上 下
230 / 676

230・外れた道を知らぬ者(アルティーナside)

しおりを挟む
「……なに、これ?」

 エスリーア公爵領・イルディルドの町に存在する館。その一室でわなわなと肩を震わせ、両手で紙を握り締めている少女が一人。エールティアと王位継承権を争う事になった公爵令嬢――アルティーナ・エスリーアだった。

「お嬢様、どうされたのですか?」

 怒りに震えているアルティーナに可能な限り平然とした様子で声を掛けたフラウスだったが、内心ではまた荒れ狂うのかも知れない……そんな面倒事が起こりそうな気がしていた。

「……これを見なさい」

 アルティーナが紙を叩きつけるようにフラウスに放り投げる。それを見たフラウスは、その凄惨な内容に顔をしかめた。
 そこにはエールティアに送られてきた決闘申請書とほとんど同じ内容の物だった。

 ただし、敗北した後の条件がいくつか書き換えられていた。

 ――

 エールティアが敗北した場合:王位継承権及び爵位剥奪。それに加え、リシュファス家の断絶。公爵領を女王陛下に返還。反抗があった場合、隷属の腕輪を一家全員に一時的に装着し、主人をアルティーナとする。

 アルティーナが敗北した場合:エールティアと同条件。加えてエスリーア公爵夫人を未来永劫国外追放とする。隷属の腕輪はアルティーナ本人とエスリーア公爵夫人にのみ一時的に装着する事とし、主人をラディン・リシュファス公爵とする。

 ――

「……ふざけてる。こんな界法違反の決闘なんて、無効でしょう!?」

 その場にいない者に向けての怒りをぶつけるアルティーナに、あまりの内容に言葉を失っているフラウス。
 先に界法違反スレスレの申請書を送ってきたのはエスリーア公爵側であるが、それを知らないアルティーナは、エールティアがここまで非常識な決闘を申し込んできたことに憤りを覚えているくらいだった。

 もう少しで怒りが爆発する寸前――その時にノックの音が聞こえ、フラウスは安堵しながら扉を開けた。そこには……全ての元凶であるエスリーア公爵夫人の姿があった。

「アルティーナ、はしたないですよ。そんな大声を上げて」
「……!」

 アルティーナは一瞬身動きを止め、ギギギという音が聞こえてきそうな程の硬い動きで、いつも通りの淑女の振る舞いをしていた。

「お、おか……あ、さま」
「そんなに騒いで……一体どうしたの?」
「これを」

 アルティーナの様子を見て、即座にフラウスは動き出した。風のように夫人の前に決闘申請書を差し出した。何も言うことなく差し出されたそれに目を通した夫人の眉は、かすかにピクリと動いた。

「……なるほど。こう来ましたか」
「イシェルタ様。どういたしますか?」
「どのような条件であろうと、栄光あるエスリーア家の者に逃げるという選択肢はありません」
「し、しかしお義母様! これは――」

 この決闘申請書は、明らかにこの世界に存在する国々が定めた法律に違反している。それをつけば、自分達が圧倒的な優位に立てる。
 そこまで確信していたアルティーナは声を荒げかけたが、それを止めたのは公爵夫人の冷たい視線だった。

 全てを封殺する程の冷徹な瞳。アルティーナは、咄嗟に身構えて身体を強張らせた。

「エールティアは、わざとこんな申請書を送りつけてきたのですよ。事情はどうあれ、聖黒族とは強くなくてはなりません。どんな卑怯にすら戦えるだけの力を。今これから逃げる事があれば、それがどんな理由であれ……強者を名乗る資格は持たないでしょう。これは面子の問題です」
「……あの子が、家の戦力を投入してきても……ですか?」

 完全に不安を拭いきれなかったアルティーナは、恐る恐る全面戦争になって負けるのではないか、と危惧していることを口にした。
 公爵夫人は首を左右に振って、ゆっくりとアルティーナに歩み寄って彼女を抱きしめる。

「安心なさい。貴女は私の自慢の娘ですもの。当日は最高の戦士を貴女を授けましょう。何も心配する必要はありません。個人として――ではなく、エスリーア公爵家の娘として。最善を尽くしなさい。そうすれば、どんな人よりも貴女は強い」
「私は……」

 ――【マインド・ポリューション】

 公爵夫人は小さく呟きながら、魔導を発動させる。フラウスの視線がある中、堂々と。
 その瞬間、アルティーナは何も考えられず、公爵夫人の考えに精神が汚染されていく。彼女という個を塗りつぶした公爵夫人は、満足げな笑みを浮かべる。

「必ず、お義母様のご期待に応えて見せます」
「そう、それでいいのですよ。愛しい……私の娘」

 アルティーナ達の近くに歩み寄ってくるフラウスの目は、彼女と同じように濁っていた。
 それが意味する事は……既にフラウスは公爵夫人の手に堕ちていた……という事だった。

「後はよろしくお願いね」
「はい。イシェルタ様」

 それだけを告げると、公爵夫人は部屋から出て行ってしまった。
 残されたのは、心を歪められ、精神を汚染された二人。

 後にアルティーナは自らの名前を記し、決闘委員会に決闘状を正式に送った。それにより決まるのは過酷な戦い。後に行くにも先に行くにも……地獄の道。

 それを明確に理解しているのは、エールティアだけだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

処理中です...