上 下
308 / 676

308・準決勝前のお姫様

しおりを挟む
 長かった魔王祭も既に準決勝と決勝戦を残すだけとなってしまった。もし、ファリスが雪雨ゆきさめとの戦いに勝利したら……私と彼女が戦う事になるのだろうか。
 それとも――

「不味いわね」

 ぼんやりとした表情呟いた私は、今の自分の心境の複雑さにため息が隠せなくなってきた。
 その日が近づいてくるにつれ、余計にこんな感情が湧いてくるというのは、ローランとファリスに浅からぬ因縁を感じている証拠だろう。

 色々と頭の中で考えて……それがぐるぐると回ってくるような感じがする。

「エールティア様、少し気分転換をされてはどうですか?」

 雪風からそんな提案をされたんだけれど……腕を組んで考え込む。確かに、今の複雑な気持ちをすっきりさせてくれるかもしれない良い提案だ。普段と違う景色を眺めるだけでも、気持ちというのは落ち着くものだしね。

「……そうね。外の風に当たるのも悪くないわね」
「偶には一人で歩くのも、また違った風情がありますよ」

 涼し気な笑顔を向けてくれるけれど……雪風がついてこなかったとしても、遠くから護衛が見張っているだろうからあまり変わらない気がするけれども……要は気分の問題だろう。
 向こうから話しかけてくるわけでもないし、少しは紛れるかもしれない。

「……そうね。それじゃ、留守番任せても大丈夫?」
「はい。お任せください」

 胸を張って頷いた雪風の姿が少し頼りになるような気がした。
 この子も言っている事だし、ね。

 ――

 雪風に促されて外に出た私は、なるべく寒くないように厚手のコートに身を包んだ私に冷たい風が吹いてくる。
 ティア―スとは違う冷たい風。それが私の頬を撫でる。いつもと違う場所に空気だけれど、人々の賑わいはあまり変わらない。
 いや、むしろ度数の強い酒で身体を温めてる人達が多いせいか、時たま顔を赤くしている人がいたりする。

 屋台も酒とおつまみといった感じのラインナップが多くて、そこがまたティリアースとは違う。

 走る子供も防寒具だし、公園の方に足を向けると、雪だるまやかまくらを作って遊んでいる子達もいる。
 雪遊びなんてしたことがないから、私も一度はやってみたい気がするんだけれど……流石にそんな歳じゃないことくらいは自覚している。

 そんなところを知り合いにでも見つかれば、恥ずかしい事間違いないだろう。特に雪雨ゆきさめやオルキアには見せられない。
 眺めるだけでも十分に楽しいからいい――

「……あそこにいるのは、ローラン?」

 公園のベンチに座って暖かそうな飲み物を口にしながら、雪遊びに興じている子供達を優し気な瞳で見つめているようだった。
 彼とは去年の魔王祭の時に多少話しただけだったから、あんな風に微笑みを浮かべるなんてすごく珍しい光景に思えた。

 なんだかこっちまで微笑ましい気持ちになって眺めていると……こちらの視線に気づいたローランが私に向かって手を振ってきた。

「お久しぶりですね。エールティア姫様」
「ええ。覚えていてくれたのね」
「貴女様ほど存在感があれば、忘れろなんて言う方が無理ですよ」

 楽しそうに笑っている彼を見ると、不思議と心が安らぐ。本当に、妙な話なんだけどね。

「隣、いい?」
「勿論ですよ」

 ローランは私が座りやすいようにベンチの隣を譲ってくれた。あまりにも自然にしてくれるのだから驚いた。

「寒くないですか?」
「……大丈夫よ。ありがとう」

 腰を下ろした私に真っ先に聞いてくる。そういえば昔……使用人達が男の好みの話をしていたっけ。彼女達の理想の男性というのは、ローランみたいなのかも知れない。

 そう思うと、変に意識してしまい、上手く顔を合わせる事が出来なくなってしまった。

「…….? どうかしましたか?」
「いいえ。それより、こんなところで何をしていたの?」

 あまり変な事を考えないように、話題を振ると……ローランは楽しそうに子供達の方に視線を向けていた。

「ああいう姿を見ると、癒されるんですよ。俺――私は」
「『俺』でいいわ。ため口は駄目だけど」
「……ははっ、ありがとうございます」

 本当はため口でも全然良いんだけど、流石に他の人に見られたら体裁が悪い。一応形だけでも敬語にしておいてくれないとね。

 その後、私達はほとんど喋ることもなく、ただ子供達がはしゃぐ姿を眺めて時間を潰していた。
 特に行きたいところもなかったし、ローランの事が気になっていたのだ。

「……お姫様にはこういうのは退屈じゃないですか?」

 先に口を開いたのはローランだった。
 こちらの方を見ずに、視線は公園ではしゃいでいる子達に向けられたままだ。

「私、子供の頃は港町の子達と遊んだり、冒険に行ったり……お貴族様の子供とは違う人生を歩んできたから」
「それは……」
「意外?」
「ええ」

 まあ、普通の貴族はそんな事させないだろう。どちらかと言うとお茶会だとか、決闘のお稽古だとか……後は勉強と礼儀作法くらいだろう。
 そんなイメージから考えたら、幼少期の私は、それとかけ離れた生活を送ってきた事になる。

 ローランが意外そうな表情をするのも無理もない話だろう。
 ……なんだか、こういうのって良い。決闘ばかりだったし、偶にはこんか穏やかな気持ちで過ごすのは悪くないだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

処理中です...