上 下
277 / 676

277・困った襲来者

しおりを挟む
「いやー、エールティアちゃん、すごくつよかったね! びゅびゅびゅ! って音がしたかと思うと、ひゅんひゅん! て避けて――」

 魔王祭予選が終わって数日。別荘を訪れていたニュンターが身振り手振りであの時の決闘を熱く語ってくれていた。どうやらあの戦いが気に入ったようで、来るたびにこの話で盛り上がっていた。
 それ自体がかなり微笑ましくて、私の方もうんうんと頷きながら聞いていた。

 魔王祭本選が始まるまでの穏やかな時間。心を落ち着かせる大切なひと時というものは、唐突に崩れるものだ。そう、それはちょうど……扉を叩いて来訪者を告げた女性の使用人の不安そうな顔と一緒に。

「……どうしたの?」
「はい。ええっと……エールティア殿下にどうしてもお目通りをと仰られるお方がいらっしゃっておりまして……雪風様が対応されているのですが……」

 どうにも歯切れの悪い話し方で目を左右に泳がせている。どういう風に説明したらいいのか、頭の中で考えが纏まってないのだろう。という事は、それだけの大物――地位の高い者がやってきたということだ。
 ……それだけで大体どんな人物がやってきたのかはわかる。だけど、確証がない状態で物事を進めるのはあまりよろしくない。特に、重要な案件になるかもしれない事なら尚更だ。

「落ち着きなさい」

 慌てていた使用人を宥めるように、なるべく優し気な表情を作って接する事にした。
 いつもなら色々と賑やかなニュンターも、今ばかりは気を遣っているのか、じーっと

「ほら、深呼吸して」
「……すー……はー……すー、はー」
「少しでも落ち着いたなら、ゆっくり話しなさい」
「……はい。クァータ外交官がエールティア殿下にお目通りを願いたい……と」

 やっぱり……というか、予想していた通りで気が抜けてしまう。
 大方、あまりにもニュンターが入り浸っているから、強硬な手段に訴えたのだろう。本人が直接乗り込んでくれば、私の方も無下にすることは出来ない。

「あたしがいるのにー」

 クァータの存在に反応して、ぶすくれた表情を浮かべたニュンターだけど、こればっかりはどうにもならない。外交官とは、いわば国の顔の一つだ。これを適当な扱いをして追い出したとなれば、間違いなくディエダムの顔を汚したとして揉め事に発展する事になる。
 なりたいとは言ってないのだけれど、王太子として次期女王の地位を確立しつつある今、彼を無視するのはよろしくない。

「……仕方ないわね。今はニュンター女王陛下もいらしています。陛下とのお話が終わってから改めてお話をしましょう、と伝えておいてくれる?」
「その……よろしいのですか?」

 彼女は不安そうな声を上げるけれど、私はそれに力強く頷き返した。
 ここで外交官側を優先するということは、ニュンター側――フェリシューアに泥を塗る事に繋がりかねない。

「国の君主と国の使い――どっちの位が高いかわからない人ではないでしょう」

 ティリアースはディエダムとも、フェリシューアとも対等に付き合う。ルティエル女王陛下はサウエス地方の国々を大切にしているが、決して安易に優遇はしていない。
 その意思表示を私もしっかりとしなければならない。だからこそ、クァータ外交官は後回しにする。

「かしこまりました」

 頭を下げて部屋を後にする使用人の女性を見送って……思わずため息を漏らしてしまう。本来なら、女王陛下がいらっしゃるこの場に来る事自体が間違いなのだが……流石にニュンターにも多少の非はあるからなんとも言えない。

 毎日のように私の館に顔を見せにきているものだから、クァータ側も何も行動を起こせない。それが溜まった結果だろう。

「……いくの?」
「行かないと、いつまで経ってもいるでしょうね。それに……この事を周辺の国に広められては、厄介な事になる」
「でもそれは、向こうが私がいるのに――!」

 少しずつ声のトーンが大きくなっていくニュンターの唇に人差し指を当てて、優しく塞ぐ。
 それだけでニュンターは意図を汲んでくれたのか、不満げな表情のままだけど静かにしてくれた。

「それでも、ディエダム側から不当な扱いを受けたと抗議が上がれば、私や……最悪、貴女の方にも責が行くことになるかもしれない」
「そんなこと――」
「いえ、クァータ外交官の説明の仕方次第で十分に可能でしょう。フェリシューアはディエダムとティリアースの関係が深まるのを恐れて、毎日のように来訪し、外交官を近寄らせなかった――そう言われてしまえば、全ては終わりです」

 それでも納得出来ないと言いたげなニュンターにアリェンは相変わらずの表情で当然そうなる、と言うかのように語っていた。

「んもう! わかった! わかったよ!」

 ニュンターは微妙に不満が残る顔をしているけれど、何を言っても無駄だと言う事は理解してくれたみたいだ。
 ぶつぶつと小声で文句は言ってるけれど、シュニアに慰めてもらっていた。
 ……とりあえず、ニュンターからも許可をもらった事だし、クァータ外交官と会ってみる事にしよう。

 こんな困ったことをしてくれた男と会うのは嫌だけど……仕方がないだろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

処理中です...