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214・黒き決闘
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時は少し過ぎてクォドラの3の日。学園は1の日から一週間は休みで、私は心を穏やかにしようとこの休日を過ごしていた。新入生が入学してくるこの数日は、その子達が学園に慣れる為の準備期間という事になっている。その後で新入生と一緒の学園生活が始まるという事だ。
今頃は新しい生活に胸をときめかせている頃だろう。あの時の私もそんな感じだったから。
……出来れば、そんな新しい事が始まるような日を、こんな暗い気分で迎えたくはなかったけれど。
部屋の方で心を落ち着かせながら準備を整えていると、扉の方からノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「……入るぞ」
声と一緒に入ってきたのは、お父様だった。
「お父様。どうされたんですか?」
「相変わらず騒動の渦中にいるからな。心配で見に来たのだよ」
軽く笑ってはいるけれど、どう見てもあまり心配しているようには見えない。
「だったらもう少し悲しげな顔をしてください」
「ふふ、私の娘だからな。こういう時、親というものはどっしりと構えているものだ」
普通ならもっと心配するものだけれど……それだけ私の事を信頼してくれているという事だろう。
「何も心配していない。お前は私の娘で、私以上の才能がある。何より王位継承権を持つ者として、逃げる事は一切許されない。誇りある戦いをしろ」
「……はい。お父様」
仮に今ここでやめたとしても、もう一方の王位継承者を担ぎ上げている貴族共に良からぬ噂を流されるだけだ。もう退路は存在しない。
「よし。今日の決闘……アルシェラと共に見に行こう。楽しみにしているよ」
「……! はい!」
普段は決闘なんて見にいかないお父様とお母様が見に来られる。それだけで緊張してくるけれど、自然と荒波だった気持ちが落ち着いてきた。
……いよいよ、レイアとの決闘が始まる。最初で最後であって欲しい……友達との戦いの時間が。
――
『久しぶりに決闘を解説するのはこの私! ゴブリン族のヘリッド・ホフマッツ! ヘリッド・ホフマッツです!!』
どこかの国で行われてる演説みたいなことを言ってるヘリッド先輩の隣にいるのは――
『決闘官としての使命はこの私、イグラス・ソマルスが筋肉に誓って果たすと誓おう』
上半身剥き出しで自慢げに筋肉を見せつけるようにポージングを取ってるドワーフ族の男だった。しかも何度かポーズを変えてくるところとか、結構暑苦しい。
闘技場の通路から見えるその姿だけでお腹がいっぱいになりそうだ。
『えっと、こんな暑苦しいのと一緒に実況しなきゃいけないんですかね?』
『安心したまえ。我が筋肉の脈動が全てを語ってくれる。共に実況する不安はあるだろうが、この筋肉に任せてくれたまえ』
『その筋肉が不安要素なんですけどね』
聞くからに声のトーンが落ち込んでいるのがわかるけれど、ヘリッド先輩の頑張りを応援するしかない。私の方も他人の事を気にしてられる状況じゃないのだから。
『あー、もう! 行きますよ! それではまずレイア・ルーフ選手の入場です!』
ヘリッド先輩の声と共に歓声が上がった。遠くからレイアの姿が確認できる。どこまでも真っ直ぐに私の事を見つめている。その黒く淀んだ瞳に飲み込まれそうだ。
『このレイア選手。転校してしまったクリムと兄妹であるらしいですが……果たしてその実力はいかほどでしょうかね』
『さて、それは彼女の筋肉に聞いてみなくてはわかりますまい』
『いや、聞いてもわかりませんから』
ため息が漏れるのがはっきり聞こえる。なんであんな決闘官が派遣されてきたんだろう?
『それでは次の方――ご存じ我らが最強の聖黒族! エールティア・リシュファス選手の入場です!』
何が御存じなのかわからないけれど、呼ばれたからには出なければならない。堂々とした足取りで姿を見せると、さっきよりも大きな歓声が会場を包み込んだ。去年の決闘に比べると、随分と観客が多い。貴賓席の方を見てみると、お父様達がいて、こちらを見下ろしていた。
『この方の武勇伝は数知れず。既に勝敗は決していると言っても過言ではないと思います!』
『ふむ、それはどうかな?』
『レイア選手にも勝つ道がある。という訳ですか?』
『それは知らぬが、敗北が決まった戦いをする為に決闘を行うなど愚の骨頂。勝利を掴めるだけの筋肉が育ったからこそ、今回の決闘に至ったのであろう?』
『相変わらずの筋肉発言ですけど、意外とまともな事を言っているのが悔しいですね』
「ティーアーちゃん。ふふっ、楽しみだなぁ」
実況席側の二人が馬鹿な話し合いをしている間に、レイアは相変わらずふらふらと……って何かおかしい。真っ赤なローブに身を包んでるから気付かなかったけれど、何かを隠しているみたいだ。
「約束、守ってね」
「……ええ。私に勝てたら、一緒に過ごしてあげる。なんでも好きにしなさいな」
「うわぁ……いいの? 本気にしちゃうよ?」
とろんとした目で熱い吐息を漏らすその仕草は、妙に艶っぽい。冷や汗が流れそうなほど、熱のこもった視線を向けてくる。
『おおっと、これは激しい睨み合いです! 両者とも気合十分! それでは……えっと……イグラス決闘官、お願いします』
『よかろう! 双方共に女子なれど、宿す筋肉に貴賤なし! 存分に魅せつけると良い!! 決闘、開始!』
『え、えぇー……』
