326 / 676
326・エールティアの剣戟
しおりを挟む
ファリスの攻撃を待ち構えるように備えると、煙を纏いながら私に突撃を仕掛けてくる彼女が視界に入ってきた。
私が人造命具を構えていた事に驚きはしたけれど、すぐに好戦的な笑みを浮かべて迷わず剣を振り下ろしてきた。
それを迎え撃つように刃を合わせ、ぎりぎりとつばぜり合いをする事になる。
「ふふふ、久しぶりにそれを抜いたね。どう? 使い方、覚えてる?」
「あまり見くびらない方が良いわ」
久しぶりに使うと言っても、この剣は私の一部のようなものだ。戦い方くらい、頭の中にしっかりと残っていいる。
一度、二度と刃を重ね、少し距離を取って斬撃を放つ。互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
「【トキシックスピア】!」
「【シャドーリッパー】!」
刃を合わせている状態で気を逸らせようと魔導で攻撃してみるけれど、やはりファリスも私に合わせて相殺を狙ってきた。
毒の槍と影の刃がぶつかり合って、静かに消えていく。そのまま剣をくるりと回すように上に跳ね上げ、人造命具を弾き飛ばす。
「うふっ、あはっ」
楽しそうに顔を歪めるファリスに向かって鋭い一閃を放つ。左肩を鋭く切り裂いて、更に追撃を仕掛けようとした――のだけれど、ふらふらと後退ったファリスを見て動きを止めてしまった。
不気味な雰囲気を纏っている彼女は、ゆらゆらと動いて、静かに左肩に手を添えていた。
「うふふ、痛い……いたぁぁい……」
以前、雪風がファリスの予想を上回る攻撃を見せた時、彼女は激昂して見たことのない人造命具を解き放った。
もしかしたら今回もそうなるのでは……と思っていたけれど、様子が少しおかしい。
左肩に添えていた右手は血をなぞって、ゆっくりと口に含む。
ゆっくりと指先を舐るその姿は妖艶で、とてもじゃないが、少女がしていい表情じゃなかった。
「んふふふ、良いよ。すっごく良い。流石エールティア姫様。わたしの愛しい人……」
……なんだか周囲の温度が上がったような気がした。
『え、あ、えぇぇぇぇぇ!?!?』
実況席から上がる大きな声に、観客席の方に意識を向けると、変に黄色い声が上がっているのが気になってしまった。
肝心のファリスの方は爆弾発言をしたのにも関わらず、陶酔した表情で私に潤んだ瞳を向けていた。
「うふ、ふふ、【人造命剣『フィリンベーニス・ファクティス』】」
私が弾き飛ばした人造命具は、再びファリスの右手に収まる。彼女の不気味さに気圧されず、そのまま追撃を仕掛けていれば……とも思うけれど、その時はすぐに反撃してきただろう。
「……傷の治癒はしなくて良いのかしら?」
ファリスは雪風相手に【リ・バース】を使用していた。身体を万全の状態に戻す魔導。あれさえ使えば、傷なんてあっという間に元通りのはずだ。そう思ったのだけれど――
「なんで?」
心底疑問が湧いてきたとでも言うようにファリスは可愛らしく首をこてんと傾けた。あまりにも純粋な表情に、先程の顔が嘘のように思えて来るほどだった。
「なんでって……傷なんて無い方が良いでしょう?」
「そんなわけないでしょ。だってこれは……あなたがわたしにくれた痛みなんだもの」
……ちょっとその思考回路は理解できない。なんで私が与えた痛みだから治癒しないんだろう? 意味がわからない。
「ね、エールティア姫様。なんで傷って残ると思う? 痛みはずっと続いたり、すぐに収まったり……無くなった部分が幻肢痛で苛まれると思う?」
唐突に聞かれたその質問に、私は言葉に詰まってしまった。彼女が何が言いたいのか全く分からなかったからだ。
「残るのはね、それが『愛』だからなんだよ」
「……どういうこと?」
いきなりぶっ飛んだ答えが飛んできて、思わず目が点になってしまった。
決闘中にも関わらず、気を逸らしてしまったけれど……ファリスはそれを全く気にしていない様子で続けてきた。
「だって、好きって気持ちは深く残ったり消えてなくなったり……傷や痛みと一緒じゃない。傷と共に与える痛み――それこそが『愛してる』って証になるの。頭だけで何も残らないものとか、一瞬で命を断ち切る一撃とか……そんなあっさりなくなっちゃうものじゃない。身体に、心に残るものこそ、愛のある形なの」
戦うことを忘れて力説するファリスだけれど、それを大人しく聞いている私も大概だろう。
……まぁ、ここまで理解不能な事を言われたら、手も止まるというものだけれど。
「……本気で言ってるの?」
「ふふふ、だって……わたしたちは戦いの中でしか理解できなかったじゃない。あの時、あなたに言われた事をそのまま言ってあげるね」
――『何にもないその心を、わたしなら埋めてあげられる。もう、何も探す事はない。あなたが応えてくれるなら、わたしも望む物を差し出してあげる。だから――』
それは、かつて私が彼――転生前のローランに投げかけた言葉だった。それを目の前の少女は両腕を広げて私に呼びかけるように謳い上げる。
……何も知らない他人には全くわからない言葉だろう。意味不明な言葉の羅列にしか聞こえない。だけど――
「貴女は……」
「だから、一緒に行こう? もうあの時のような間違いは犯さない。私の心は、魂は――貴女と共に」
にんまりと笑うファリスの姿が、妙に転生前に戦ったローランとダブって見えた……。
