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269・鬼人族は知っている

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 雪風が用意していた新しい鳥車は、一般人が乗っていてもおかしくない程、普通の鳥車だった。
 ラントルオも丸々として愛らしい、至って普通のように見せられていた。

 それに乗って進むと、フェアヘイムの奥。貴族や王族達が住んでいるエリアの方まで進んでいく。別荘のところまでゆっくりとした速度で行ってくれたおかげで人々の暮らしや街並みなどの風景を楽しめた……んだけれど、雪風が隣で妙に警戒していたせいで、あまり楽しむことは出来なかった。

 別荘はフェリシューアの街並みに上手く溶け込んだ建物で、アルファスにある館よりも自然豊かになっている。外壁にも花が咲いていたり、つたが少し伸びていたりしている。
 出入り口の方で鳥車から降りると、使用人が出迎えてくれて、歓迎されるがままに館に入って……もてなしを受けた後、ようやく部屋の名kに入る事が出来た。

「……疲れた」

 少しだけため息が零れたけれど、別に悪い事はない。別荘を管理している執事長や家政婦長が熱烈に歓迎してくれて、家政婦長の方は涙が溢れる程だった。
 そこからは使用人達が全力で別荘の中を案内してくれて、食堂に入ると様々な料理が並んでいた。

 そのどれもがこの国で採れる野菜を中心とした料理で、アルファスでよく食べていた鳥や魚などの肉類は一切出てこなかった。けれど、どれもすごく美味しかった。毎日は飽きるけれどね。
 酒も勧められたけれど、流石にまだ飲めないといって断って、早々に部屋にやってきて今に至る。

 流石にほぼ半日を鳥車で過ごして、その後すぐに地位の高い人物からの挨拶。やけに緊張した雪風と二人っきりでべっそうまで行って、使用人達はかなりテンションが高い――。
 これに疲れない要素があったら、逆に教えて欲しいくらいだ。

 ――コンコン、コンコン。

「……どうぞ」

 ノックの音が響いて、部屋に入ってきたのは……雪風だった
 流石に別荘に入ってからは、普通通りの彼女に戻ってきたけれど、まだまだ表情に硬さが残っていた。

「雪風。あの時の件で話がある……そういう事ね」
「……そういう事です。申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いください」
「別に構わないけれど……そんな事より、貴女も座ってちょうだい。お茶でものんで、少しだけゆっくりしてから話しましょう?」
「……良いのですか?」
「当たり前でしょう。貴女も疲れているだろうしね」

 部屋に設置しているベルを鳴らして、使用人の一人を呼びつけて、深紅茶を入れた容器とカップを二つ持って来てもらった。
 雪風は私の好意に甘えるようにしたらしく、二つのカップに深紅茶を注いでくれた。

 そのまま向かい合うように座って、落ち着くように深紅茶を一口飲んだ雪風は、少しだけ心が穏やかになったような表情をしていた。

「それで、ここに着いた時に出会った男の人は誰かしら? 貴女は知っていたみたいだけれど……」
「あの方は中央にあるディエダムと呼ばれる妖精族の国の外交官です。名前は確か……クァータ・エムスだったはずです」

 クァータ・エムス。まったく聞いたことのない名前だ。そんな妖精族の名前なんて、よく知ってたものだ。

「外交官って……この国の人じゃないのに、一番最初に挨拶してきたの?」
「あそこはそういう国ですから。そのせいで迎えに来ていたこの国の官僚の方は近寄れませんでしたからね」

 それは雪風の警戒が強かったから――なんて言える訳もなく、黙って聞いておくことにした。自ら底なし沼に足を突っ込むような行為はしたくなかった。

「あの男は自分の欲望に素直です。その上、自らに才能があると勘違いをしている。あまり話をされない方がいいです」

 苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど、よほどあのクァータって男が嫌いなのだろう。ただ知っただけでは、中々こうはならない。

「なんだか、随分詳しいじゃない。調べてたの?」
「前々からこういう時の為に。一応、ツテがあったので、その力を借りました」

 雪風にもそういう情報を持ってる友達がいるなんてね。正直意外だ。
 彼女のようなまっすぐなタイプは、情報戦とか嫌うと思っていただけにね。

 もしかして、私が昔成敗した子供の暗殺集団の一人かも知れない。お父様に預けて以来、顔を合わせる事はなかったけど、元気でやってるだろうか?

「ディエダムでもかなりのクセモノです。要注意人物として覚えてください」
「それはわかったけど……ディエダムの国王はこの事を知ってるのかしら?」
「まさか。政治に関してはわかりませんが、彼の王は誠実な御方です。知っているとは思えません」

 つまり、王の見ていない間に好き勝手やっているという訳だ。そういう家臣を目の当たりにすると、多少なりとも怒りが湧いてくる。
 ……が、それで抗議したところで何の意味もない。私自身は特になんの被害を受けた訳でもないしね。

 聞けば聞くほど嫌いになりそうだから、これ以上は聞かないでおこう。どうせ何も出来ない不満を募らせる事になるのは目に見えていた。
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