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272・退屈な日々(ファリスside)
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ファオラの上旬。エルフ族の国・ルエルドで行われていた魔王祭予選。何日もかけてじっくりと行うこの大会は、国や商人にとって、それは絶好の金儲けのチャンスだ。様々な売店が展開しており、活気を溢れさせていた。
ソースの焦げた匂いや、クレープなどの甘い匂い。様々な食べ物の香りが壮絶な戦いを繰り広げられている中。そこでは早々に優勝を決め、本選出場を獲得した少女――ファリスが退屈そうにしていた。
「はぁ……はやくあの子に会いたいなぁ……」
人の行き交う広場を、ぼんやりとベンチに座って眺めている彼女は、大分暇を持て余していた。
予選で戦った選手の悉くを瞬殺で終わらせ、大会日程を大幅に短縮させたおかげで、こうして売店巡りをしていたのだが……ファリスの心の中には、埋められない穴が開いているかのように寒風が吹いていた。
「……こんなところにいたのか。探したぞ」
少し息を整えている男――ローランの言葉にちらりと視線を向けたファリスは、興味がないかのように視線を道に向ける。その様子に彼は軽くため息を吐いて、隣に座った。それに反応するようにファリスの視線が再び動いたが、明らかに嫌そうな雰囲気と表情をしているようだった。
「何の用?」
「そう邪険に扱わなくても良いだろう? 俺はお前の護衛を任されてるんだからさ」
気さくな感じで話しかけようとしているローランに対して、そっけない態度のファリス。美男美少女といったこの構成で不機嫌さをアピールしていると、兄妹喧嘩をしている微笑ましい二人と思われることが偶にあった。そのおかげで送られる妙に生暖かい視線は、ファリスの神経を逆なでさせるには十分だった。
「護衛って……わたしには別に必要ないでしょ。あなただって、わたしの実力は十分知ってるはずだけど?」
「だから、だ。俺がいれば、下手に絡んでくる奴だっていない。余計な騒動に巻き込まれたら、あいつらも困るだろう」
「あーはいはい。そうやってご機嫌取りするだけしか能がないものね。辛いわねー」
適当なあしらおうとしているファリスに再びため息を漏らしたローランは、仕方なく同じように行き交う人々を眺める事にした。
ファリス自身、別にローランの事が嫌いではなかった。彼女自身、彼の強さを認めている。仲間想いで周囲に優しく接する事で人気を勝ち得ている。その事を多少なりとも評価していた。
だがそれ以上に、自分達を管理している側にも配慮している姿が気に入らない。常に周囲に気を遣い、どちらにもフォローを入れている姿。強者としての矜持も何もないその姿は、ファリスの心を苛立たせるには十分な要素だった。
強者にはそれなりの立ち居振る舞いがある。それはローランにも……ファリス自身にも求められることだ。だからこそ、余計にローランの行動に腹を立ててしまう。そして、肝心のローランはそれが全くわかっていなかった。
「俺、お前を怒らせるようなことしたか? 顔を合わせる度に不機嫌になってる思うんだけど」
「自分の胸に聞いてみなさいよ。わたしはね、あなたのそういう態度が気に入らないのよ」
ふんっ、とそっぽを向いたファリスに、仕方がないな……と呆れ笑いを浮かべて、立ち上がったローラン。広場のどこかに歩いて行ってしまった彼を、視線だけで見送る。
「はぁ……」
(あんなのと一緒より、あの子と――エールティアと一緒だったら、もっと楽しい気持ちになったんだろうけどなぁ……)
そっと唇を指でなぞるファリスは、エールティアとのキスを思い出していた。生まれて初めてのキス。それを捧げた相手の反応。その一つ一つが彼女の心を熱くさせる。
(早くあの子に会いたいんだけど……やっぱり本選じゃないと出会えなさそうだものね。だけど、その時は……)
どんどん人混みが見えなくなり、妄想に浸り出したファリス。周囲に変な目で見られなかったのは、彼女が普段と全く変わらない表情をしていたからだろう。
「そうやって人混み眺めてて飽きないか?」
「……うるさいわね。どうしようとわたしの勝手でしょ?」
結局ローランが戻ってくるまで妄想の世界に浸っていたファリスは、むすっとした表情でローランを睨んだ。
「……それ、なに?」
「これか。ほら、お前にもやるよ」
小さな袋を持っていたローランは、その中から小さなパンを取り出してファリスに渡した。表面にバターを軽く塗ってるそれは、甘い香りを放って見るからに美味しそうな存在感を放っていた。
「……食べ物には釣られないわよ」
「わかってるって。だけど、せっかく祭りみたいになってるんだから、そこで黄昏てるよりはいいだろ。ほら」
笑顔でパンを渡してくるローランに対して、苛立った瞳を向けるファリスだったが……それを払い除ける事が出来ず、結局普通に受け取ってしまう。
「……一応、ありがとって言っておくわ」