私が人造命具を構えていた事に驚きはしたけれど、すぐに好戦的な笑みを浮かべて迷わず剣を振り下ろしてきた。
それを迎え撃つように刃を合わせ、ぎりぎりとつばぜり合いをする事になる。
「ふふふ、久しぶりにそれを抜いたね。どう? 使い方、覚えてる?」
「あまり見くびらない方が良いわ」
久しぶりに使うと言っても、この剣は私の一部のようなものだ。戦い方くらい、頭の中にしっかりと残っていいる。
一度、二度と刃を重ね、少し距離を取って斬撃を放つ。互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
「【トキシックスピア】!」
「【シャドーリッパー】!」
刃を合わせている状態で気を逸らせようと魔導で攻撃してみるけれど、やはりファリスも私に合わせて相殺を狙ってきた。
毒の槍と影の刃がぶつかり合って、静かに消えていく。そのまま剣をくるりと回すように上に跳ね上げ、人造命具を弾き飛ばす。
「うふっ、あはっ」
楽しそうに顔を歪めるファリスに向かって鋭い一閃を放つ。左肩を鋭く切り裂いて、更に追撃を仕掛けようとした――のだけれど、ふらふらと後退ったファリスを見て動きを止めてしまった。
不気味な雰囲気を纏っている彼女は、ゆらゆらと動いて、静かに左肩に手を添えていた。
「うふふ、痛い……いたぁぁい……」
以前、雪風がファリスの予想を上回る攻撃を見せた時、彼女は激昂して見たことのない人造命具を解き放った。
もしかしたら今回もそうなるのでは……と思っていたけれど、様子が少しおかしい。
左肩に添えていた右手は血をなぞって、ゆっくりと口に含む。
ゆっくりと指先を舐るその姿は妖艶で、とてもじゃないが、少女がしていい表情じゃなかった。
「んふふふ、良いよ。すっごく良い。流石エールティア姫様。わたしの愛しい人……」
……なんだか周囲の温度が上がったような気がした。
『え、あ、えぇぇぇぇぇ!?!?』
実況席から上がる大きな声に、観客席の方に意識を向けると、変に黄色い声が上がっているのが気になってしまった。
肝心のファリスの方は爆弾発言をしたのにも関わらず、陶酔した表情で私に潤んだ瞳を向けていた。
「うふ、ふふ、【人造命剣『フィリンベーニス・ファクティス』】」
私が弾き飛ばした人造命具は、再びファリスの右手に収まる。彼女の不気味さに気圧されず、そのまま追撃を仕掛けていれば……とも思うけれど、その時はすぐに反撃してきただろう。
「……傷の治癒はしなくて良いのかしら?」
ファリスは雪風相手に【リ・バース】を使用していた。身体を万全の状態に戻す魔導。あれさえ使えば、傷なんてあっという間に元通りのはずだ。そう思ったのだけれど――
「なんで?」
心底疑問が湧いてきたとでも言うようにファリスは可愛らしく首をこてんと傾けた。あまりにも純粋な表情に、先程の顔が嘘のように思えて来るほどだった。
「なんでって……傷なんて無い方が良いでしょう?」
「そんなわけないでしょ。だってこれは……あなたがわたしにくれた痛みなんだもの」
……ちょっとその思考回路は理解できない。なんで私が与えた痛みだから治癒しないんだろう? 意味がわからない。
「ね、エールティア姫様。なんで傷って残ると思う? 痛みはずっと続いたり、すぐに収まったり……無くなった部分が幻肢痛で苛まれると思う?」
唐突に聞かれたその質問に、私は言葉に詰まってしまった。彼女が何が言いたいのか全く分からなかったからだ。
「残るのはね、それが『愛』だからなんだよ」
「……どういうこと?」
いきなりぶっ飛んだ答えが飛んできて、思わず目が点になってしまった。
決闘中にも関わらず、気を逸らしてしまったけれど……ファリスはそれを全く気にしていない様子で続けてきた。
「だって、好きって気持ちは深く残ったり消えてなくなったり……傷や痛みと一緒じゃない。傷と共に与える痛み――それこそが『愛してる』って証になるの。頭だけで何も残らないものとか、一瞬で命を断ち切る一撃とか……そんなあっさりなくなっちゃうものじゃない。身体に、心に残るものこそ、愛のある形なの」
戦うことを忘れて力説するファリスだけれど、それを大人しく聞いている私も大概だろう。
……まぁ、ここまで理解不能な事を言われたら、手も止まるというものだけれど。
「……本気で言ってるの?」
「ふふふ、だって……わたしたちは戦いの中でしか理解できなかったじゃない。あの時、あなたに言われた事をそのまま言ってあげるね」
――『何にもないその心を、わたしなら埋めてあげられる。もう、何も探す事はない。あなたが応えてくれるなら、わたしも望む物を差し出してあげる。だから――』
それは、かつて私が彼――転生前のローランに投げかけた言葉だった。それを目の前の少女は両腕を広げて私に呼びかけるように謳い上げる。
……何も知らない他人には全くわからない言葉だろう。意味不明な言葉の羅列にしか聞こえない。だけど――
「貴女は……」
「だから、一緒に行こう? もうあの時のような間違いは犯さない。私の心は、魂は――貴女と共に」
にんまりと笑うファリスの姿が、妙に転生前に戦ったローランとダブって見えた……。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる