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295・焦燥のスライム

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 ファリスの放った魔導で会場が綺麗にクレーター化してしまった。一応魔王祭は続行するみたいだけれど……わたしはその後の試合を雪風に託して、ジュールの元に向かった。
 どうせ今日は私の試合は無いのだし、何も気にする事はない。

 他のどんな試合よりも、ジュールの事が心配だったのだ。
 慌てて医療室に行くと、そこにはベッドに横たわっている彼女の姿があった。
 幸い怪我などは結界のお陰でなかったけれど、服と心はぼろぼろにされてしまっていた。

 疲れ果てて眠っているその姿から、ジュールがどんな苦しみを受けたかよくわかる。

「……ジュール」

 本当は黙っていた方が良かっただろう。何も言わずに立ち去るか、そのまま見ていれば起こす事はなかった。
 でも、彼女のあまりにも無残な姿に声を掛けないなんて出来るはずもなくて……結局、私は彼女を起こしてしまった。

「……エール、ティア……様」
「……大丈夫?」

 なんとか私の名前を呼んだジュールに対して、なんて意味のない言葉なんだろうか。
 大丈夫な訳がない。もう少し頭を捻って、何か言えれば良かったのに……。

「わた、しは……大丈夫、です。それより――」

 顔を背ける事なく私の目を見つめていたジュールの瞳は、悲しみと涙を湛えていた。

「お役に、たてず……もうしわけ、ありません……」
「そんな事、今はどうでもいいから休んでいなさい。少しでも楽になれるように魔導を――」

 少しでも心が軽くなれるように【リラクション】を掛けようとしたのだけれど、ジュールはそれを力なく首を横に振る事で拒絶した。

「いい、んです。私より、今は……貴女、様の為に。……だから、かっ……て……」

 それだけの言葉を口にして、ジュールは再び眠るように気を失ってしまった。
 自分があれだけボロボロにされてもなお、私の事を気にするなんてね。

「……【リラクション】」

 ジュールには止めてとお願いされたけど、私は彼女が気を失っている事をいい事に癒しの魔導を発動させた。
 たかだかこの程度の魔力を消費したところで、何の影響もない。それに、この子の傷を癒す事こそ、私の為になるのだ。文句は言わせない。

「今はただ、静かにお眠りなさい。その時には……」

 最後の言葉を口に出そうとしてやめる。それは別に言葉にする必要はなかったからだ。
 決闘でこれだけの痛手を負うのも仕方ない。誰も傷つかないで勝敗を決める喧嘩なんてないのだから。

 だけど……臣下の仇すら取れなくて、ぬくぬくと女王の椅子に座っていられるほど、私は甘い性格ではなかった。
 それに、ファリスには色々と聞きたいことがある。初めてのキスの事もそうだけど……なんであの魔導を――【エンヴェル・スタルニス】を使えたか? ということだ。
 魔導と言うものは特殊な物で、自分のイメージと魔力を混ぜて、浮かんだ言葉を口にすると発動する物だ。

 同じ魔導名でも違う効果なんてのは当たり前だし、そもそも他の誰も使っていないなんて普通にあり得る話だ。そしてファリスの使ったあの魔導。私はあれとほとんど同じ魔導を見たことがある。
 そういう偶然は滅多にない。だけど……万が一、そう言う事が起こるかもしれない。

 断定はできない。だからこそ、私は確かめないといけない。あの子が……本当はどういう人物なのか。

 ――

 しばらくの間ジュールの看病をした後、雪風の待っている控え室に戻った。少し心配そうにしている雪風に「大丈夫だ」と説明してあげると、安堵するように息を吐きだしていた。

「それで、決闘はどうなったの?」
「はい。大体予想通りの結果になりました。それと、次の決闘は三日後とのことです」

 今日は一応そのまま続けたけれど、やっぱりあのまま次の日もするなんてことはなかったみたいだ。

「エールティア様。一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。どうしたの?」

 雪風がそんなことを聞いてくるのはあまりなかったから、つい言葉に詰まるように返してしまった。

「先程の――ファリスとジュールの決闘の最中に呟かれた言葉。エールティア様は、あの魔導の事を知っておられるのですか?」

 やっぱり、聞かれていたみたいだ。それもそうか。彼女は常に周囲に気を巡らせているし、私のすぐそばにいた。迂闊な発言を聞かれてもおかしくはない。さて……どう誤魔化したものか。素直に言っても変人のようにしか見えないだろうし、やっぱりここは――

「……前に見たことがあるからよ。ただ、それを使ったのはあの子じゃなかったから、あくまで『似ている魔導』だけどね」

 本当の事を喋りつつ、ぼかした表現を使う。真実ではあるけれど、全てを話しているわけではない。雪風には悪いが、触れて欲しくない事もある……と納得してもらう事にした。

「……そう、ですか。いきなり申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる彼女に、少しだけ胸が痛む。嘘を言ってる訳じゃないんだけれど、本当の事を隠している。それが、心苦しかった。

「別にいいわ。さ、そろそろ帰りましょう」
「はい」

 雪風はそれ以上何も言わずに私に従ってくれた。それが……嬉しかった。
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