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265・アルティーナの実力
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私の挑発ともとれる言葉に応じたアルティーナは、私と向かい合う形を取った。
「お互い、魔導はなし。実力だけではっきりと決着を付けましょう」
「……それで本当によろしいのかしら? 聖黒族としての能力は貴女の方が圧倒的に上。魔導勝負なら勝ちは確実なのに――」
「だから、よ。魔導ではなくて、物理的な近接戦で勝敗を決めた方が……受け入れる事が出来るしょう?」
魔導で押すのは簡単だ。流石に私の館の庭だから、あの時みたいな威力を放つことは出来ないけれど……それでも彼女を追い詰める方法はいくらでもある。その気になれば、一方的に攻撃して終わりなんてことも可能だろう。
敢えてその手段を封じて、その上で彼女には私には敵わないのだと思い知らせる。そうでもしないと、いつまで経っても気が晴れないだろう。
「……言っておきますけれど、後から怪我をしたといって隷属の腕輪を装着させるなんて事は――しませんよね?」
アルティーナが僅かに不安の色を瞳に宿していた。何を馬鹿な事を……と思ったけれど、彼女を取り巻いていた貴族達は、そうやって平気で人の弱みに付け込んでいた輩ばかりなのだろう。
だから、自分の感情を悟られないように伏せて、他者に心許さないようにしないと生きていけなかったんだろう。
お母様に涙腺が緩んだアルティーナは、ミシェナがいないときは、大体表情がぎこちなかった。
……私は王都の貴族達とは年末年始の時以外接点はない。陰口を叩かれることはあったけど、その場限りだと思えば我慢する事も出来たし、同年代の子もなぜかあまり近寄ってこなかった。
アルティーナは、あのイシェルタに連れまわされてお茶会や舞踏会などに頻繁に出席していた。
力ある種族として――聖黒族としての責務を果たしていないと陰で言われても不思議じゃない。あの人はそういう『強さ』を求めないで、煌びやかな生活を送る事を優先していたみたいだからね。
だからこそ、こんな考えに思い至るのだろう。私からしてみたら馬鹿らしいことだけれど……彼女にとってはそれが当然って訳だ。
「そんな事、するわけないでしょう。私はそこまで賢しくはないわ」
その言葉にほっと安心しため息を漏らす彼女は、静かに闘志を漲らせて、ゆっくりと細剣を抜いて、殺気の篭った目で思いっきり私を見る。
さっきまでの不安げな感情なんて嘘に思えるくらいに真剣な表情をしていた。
「なら……喜んでその戦い、引き受けさせてもらうわ。どちらが本当に強者なのか……はっきりさせましょう」
戦うのが好きそうな笑みを浮かべているアルティーナは、やっぱり聖黒族の血を確かに受け継いでいた。
彼女の細剣に応えるように軽く運動をして、その身一つで相対する。
「エールティアさん。剣を抜いた方が良いのでは?」
「いいえ、これで問題ないわ。私に合う武器もないしね」
私の発言に、アルティーナは眉をしかめた。
まあ、当然だろう。『お前なんかに武器を使う必要があるのか?』と言ってるように聞こえるしね。
実際は私が扱うと武器が保たないからなんだけど、わざわざそんな事を語り聞かせる必要なんてない。
「その自信、後悔させてあげますわ!」
よそ行きの口調に切り替えたアルティーナが、活気盛んに突撃を仕掛けてきた。鋭い突きがまるで同時に複数放たれたかのように見えるほど、彼女の動きは俊敏で、巧妙に殺気を隠した一撃は、そんじょそこらの輩には真似できない動きだ。
「意外ね。てっきりこういうのは野蛮な殿方のお遊戯だとでも思っていたのかと思ってた」
「あら、最近の女性は強くあらねばならないのですよ? 私が蝶よ花よと愛でられていただけだと思い出したら……間違いだと教えて差し上げます!」
ワザと剣をまっすぐ立てて、私との距離を縮めて肉薄してくる。恐らく、こちらの攻撃に合わせる事が目的だろう。それか、カウンターを恐れて動きが鈍るのを突くつもりか。
何にせよ甘く見られたものだ。私が魔導だけの女だと思われているのがよくわかる。
見たところ何の変哲もない細剣で、拳に魔力を纏わせて上下左右に叩き込めば、呆気なく折れてしまいそうな感じだ。
何の躊躇いもなく、飛び込んできたアルティーナを迎え打つべく拳を繰り出した。
その瞬間、嘲笑するような笑みで私の拳の軌道に合わせるように刃を向けて防御の構えを取る。
「どうやら、私に勝てたのはその魔力があったからですわね。魔導がなければ貴女になんて――」
言い終わらないうちに拳の軌道を変えて、細剣を思いっきり払い除けるように振るう。辛うじて折れなかったみたいだけど、予想以上だったようだ。細剣を持つ手がそのまま外側に弾き飛ばされ、アルティーナはバランスを崩してしまう。
その隙を逃す事なく、残った片方の拳を握り、アルティーナの顔面に叩き込む……フリをして、寸前で攻撃を止める。
しばらくお互いの時間が止まった感じがして……ゆっくりと拳を引くと、そこには驚いた表情の彼女がいた。今の攻防で、力量の差がわかったのか、細剣を持つ手は震えていた。
