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260・いなくなった夫人

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 アルティーナとの決闘を終えてから数日が経過したけれど、エスリーア公爵夫人――イシェルタ伯母様が見つかる事はなかった。
 私達がもう少し早く行ければ……そう思うけれど、三日くらい前に出て行ったと言われればどうしようもない。
 今はお父様の力も借りて、捜索している最中だけれど……見つかるかどうかはわからない。お父様はそれよりもウィンギア伯父様の事を気にされているみたいだった。当然だろう。実の兄弟なんだもの。心配しない方がおかしい。
 指名手配されているイシェルタ伯母――イシェルタは、お父様にとってはウィンギア伯父様が傷心の時に付け入った野良猫程度の存在なのだから、当然なのかもしれない。

 それでも、イシェルタに少なくない兵士を割いているのだから、流石だと言えるだろう。

 アルティーナは、とりあえず館に一緒に暮らすことになった。重要参考人という事もあるけれど、それ以上に彼女には今、居場所がない。決闘に負けて、時期に公爵令嬢としての地位が剥奪されることになったからか、手のひらを反すように他の貴族達は引き取る事を拒否したのだ。

 誰からも見捨てられ、父親も……育ての母親もいなくなった彼女の為に、少しでも心を癒す場所を提供出来ればと、お父様が申し出たからだ。
 いきなり両親を失った形になったアルティーナは、なかば呆然としながらも、それを拒絶しようとしたけれど……お母様が――

「本当に嫌になったらいつでも出て行って構いません。ですが、今は行く当てもないのでしょう? ほんの少しの間でもいいですから、ここにいてちょうだい。ね?」

 なんて言って、優しく抱きしめると……今まで溜まってきたものが爆発したのか、アルティーナは大声を上げて泣いた。幼い時からずっと付き合ってきたけれど、あんな姿は見たことがない。それだけ、心に深い傷を残したのだろう。
 そんな彼女の唯一の救いは、最後に残った肉親――血を分けた妹の所在がはっきりとしていることだろう。

 ――ミシェナ・エスリーア。彼女はまだ幼いからか、イシェルタも手を出さなかったのだろう。今はエスリーア公爵が所有している別荘の一つで暮らしているのだとか。アルティーナは病気で弱っているから療養していると思っていたみたいだけれど……今にして思えばどこまで本当かどうかはわからない。
 案外、イシェルタの魔導でそう思わされていただけなのかもね。

 彼女の方は今、兵士を向かわせているから問題はないだろう。
 今一番の問題は――

「アルティーナ様、今日も部屋から出てきませんね」
「……そうね」

 相変わらず受けた傷が癒えないままだった。時間が解決してくれるだろうけど……そんな暇が彼女に与えられるかと言えば……そんなことはなかった。
 後継者として決闘を行って敗北したことは、必ず女王に伝わる。お父様が言うには、その後は私が正式に皇太子として認められる書状が届くらしいし、アルティーナはイシェルタやウィンギア伯父様の事で尋問を受ける事になるだろう。

 その時には彼女にとってはきつい事を言われるかもしれない。長い事敵対してきたけれど、私だって別に憎いからあんな態度を取ってた訳じゃない。本当なら、少しくらい優しく接してあげたいのだけれど、今までの事から考えたら、逆に嫌味になってしまう。

「エールティア。どうしたの?」

 アルティーナの部屋の前で右往左往している間に、お母様がメイドを連れていた。メイドが持ってるトレイの上には、深紅茶とラポルのジャムに砂糖が入った容器。クッキーと……ちっちゃくて綺麗な青紫色の果実――ブルべリで作られたジャムが乗っていた。お母様は酸味が強いものより甘いものの方が好きだから、ジャムも自然と砂糖少なめになっている。

「お母様、どうされたのですか?」

 如何にもお茶会と言った様子のお母様は、柔らかい笑顔を浮かべている。いつもだったら庭の方でお茶会をしてるはずなんだけど……珍しい。

「せっかくだから、アルティーナちゃんとお茶をしようと思って、ね」
「……あの子は大丈夫なのでしょうか?」

 一瞬きょとんとした表情を浮かべていたお母様だけど、すぐに微笑ましいものを見るような顔になっていた。それがちょっとくすぐったくて……思わず顔を逸らしてしまった。

「ふふ、優しいのね。大丈夫。今はちょっとショックが大きいけれど……あの子も聖黒族の――初代魔王様の血を引いてる事を誇りにしているから。きっと強く立ち上がれますよ」

 お母様は優しく頭を撫でてくれて……そのままアルティーナの部屋の前にたった。

「エールティアも一緒にどうですか?」
「わ、私は……遠慮しておきます」

 行っても傷口を弄るような行為になりそうだから、私は断って、そのまま庭園の方に出る事にした。ちらっとお母様の様子を伺うと、少し残念そうにされていた。

 ちょっと罪悪感に襲われるけれど、下手に触れて怒られるよりはよっぽど良い。
 アルティーナはお母様が何とかしてくれるみたいだから、今は放っておくのが一番なのかもしれない。
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