260 / 676
260・いなくなった夫人
しおりを挟む
アルティーナとの決闘を終えてから数日が経過したけれど、エスリーア公爵夫人――イシェルタ伯母様が見つかる事はなかった。
私達がもう少し早く行ければ……そう思うけれど、三日くらい前に出て行ったと言われればどうしようもない。
今はお父様の力も借りて、捜索している最中だけれど……見つかるかどうかはわからない。お父様はそれよりもウィンギア伯父様の事を気にされているみたいだった。当然だろう。実の兄弟なんだもの。心配しない方がおかしい。
指名手配されているイシェルタ伯母――イシェルタは、お父様にとってはウィンギア伯父様が傷心の時に付け入った野良猫程度の存在なのだから、当然なのかもしれない。
それでも、イシェルタに少なくない兵士を割いているのだから、流石だと言えるだろう。
アルティーナは、とりあえず館に一緒に暮らすことになった。重要参考人という事もあるけれど、それ以上に彼女には今、居場所がない。決闘に負けて、時期に公爵令嬢としての地位が剥奪されることになったからか、手のひらを反すように他の貴族達は引き取る事を拒否したのだ。
誰からも見捨てられ、父親も……育ての母親もいなくなった彼女の為に、少しでも心を癒す場所を提供出来ればと、お父様が申し出たからだ。
いきなり両親を失った形になったアルティーナは、なかば呆然としながらも、それを拒絶しようとしたけれど……お母様が――
「本当に嫌になったらいつでも出て行って構いません。ですが、今は行く当てもないのでしょう? ほんの少しの間でもいいですから、ここにいてちょうだい。ね?」
なんて言って、優しく抱きしめると……今まで溜まってきたものが爆発したのか、アルティーナは大声を上げて泣いた。幼い時からずっと付き合ってきたけれど、あんな姿は見たことがない。それだけ、心に深い傷を残したのだろう。
そんな彼女の唯一の救いは、最後に残った肉親――血を分けた妹の所在がはっきりとしていることだろう。
――ミシェナ・エスリーア。彼女はまだ幼いからか、イシェルタも手を出さなかったのだろう。今はエスリーア公爵が所有している別荘の一つで暮らしているのだとか。アルティーナは病気で弱っているから療養していると思っていたみたいだけれど……今にして思えばどこまで本当かどうかはわからない。
案外、イシェルタの魔導でそう思わされていただけなのかもね。
彼女の方は今、兵士を向かわせているから問題はないだろう。
今一番の問題は――
「アルティーナ様、今日も部屋から出てきませんね」
「……そうね」
相変わらず受けた傷が癒えないままだった。時間が解決してくれるだろうけど……そんな暇が彼女に与えられるかと言えば……そんなことはなかった。
後継者として決闘を行って敗北したことは、必ず女王に伝わる。お父様が言うには、その後は私が正式に皇太子として認められる書状が届くらしいし、アルティーナはイシェルタやウィンギア伯父様の事で尋問を受ける事になるだろう。
その時には彼女にとってはきつい事を言われるかもしれない。長い事敵対してきたけれど、私だって別に憎いからあんな態度を取ってた訳じゃない。本当なら、少しくらい優しく接してあげたいのだけれど、今までの事から考えたら、逆に嫌味になってしまう。
「エールティア。どうしたの?」
アルティーナの部屋の前で右往左往している間に、お母様がメイドを連れていた。メイドが持ってるトレイの上には、深紅茶とラポルのジャムに砂糖が入った容器。クッキーと……ちっちゃくて綺麗な青紫色の果実――ブルべリで作られたジャムが乗っていた。お母様は酸味が強いものより甘いものの方が好きだから、ジャムも自然と砂糖少なめになっている。
「お母様、どうされたのですか?」
如何にもお茶会と言った様子のお母様は、柔らかい笑顔を浮かべている。いつもだったら庭の方でお茶会をしてるはずなんだけど……珍しい。
「せっかくだから、アルティーナちゃんとお茶をしようと思って、ね」
「……あの子は大丈夫なのでしょうか?」
一瞬きょとんとした表情を浮かべていたお母様だけど、すぐに微笑ましいものを見るような顔になっていた。それがちょっとくすぐったくて……思わず顔を逸らしてしまった。
「ふふ、優しいのね。大丈夫。今はちょっとショックが大きいけれど……あの子も聖黒族の――初代魔王様の血を引いてる事を誇りにしているから。きっと強く立ち上がれますよ」
お母様は優しく頭を撫でてくれて……そのままアルティーナの部屋の前にたった。
「エールティアも一緒にどうですか?」
「わ、私は……遠慮しておきます」
行っても傷口を弄るような行為になりそうだから、私は断って、そのまま庭園の方に出る事にした。ちらっとお母様の様子を伺うと、少し残念そうにされていた。
ちょっと罪悪感に襲われるけれど、下手に触れて怒られるよりはよっぽど良い。
アルティーナはお母様が何とかしてくれるみたいだから、今は放っておくのが一番なのかもしれない。
