜いたね。どう? 使い方、覚えてる?」
「あまり見くびらない方が良いわ」
久しぶりに使うと言っても、この剣は私の一部のようなものだ。戦い方くらい、頭の中にしっかりと残っていいる。
一度、二度と刃を重ね、少し距離を取って斬撃を放つ。互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
「【トキシックスピア】!」
「【シャドーリッパー】!」
刃を合わせている状態で気を逸らせようと魔導で攻撃してみるけれど、やはりファリスも私に合わせて相殺を狙ってきた。
毒の槍と影の刃がぶつかり合って、静かに消えていく。そのまま剣をくるりと回すように上に跳ね上げ、人造命具を弾き飛ばす。
「うふっ、あはっ」
楽しそうに顔を歪めるファリスに向かって鋭い一閃を放つ。左肩を鋭く切り裂いて、更に追撃を仕掛けようとした――のだけれど、ふらふらと後退ったファリスを見て動きを止めてしまった。
不気味な雰囲気を纏っている彼女は、ゆらゆらと動いて、静かに左肩に手を添えていた。
「うふふ、痛い……いたぁぁい……」
以前、雪風がファリスの予想を上回る攻撃を見せた時、彼女は激昂して見たことのない人造命具を解き放った。
もしかしたら今回もそうなるのでは……と思っていたけれど、様子が少しおかしい。
左肩に添えていた右手は血をなぞって、ゆっくりと口に含む。
ゆっくりと指先を舐るその姿は妖艶で、とてもじゃないが、少女がしていい表情じゃなかった。
「んふふふ、良いよ。すっごく良い。流石エールティア姫様。わたしの愛しい人……」
……なんだか周囲の温度が上がったような気がした。
『え、あ、えぇぇぇぇぇ!?!?』
実況席から上がる大きな声に、観客席の方に意識を向けると、変に黄色い声が上がっているのが気になってしまった。
肝心のファリスの方は爆弾発言をしたのにも関わらず、陶酔した表情で私に潤んだ瞳を向けていた。
「うふ、ふふ、【人造命剣『フィリンベーニス・ファクティス』】」
私が弾き飛ばした人造命具は、再びファリスの右手に収まる。彼女の不気味さに気圧されず、そのまま追撃を仕掛けていれば……とも思うけれど、その時はすぐに反撃してきただろう。
「……傷の治癒はしなくて良いのかしら?」
ファリスは雪風相手に【リ・バース】を使用していた。身体を万全の状態に戻す魔導。あれさえ使えば、傷なんてあっという間に元通りのはずだ。そう思ったのだけれど――
「なんで?」
心底疑問が湧いてきたとでも言うようにファリスは可愛らしく首をこてんと傾けた。あまりにも純粋な表情に、先程の顔が嘘のように思えて来るほどだった。
「なんでって……傷なんて無い方が良いでしょう?」
「そんなわけないでしょ。だってこれは……あなたがわたしにくれた痛みなんだもの」
……ちょっとその思考回路は理解できない。なんで私が与えた痛みだから治癒しないんだろう? 意味がわからない。
「ね、エールティア姫様。なんで傷って残ると思う? 痛みはずっと続いたり、すぐに収まったり……無くなった部分が幻肢痛で苛まれると思う?」
唐突に聞かれたその質問に、私は言葉に詰まってしまった。彼女が何が言いたいのか全く分からなかったからだ。
「残るのはね、それが『愛』だからなんだよ」
「……どういうこと?」
いきなりぶっ飛んだ答えが飛んできて、思わず目が点になってしまった。
決闘中にも関わらず、気を逸らしてしまったけれど……ファリスはそれを全く気にしていない様子で続けてきた。
「だって、好きって気持ちは深く残ったり消えてなくなったり……傷や痛みと一緒じゃない。傷と共に与える痛み――それこそが『愛してる』って証になるの。頭だけで何も残らないものとか、一瞬で命を断ち切る一撃とか……そんなあっさりなくなっちゃうものじゃない。身体に、心に残るものこそ、愛のある形なの」
戦うことを忘れて力説するファリスだけれど、それを大人しく聞いている私も大概だろう。
……まぁ、ここまで理解不能な事を言われたら、手も止まるというものだけれど。
「……本気で言ってるの?」
「ふふふ、だって……わたしたちは戦いの中でしか理解できなかったじゃない。あの時、あなたに言われた事をそのまま言ってあげるね」
――『何にもないその心を、わたしなら埋めてあげられる。もう、何も探す事はない。あなたが応えてくれるなら、わたしも望む物を差し出してあげる。だから――』
それは、かつて私が彼――転生前のローランに投げかけた言葉だった。それを目の前の少女は両腕を広げて私に呼びかけるように謳い上げる。
……何も知らない他人には全くわからない言葉だろう。意味不明な言葉の羅列にしか聞こえない。だけど――
「貴女は……」
「だから、一緒に行こう? もうあの時のような間違いは犯さない。私の心は、魂は――貴女と共に」
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