ほんのわずかな攻防だったけれども、はっきりとした決着がついた瞬間だった。
「お互い、魔導はなし。実力だけではっきりと決着を付けましょう」
「……それで本当によろしいのかしら? 聖黒族としての能力は貴女の方が圧倒的に上。魔導勝負なら勝ちは確実なのに――」
「だから、よ。魔導ではなくて、物理的な近接戦で勝敗を決めた方が……受け入れる事が出来るしょう?」
魔導で押すのは簡単だ。流石に私の館の庭だから、あの時みたいな威力を放つことは出来ないけれど……それでも彼女を追い詰める方法はいくらでもある。その気になれば、一方的に攻撃して終わりなんてことも可能だろう。
敢えてその手段を封じて、その上で彼女には私には敵わないのだと思い知らせる。そうでもしないと、いつまで経っても気が晴れないだろう。
「……言っておきますけれど、後から怪我をしたといって隷属の腕輪を装着させるなんて事は――しませんよね?」
アルティーナが僅かに不安の色を瞳に宿していた。何を馬鹿な事を……と思ったけれど、彼女を取り巻いていた貴族達は、そうやって平気で人の弱みに付け込んでいた輩ばかりなのだろう。
だから、自分の感情を悟られないように伏せて、他者に心許さないようにしないと生きていけなかったんだろう。
お母様に涙腺が緩んだアルティーナは、ミシェナがいないときは、大体表情がぎこちなかった。
……私は王都の貴族達とは年末年始の時以外接点はない。陰口を叩かれることはあったけど、その場限りだと思えば我慢する事も出来たし、同年代の子もなぜかあまり近寄ってこなかった。
アルティーナは、あのイシェルタに連れまわされてお茶会や舞踏会などに頻繁に出席していた。
力ある種族として――聖黒族としての責務を果たしていないと陰で言われても不思議じゃない。あの人はそういう『強さ』を求めないで、煌びやかな生活を送る事を優先していたみたいだからね。
だからこそ、こんな考えに思い至るのだろう。私からしてみたら馬鹿らしいことだけれど……彼女にとってはそれが当然って訳だ。
「そんな事、するわけないでしょう。私はそこまで賢しくはないわ」
その言葉にほっと安心しため息を漏らす彼女は、静かに闘志を漲らせて、ゆっくりと細剣を抜いて、殺気の篭った目で思いっきり私を見る。
さっきまでの不安げな感情なんて嘘に思えるくらいに真剣な表情をしていた。
「なら……喜んでその戦い、引き受けさせてもらうわ。どちらが本当に強者なのか……はっきりさせましょう」
戦うのが好きそうな笑みを浮かべているアルティーナは、やっぱり聖黒族の血を確かに受け継いでいた。
彼女の細剣に応えるように軽く運動をして、その身一つで相対する。
「エールティアさん。剣を抜いた方が良いのでは?」
「いいえ、これで問題ないわ。私に合う武器もないしね」
私の発言に、アルティーナは眉をしかめた。
まあ、当然だろう。『お前なんかに武器を使う必要があるのか?』と言ってるように聞こえるしね。
実際は私が扱うと武器が保たないからなんだけど、わざわざそんな事を語り聞かせる必要なんてない。
「その自信、後悔させてあげますわ!」
よそ行きの口調に切り替えたアルティーナが、活気盛んに突撃を仕掛けてきた。鋭い突きがまるで同時に複数放たれたかのように見えるほど、彼女の動きは俊敏で、巧妙に殺気を隠した一撃は、そんじょそこらの輩には真似できない動きだ。
「意外ね。てっきりこういうのは野蛮な殿方のお遊戯だとでも思っていたのかと思ってた」
「あら、最近の女性は強くあらねばならないのですよ? 私が蝶よ花よと愛でられていただけだと思い出したら……間違いだと教えて差し上げます!」
ワザと剣をまっすぐ立てて、私との距離を縮めて肉薄してくる。恐らく、こちらの攻撃に合わせる事が目的だろう。それか、カウンターを恐れて動きが鈍るのを突くつもりか。
何にせよ甘く見られたものだ。私が魔導だけの女だと思われているのがよくわかる。
見たところ何の変哲もない細剣で、拳に魔力を纏わせて上下左右に叩き込めば、呆気なく折れてしまいそうな感じだ。
何の躊躇いもなく、飛び込んできたアルティーナを迎え打つべく拳を繰り出した。
その瞬間、嘲笑するような笑みで私の拳の軌道に合わせるように刃を向けて防御の構えを取る。
「どうやら、私に勝てたのはその魔力があったからですわね。魔導がなければ貴女になんて――」
言い終わらないうちに拳の軌道を変えて、細剣を思いっきり払い除けるように振るう。辛うじて折れなかったみたいだけど、予想以上だったようだ。細剣を持つ手がそのまま外側に弾き飛ばされ、アルティーナはバランスを崩してしまう。
その隙を逃す事なく、残った片方の拳を握り、アルティーナの顔面に叩き込む……フリをして、寸前で攻撃を止める。
しばらくお互いの時間が止まった感じがして……ゆっくりと拳を引くと、そこには驚いた表情の彼女がいた。今の攻防で、力量の差がわかったのか、細剣を持つ手は震えていた。
ほんのわずかな攻防だったけれども、はっきりとした決着がついた瞬間だった。
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