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281・人混みを進んで

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 オルキアが泊まっている宿と同じ場所を抑えることが出来た私達は、そのまま魔王祭本選が始まるまで、思うがままに過ごしていた。

 雪風はドワーフ族が鍛えた刀に興味を持っていたし、私も多少一人でいるくらい構わなかったからね。
 どうせ一日だけだし、観光なんて後からすれば良い。

 実際、心を休める時間も欲しかったから、丁度良いと言えるだろう。
 公式の魔王祭選手名鑑を購入して、部屋で大人しく読んでいると――幾つか気になる名前が見つかった。
 ジュールや雪雨ゆきさめがいるのは当たり前だし、レイアとアルフも載っていた。
 カイゼルの名前を見た時は……あまり思い出せなかったけれど、説明文の銃使いの一文で、どんな人だったか思い出した。

 そして……やっぱりいたのはファリス。あだ名で『一撃殺の女王』と名付けられているようで、たった一撃で対戦者を倒して来たことで有名になっていた。

「……やっぱり、上がってきたのね」

 思い出すのは、彼女とキスをしたあの日。屈辱だったけど……何故か嫌じゃなかった記憶が頭の中で再生されて……余計に心がもやもやしてしまう。
 そしてもう一人。私の心を掻き乱す人物がいる。

 ――ローラン。かつて激しい死闘を繰り広げた勇者と同じ名前を持つ彼。
 まさか彼が出場するとは思ってなかったけれど、きっとこれも運命なのかもしれない。
 ……なんてね。そんなロマンティックな思考して――いたっけ。あんな死闘を繰り広げた挙句、告白まがいの事をしたんだしね。結局振られた挙句、私が狂ったように怒って倒されたんだっけ。

 懐かしい記憶だ。あんな事になったけど、私にとっては大切な思い出には違いなかった。

「……今度は、この世界で戦う事になるのかしらね。貴方と……」

 複雑な気持ちになる。彼が本当に『あの』ローランなのか確証は持てない。名前と姿が似ている別人なのかもしれない。それに――ファリスの方も気になる事を言ってたしね。

 何はともあれ、彼らとはまた会う事になる。その時にじっくり話を聞けばいい。どう転んでも、戦う運命にあるようだからね。

 ――

 一日が過ぎた後、私は雪風と共に魔王祭本選が行われる闘技場に足を踏み入れていた。

「すごい人だかりですね」
「本選だからね。これくらい当然でしょう」

 去年の本選よりも多いそこは、ぎゅうぎゅうと言えるほどに人がいた。
 こんな寒いのに露店が平気で開かれていて、商魂たくましい人達ばかりだ。
 良い香りがそこかしこから漂ってきて、ここにいるだけでお腹が空いてくる気がする。

「エールティア様。あちらの方に選手と関係者用の通路がありますよ」

 雪風の示す方向を見ると、確かにあそこにでかでかと書かれていて、そこの周辺はがらがらに空いていた。
 引き寄せられるようにそちらの方に行くと、受付をやっている男の人が私を品定めするような視線を浮かべていた。

「……エールティア選手と――」
「付き人の雪風です」
「それはどうも。まず、本人であるか確かめてもよろしいですか?」

 その職員の言葉に、雪風の目が据わったのがわかった。

「まさか、エールティア様を疑うのですか?」

 いきなり敵意を向けられた受付は怯えた様子だったけれど……それでも引かなかった彼からは、仕事に対する信念が伺えるようだった。

「悪魔族が【偽物変化フェイクチェンジ】をしている可能性も十分に考慮して、です。どんな選手であれ、毎年必ず行っている事ですので……」
「わかったわ。それで、どうすればいいの?」

 一歩後ろに下がっても、言いたいことをはっきりと言った彼に、これ以上雪風とやり取りさせるのは可哀想だろう。

「はい。このペンを使っていただいて、サインをお願いします。その後、【魔筆跡ルーペ】で魔力の波を確認させていただきます」

 手渡せれたペンでさらさらと名前を書いて、職員に渡す。それを【魔筆跡ルーペ】でじっくりと観察した受付職員は、しばらくすると笑顔で道を空けてくれた。
 あらゆる国から選手の魔力波がわかる資料を探してきたのだろう。そうじゃないと、こんなに早く確認が終わる訳がない。

「大変失礼いたしました。エールティア選手本人と確認出来ましたので、どうぞお通りください」

 職員の男性が冷や汗を流している中、私が進んで協力したことに雪風の気持ちが落ち着いたのか、いつも通りの調子に戻っていた。
 あんな敵意剥き出しで見られたら、誰だってああなるだろう。強く生きて欲しい……そんな風に願いながら、雪風と一緒に選手と関係者用の通路を通っていった。

「流石最先端を謳っているだけあって、建物自体が近代的ですね」

 闘技場の中に入って抱いた感想を、全くそのまま言ってくれた雪風。コンクリートを使っていて、魔導具が何かで補強されているのだろう。
 外とは明らかに気温が違う。寒くなく、若干暖かい。外で着ていたようなもこもこのコートが無くても全然平気なくらいだ。

 これなら選手の全員が、万全の状態で戦うことが出来るだろう。雪国ならではの配慮があって、それだけでもここの技術力の高さが窺い知れた。

 通路を進み、控え室に入ると……そこはやっぱり私と雪風専用となっていた。飲み物も用意されていて、お菓子や呼び鈴みたいな物まで置いてある。
 これがどの控え室にも……って考えると、よくやるなぁ、と感心するくらいには整っていた。
 まだ最初の試合が始まるまで時間があるだろうし、せっかくだから、少しここで心を落ち着かせておこうかな。
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