どうにも締まらないイグラス決闘官の開始宣言と同時にレイアがこちらに向かって迫ってくる。見たところ武器は持っていない。確か剣を扱っていたはずだけど――そう思っていると、コートから少し彼女の手が……まるで別の生き物の手に見えて、驚きの声を上げてしまった。
今頃は新しい生活に胸をときめかせている頃だろう。あの時の私もそんな感じだったから。
……出来れば、そんな新しい事が始まるような日を、こんな暗い気分で迎えたくはなかったけれど。
部屋の方で心を落ち着かせながら準備を整えていると、扉の方からノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「……入るぞ」
声と一緒に入ってきたのは、お父様だった。
「お父様。どうされたんですか?」
「相変わらず騒動の渦中にいるからな。心配で見に来たのだよ」
軽く笑ってはいるけれど、どう見てもあまり心配しているようには見えない。
「だったらもう少し悲しげな顔をしてください」
「ふふ、私の娘だからな。こういう時、親というものはどっしりと構えているものだ」
普通ならもっと心配するものだけれど……それだけ私の事を信頼してくれているという事だろう。
「何も心配していない。お前は私の娘で、私以上の才能がある。何より王位継承権を持つ者として、逃げる事は一切許されない。誇りある戦いをしろ」
「……はい。お父様」
仮に今ここでやめたとしても、もう一方の王位継承者を担ぎ上げている貴族共に良からぬ噂を流されるだけだ。もう退路は存在しない。
「よし。今日の決闘……アルシェラと共に見に行こう。楽しみにしているよ」
「……! はい!」
普段は決闘なんて見にいかないお父様とお母様が見に来られる。それだけで緊張してくるけれど、自然と荒波だった気持ちが落ち着いてきた。
……いよいよ、レイアとの決闘が始まる。最初で最後であって欲しい……友達との戦いの時間が。
――
『久しぶりに決闘を解説するのはこの私! ゴブリン族のヘリッド・ホフマッツ! ヘリッド・ホフマッツです!!』
どこかの国で行われてる演説みたいなことを言ってるヘリッド先輩の隣にいるのは――
『決闘官としての使命はこの私、イグラス・ソマルスが筋肉に誓って果たすと誓おう』
上半身剥き出しで自慢げに筋肉を見せつけるようにポージングを取ってるドワーフ族の男だった。しかも何度かポーズを変えてくるところとか、結構暑苦しい。
闘技場の通路から見えるその姿だけでお腹がいっぱいになりそうだ。
『えっと、こんな暑苦しいのと一緒に実況しなきゃいけないんですかね?』
『安心したまえ。我が筋肉の脈動が全てを語ってくれる。共に実況する不安はあるだろうが、この筋肉に任せてくれたまえ』
『その筋肉が不安要素なんですけどね』
聞くからに声のトーンが落ち込んでいるのがわかるけれど、ヘリッド先輩の頑張りを応援するしかない。私の方も他人の事を気にしてられる状況じゃないのだから。
『あー、もう! 行きますよ! それではまずレイア・ルーフ選手の入場です!』
ヘリッド先輩の声と共に歓声が上がった。遠くからレイアの姿が確認できる。どこまでも真っ直ぐに私の事を見つめている。その黒く淀んだ瞳に飲み込まれそうだ。
『このレイア選手。転校してしまったクリムと兄妹であるらしいですが……果たしてその実力はいかほどでしょうかね』
『さて、それは彼女の筋肉に聞いてみなくてはわかりますまい』
『いや、聞いてもわかりませんから』
ため息が漏れるのがはっきり聞こえる。なんであんな決闘官が派遣されてきたんだろう?
『それでは次の方――ご存じ我らが最強の聖黒族! エールティア・リシュファス選手の入場です!』
何が御存じなのかわからないけれど、呼ばれたからには出なければならない。堂々とした足取りで姿を見せると、さっきよりも大きな歓声が会場を包み込んだ。去年の決闘に比べると、随分と観客が多い。貴賓席の方を見てみると、お父様達がいて、こちらを見下ろしていた。
『この方の武勇伝は数知れず。既に勝敗は決していると言っても過言ではないと思います!』
『ふむ、それはどうかな?』
『レイア選手にも勝つ道がある。という訳ですか?』
『それは知らぬが、敗北が決まった戦いをする為に決闘を行うなど愚の骨頂。勝利を掴めるだけの筋肉が育ったからこそ、今回の決闘に至ったのであろう?』
『相変わらずの筋肉発言ですけど、意外とまともな事を言っているのが悔しいですね』
「ティーアーちゃん。ふふっ、楽しみだなぁ」
実況席側の二人が馬鹿な話し合いをしている間に、レイアは相変わらずふらふらと……って何かおかしい。真っ赤なローブに身を包んでるから気付かなかったけれど、何かを隠しているみたいだ。
「約束、守ってね」
「……ええ。私に勝てたら、一緒に過ごしてあげる。なんでも好きにしなさいな」
「うわぁ……いいの? 本気にしちゃうよ?」
とろんとした目で熱い吐息を漏らすその仕草は、妙に艶っぽい。冷や汗が流れそうなほど、熱のこもった視線を向けてくる。
『おおっと、これは激しい睨み合いです! 両者とも気合十分! それでは……えっと……イグラス決闘官、お願いします』
『よかろう! 双方共に女子なれど、宿す筋肉に貴賤なし! 存分に魅せつけると良い!! 決闘、開始!』
『え、えぇー……』
どうにも締まらないイグラス決闘官の開始宣言と同時にレイアがこちらに向かって迫ってくる。見たところ武器は持っていない。確か剣を扱っていたはずだけど――そう思っていると、コートから少し彼女の手が……まるで別の生き物の手に見えて、驚きの声を上げてしまった。
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