私達がもう少し早く行ければ……そう思うけれど、三日くらい前に出て行ったと言われればどうしようもない。
今はお父様の力も借りて、捜索している最中だけれど……見つかるかどうかはわからない。お父様はそれよりもウィンギア伯父様の事を気にされているみたいだった。当然だろう。実の兄弟なんだもの。心配しない方がおかしい。
指名手配されているイシェルタ伯母――イシェルタは、お父様にとってはウィンギア伯父様が傷心の時に付け入った野良猫程度の存在なのだから、当然なのかもしれない。
それでも、イシェルタに少なくない兵士を割いているのだから、流石だと言えるだろう。
アルティーナは、とりあえず館に一緒に暮らすことになった。重要参考人という事もあるけれど、それ以上に彼女には今、居場所がない。決闘に負けて、時期に公爵令嬢としての地位が剥奪されることになったからか、手のひらを反すように他の貴族達は引き取る事を拒否したのだ。
誰からも見捨てられ、父親も……育ての母親もいなくなった彼女の為に、少しでも心を癒す場所を提供出来ればと、お父様が申し出たからだ。
いきなり両親を失った形になったアルティーナは、なかば呆然としながらも、それを拒絶しようとしたけれど……お母様が――
「本当に嫌になったらいつでも出て行って構いません。ですが、今は行く当てもないのでしょう? ほんの少しの間でもいいですから、ここにいてちょうだい。ね?」
なんて言って、優しく抱きしめると……今まで溜まってきたものが爆発したのか、アルティーナは大声を上げて泣いた。幼い時からずっと付き合ってきたけれど、あんな姿は見たことがない。それだけ、心に深い傷を残したのだろう。
そんな彼女の唯一の救いは、最後に残った肉親――血を分けた妹の所在がはっきりとしていることだろう。
――ミシェナ・エスリーア。彼女はまだ幼いからか、イシェルタも手を出さなかったのだろう。今はエスリーア公爵が所有している別荘の一つで暮らしているのだとか。アルティーナは病気で弱っているから療養していると思っていたみたいだけれど……今にして思えばどこまで本当かどうかはわからない。
案外、イシェルタの魔導でそう思わされていただけなのかもね。
彼女の方は今、兵士を向かわせているから問題はないだろう。
今一番の問題は――
「アルティーナ様、今日も部屋から出てきませんね」
「……そうね」
相変わらず受けた傷が癒えないままだった。時間が解決してくれるだろうけど……そんな暇が彼女に与えられるかと言えば……そんなことはなかった。
後継者として決闘を行って敗北したことは、必ず女王に伝わる。お父様が言うには、その後は私が正式に皇太子として認められる書状が届くらしいし、アルティーナはイシェルタやウィンギア伯父様の事で尋問を受ける事になるだろう。
その時には彼女にとってはきつい事を言われるかもしれない。長い事敵対してきたけれど、私だって別に憎いからあんな態度を取ってた訳じゃない。本当なら、少しくらい優しく接してあげたいのだけれど、今までの事から考えたら、逆に嫌味になってしまう。
「エールティア。どうしたの?」
アルティーナの部屋の前で右往左往している間に、お母様がメイドを連れていた。メイドが持ってるトレイの上には、深紅茶とラポルのジャムに砂糖が入った容器。クッキーと……ちっちゃくて綺麗な青紫色の果実――ブルべリで作られたジャムが乗っていた。お母様は酸味が強いものより甘いものの方が好きだから、ジャムも自然と砂糖少なめになっている。
「お母様、どうされたのですか?」
如何にもお茶会と言った様子のお母様は、柔らかい笑顔を浮かべている。いつもだったら庭の方でお茶会をしてるはずなんだけど……珍しい。
「せっかくだから、アルティーナちゃんとお茶をしようと思って、ね」
「……あの子は大丈夫なのでしょうか?」
一瞬きょとんとした表情を浮かべていたお母様だけど、すぐに微笑ましいものを見るような顔になっていた。それがちょっとくすぐったくて……思わず顔を逸らしてしまった。
「ふふ、優しいのね。大丈夫。今はちょっとショックが大きいけれど……あの子も聖黒族の――初代魔王様の血を引いてる事を誇りにしているから。きっと強く立ち上がれますよ」
お母様は優しく頭を撫でてくれて……そのままアルティーナの部屋の前にたった。
「エールティアも一緒にどうですか?」
「わ、私は……遠慮しておきます」
行っても傷口を弄るような行為になりそうだから、私は断って、そのまま庭園の方に出る事にした。ちらっとお母様の様子を伺うと、少し残念そうにされていた。
ちょっと罪悪感に襲われるけれど、下手に触れて怒られるよりはよっぽど良い。
アルティーナはお母様が何とかしてくれるみたいだから、今は放っておくのが一番なのかもしれない。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる