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230・外れた道を知らぬ者(アルティーナside)
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「……なに、これ?」
エスリーア公爵領・イルディルドの町に存在する館。その一室でわなわなと肩を震わせ、両手で紙を握り締めている少女が一人。エールティアと王位継承権を争う事になった公爵令嬢――アルティーナ・エスリーアだった。
「お嬢様、どうされたのですか?」
怒りに震えているアルティーナに可能な限り平然とした様子で声を掛けたフラウスだったが、内心ではまた荒れ狂うのかも知れない……そんな面倒事が起こりそうな気がしていた。
「……これを見なさい」
アルティーナが紙を叩きつけるようにフラウスに放り投げる。それを見たフラウスは、その凄惨な内容に顔をしかめた。
そこにはエールティアに送られてきた決闘申請書とほとんど同じ内容の物だった。
ただし、敗北した後の条件がいくつか書き換えられていた。
――
エールティアが敗北した場合:王位継承権及び爵位剥奪。それに加え、リシュファス家の断絶。公爵領を女王陛下に返還。反抗があった場合、隷属の腕輪を一家全員に一時的に装着し、主人をアルティーナとする。
アルティーナが敗北した場合:エールティアと同条件。加えてエスリーア公爵夫人を未来永劫国外追放とする。隷属の腕輪はアルティーナ本人とエスリーア公爵夫人にのみ一時的に装着する事とし、主人をラディン・リシュファス公爵とする。
――
「……ふざけてる。こんな界法違反の決闘なんて、無効でしょう!?」
その場にいない者に向けての怒りをぶつけるアルティーナに、あまりの内容に言葉を失っているフラウス。
先に界法違反スレスレの申請書を送ってきたのはエスリーア公爵側であるが、それを知らないアルティーナは、エールティアがここまで非常識な決闘を申し込んできたことに憤りを覚えているくらいだった。
もう少しで怒りが爆発する寸前――その時にノックの音が聞こえ、フラウスは安堵しながら扉を開けた。そこには……全ての元凶であるエスリーア公爵夫人の姿があった。
「アルティーナ、はしたないですよ。そんな大声を上げて」
「……!」
アルティーナは一瞬身動きを止め、ギギギという音が聞こえてきそうな程の硬い動きで、いつも通りの淑女の振る舞いをしていた。
「お、おか……あ、さま」
「そんなに騒いで……一体どうしたの?」
「これを」
アルティーナの様子を見て、即座にフラウスは動き出した。風のように夫人の前に決闘申請書を差し出した。何も言うことなく差し出されたそれに目を通した夫人の眉は、かすかにピクリと動いた。
「……なるほど。こう来ましたか」
「イシェルタ様。どういたしますか?」
「どのような条件であろうと、栄光あるエスリーア家の者に逃げるという選択肢はありません」
「し、しかしお義母様! これは――」
この決闘申請書は、明らかにこの世界に存在する国々が定めた法律に違反している。それをつけば、自分達が圧倒的な優位に立てる。
そこまで確信していたアルティーナは声を荒げかけたが、それを止めたのは公爵夫人の冷たい視線だった。
全てを封殺する程の冷徹な瞳。アルティーナは、咄嗟に身構えて身体を強張らせた。
「エールティアは、わざとこんな申請書を送りつけてきたのですよ。事情はどうあれ、聖黒族とは強くなくてはなりません。どんな卑怯にすら戦えるだけの力を。今これから逃げる事があれば、それがどんな理由であれ……強者を名乗る資格は持たないでしょう。これは面子の問題です」
「……あの子が、家の戦力を投入してきても……ですか?」
完全に不安を拭いきれなかったアルティーナは、恐る恐る全面戦争になって負けるのではないか、と危惧していることを口にした。
公爵夫人は首を左右に振って、ゆっくりとアルティーナに歩み寄って彼女を抱きしめる。
「安心なさい。貴女は私の自慢の娘ですもの。当日は最高の戦士を貴女を授けましょう。何も心配する必要はありません。個人として――ではなく、エスリーア公爵家の娘として。最善を尽くしなさい。そうすれば、どんな人よりも貴女は強い」
「私は……」
――【マインド・ポリューション】
公爵夫人は小さく呟きながら、魔導を発動させる。フラウスの視線がある中、堂々と。
その瞬間、アルティーナは何も考えられず、公爵夫人の考えに精神が汚染されていく。彼女という個を塗りつぶした公爵夫人は、満足げな笑みを浮かべる。
「必ず、お義母様のご期待に応えて見せます」
「そう、それでいいのですよ。愛しい……私の娘」
アルティーナ達の近くに歩み寄ってくるフラウスの目は、彼女と同じように濁っていた。
それが意味する事は……既にフラウスは公爵夫人の手に堕ちていた……という事だった。
「後はよろしくお願いね」
「はい。イシェルタ様」
それだけを告げると、公爵夫人は部屋から出て行ってしまった。
残されたのは、心を歪められ、精神を汚染された二人。
後にアルティーナは自らの名前を記し、決闘委員会に決闘状を正式に送った。それにより決まるのは過酷な戦い。後に行くにも先に行くにも……地獄の道。
それを明確に理解しているのは、エールティアだけだった。
エスリーア公爵領・イルディルドの町に存在する館。その一室でわなわなと肩を震わせ、両手で紙を握り締めている少女が一人。エールティアと王位継承権を争う事になった公爵令嬢――アルティーナ・エスリーアだった。
「お嬢様、どうされたのですか?」
怒りに震えているアルティーナに可能な限り平然とした様子で声を掛けたフラウスだったが、内心ではまた荒れ狂うのかも知れない……そんな面倒事が起こりそうな気がしていた。
「……これを見なさい」
アルティーナが紙を叩きつけるようにフラウスに放り投げる。それを見たフラウスは、その凄惨な内容に顔をしかめた。
そこにはエールティアに送られてきた決闘申請書とほとんど同じ内容の物だった。
ただし、敗北した後の条件がいくつか書き換えられていた。
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エールティアが敗北した場合:王位継承権及び爵位剥奪。それに加え、リシュファス家の断絶。公爵領を女王陛下に返還。反抗があった場合、隷属の腕輪を一家全員に一時的に装着し、主人をアルティーナとする。
アルティーナが敗北した場合:エールティアと同条件。加えてエスリーア公爵夫人を未来永劫国外追放とする。隷属の腕輪はアルティーナ本人とエスリーア公爵夫人にのみ一時的に装着する事とし、主人をラディン・リシュファス公爵とする。
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「……ふざけてる。こんな界法違反の決闘なんて、無効でしょう!?」
その場にいない者に向けての怒りをぶつけるアルティーナに、あまりの内容に言葉を失っているフラウス。
先に界法違反スレスレの申請書を送ってきたのはエスリーア公爵側であるが、それを知らないアルティーナは、エールティアがここまで非常識な決闘を申し込んできたことに憤りを覚えているくらいだった。
もう少しで怒りが爆発する寸前――その時にノックの音が聞こえ、フラウスは安堵しながら扉を開けた。そこには……全ての元凶であるエスリーア公爵夫人の姿があった。
「アルティーナ、はしたないですよ。そんな大声を上げて」
「……!」
アルティーナは一瞬身動きを止め、ギギギという音が聞こえてきそうな程の硬い動きで、いつも通りの淑女の振る舞いをしていた。
「お、おか……あ、さま」
「そんなに騒いで……一体どうしたの?」
「これを」
アルティーナの様子を見て、即座にフラウスは動き出した。風のように夫人の前に決闘申請書を差し出した。何も言うことなく差し出されたそれに目を通した夫人の眉は、かすかにピクリと動いた。
「……なるほど。こう来ましたか」
「イシェルタ様。どういたしますか?」
「どのような条件であろうと、栄光あるエスリーア家の者に逃げるという選択肢はありません」
「し、しかしお義母様! これは――」
この決闘申請書は、明らかにこの世界に存在する国々が定めた法律に違反している。それをつけば、自分達が圧倒的な優位に立てる。
そこまで確信していたアルティーナは声を荒げかけたが、それを止めたのは公爵夫人の冷たい視線だった。
全てを封殺する程の冷徹な瞳。アルティーナは、咄嗟に身構えて身体を強張らせた。
「エールティアは、わざとこんな申請書を送りつけてきたのですよ。事情はどうあれ、聖黒族とは強くなくてはなりません。どんな卑怯にすら戦えるだけの力を。今これから逃げる事があれば、それがどんな理由であれ……強者を名乗る資格は持たないでしょう。これは面子の問題です」
「……あの子が、家の戦力を投入してきても……ですか?」
完全に不安を拭いきれなかったアルティーナは、恐る恐る全面戦争になって負けるのではないか、と危惧していることを口にした。
公爵夫人は首を左右に振って、ゆっくりとアルティーナに歩み寄って彼女を抱きしめる。
「安心なさい。貴女は私の自慢の娘ですもの。当日は最高の戦士を貴女を授けましょう。何も心配する必要はありません。個人として――ではなく、エスリーア公爵家の娘として。最善を尽くしなさい。そうすれば、どんな人よりも貴女は強い」
「私は……」
――【マインド・ポリューション】
公爵夫人は小さく呟きながら、魔導を発動させる。フラウスの視線がある中、堂々と。
その瞬間、アルティーナは何も考えられず、公爵夫人の考えに精神が汚染されていく。彼女という個を塗りつぶした公爵夫人は、満足げな笑みを浮かべる。
「必ず、お義母様のご期待に応えて見せます」
「そう、それでいいのですよ。愛しい……私の娘」
アルティーナ達の近くに歩み寄ってくるフラウスの目は、彼女と同じように濁っていた。
それが意味する事は……既にフラウスは公爵夫人の手に堕ちていた……という事だった。
「後はよろしくお願いね」
「はい。イシェルタ様」
それだけを告げると、公爵夫人は部屋から出て行ってしまった。
残されたのは、心を歪められ、精神を汚染された二人。
後にアルティーナは自らの名前を記し、決闘委員会に決闘状を正式に送った。それにより決まるのは過酷な戦い。後に行くにも先に行くにも……地獄の道。
それを明確に理解しているのは、エールティアだけだった。
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