「どういたしまして」
にっこりと微笑むローランの顔を見ないようにしながら、貰ったパンを口に運んだファリスは、複雑な気分で中から溢れる蜂蜜の甘さを味わっていた。
ソースの焦げた匂いや、クレープなどの甘い匂い。様々な食べ物の香りが壮絶な戦いを繰り広げられている中。そこでは早々に優勝を決め、本選出場を獲得した少女――ファリスが退屈そうにしていた。
「はぁ……はやくあの子に会いたいなぁ……」
人の行き交う広場を、ぼんやりとベンチに座って眺めている彼女は、大分暇を持て余していた。
予選で戦った選手の悉くを瞬殺で終わらせ、大会日程を大幅に短縮させたおかげで、こうして売店巡りをしていたのだが……ファリスの心の中には、埋められない穴が開いているかのように寒風が吹いていた。
「……こんなところにいたのか。探したぞ」
少し息を整えている男――ローランの言葉にちらりと視線を向けたファリスは、興味がないかのように視線を道に向ける。その様子に彼は軽くため息を吐いて、隣に座った。それに反応するようにファリスの視線が再び動いたが、明らかに嫌そうな雰囲気と表情をしているようだった。
「何の用?」
「そう邪険に扱わなくても良いだろう? 俺はお前の護衛を任されてるんだからさ」
気さくな感じで話しかけようとしているローランに対して、そっけない態度のファリス。美男美少女といったこの構成で不機嫌さをアピールしていると、兄妹喧嘩をしている微笑ましい二人と思われることが偶にあった。そのおかげで送られる妙に生暖かい視線は、ファリスの神経を逆なでさせるには十分だった。
「護衛って……わたしには別に必要ないでしょ。あなただって、わたしの実力は十分知ってるはずだけど?」
「だから、だ。俺がいれば、下手に絡んでくる奴だっていない。余計な騒動に巻き込まれたら、あいつらも困るだろう」
「あーはいはい。そうやってご機嫌取りするだけしか能がないものね。辛いわねー」
適当なあしらおうとしているファリスに再びため息を漏らしたローランは、仕方なく同じように行き交う人々を眺める事にした。
ファリス自身、別にローランの事が嫌いではなかった。彼女自身、彼の強さを認めている。仲間想いで周囲に優しく接する事で人気を勝ち得ている。その事を多少なりとも評価していた。
だがそれ以上に、自分達を管理している側にも配慮している姿が気に入らない。常に周囲に気を遣い、どちらにもフォローを入れている姿。強者としての矜持も何もないその姿は、ファリスの心を苛立たせるには十分な要素だった。
強者にはそれなりの立ち居振る舞いがある。それはローランにも……ファリス自身にも求められることだ。だからこそ、余計にローランの行動に腹を立ててしまう。そして、肝心のローランはそれが全くわかっていなかった。
「俺、お前を怒らせるようなことしたか? 顔を合わせる度に不機嫌になってる思うんだけど」
「自分の胸に聞いてみなさいよ。わたしはね、あなたのそういう態度が気に入らないのよ」
ふんっ、とそっぽを向いたファリスに、仕方がないな……と呆れ笑いを浮かべて、立ち上がったローラン。広場のどこかに歩いて行ってしまった彼を、視線だけで見送る。
「はぁ……」
(あんなのと一緒より、あの子と――エールティアと一緒だったら、もっと楽しい気持ちになったんだろうけどなぁ……)
そっと唇を指でなぞるファリスは、エールティアとのキスを思い出していた。生まれて初めてのキス。それを捧げた相手の反応。その一つ一つが彼女の心を熱くさせる。
(早くあの子に会いたいんだけど……やっぱり本選じゃないと出会えなさそうだものね。だけど、その時は……)
どんどん人混みが見えなくなり、妄想に浸り出したファリス。周囲に変な目で見られなかったのは、彼女が普段と全く変わらない表情をしていたからだろう。
「そうやって人混み眺めてて飽きないか?」
「……うるさいわね。どうしようとわたしの勝手でしょ?」
結局ローランが戻ってくるまで妄想の世界に浸っていたファリスは、むすっとした表情でローランを睨んだ。
「……それ、なに?」
「これか。ほら、お前にもやるよ」
小さな袋を持っていたローランは、その中から小さなパンを取り出してファリスに渡した。表面にバターを軽く塗ってるそれは、甘い香りを放って見るからに美味しそうな存在感を放っていた。
「……食べ物には釣られないわよ」
「わかってるって。だけど、せっかく祭りみたいになってるんだから、そこで黄昏てるよりはいいだろ。ほら」
笑顔でパンを渡してくるローランに対して、苛立った瞳を向けるファリスだったが……それを払い除ける事が出来ず、結局普通に受け取ってしまう。
「……一応、ありがとって言っておくわ」
「どういたしまして」
にっこりと微笑むローランの顔を見ないようにしながら、貰ったパンを口に運んだファリスは、複雑な気分で中から溢れる蜂蜜の甘さを味わっていた。
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