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208・襲い掛かる接吻

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 私の当たり障りない演説で、最高潮に盛り上がっていた広場は、夜が深まるにつれその賑やかさを薄めていった。
 私も多少酒を飲んでいたけれど……元々、アルコールの類を飲んでも酔う事がないのだからあまり意味はないか。

「それにしても……どれくらい盛り上がってるのかな」

 ぽつり、と呟いた言葉に返してくれる人はいない。寝言を口にしている人がいるくらいか。
 ジュールも、町の人に勧められるがまま酒を飲んで、今は完全に潰れている。強いて言えば雪風くらいだろうけど……肝心の彼女も、今はどこかに巡回しているようだった。

 という訳で、起きている者は私くらいのものだろう。幸せそうに眠っているジュールを無理やり起こす程、野暮ではないつもりだ。
 仕方ないからそのまま一度館に帰ろうかと思案し始めた時――水色のワンピースを身に纏った女の子が路地から飛び出して、こちらに近づいてくるのがわかった。最初は暗殺者か何以下かと思ったけれど……殺気とか、殺し屋特有の雰囲気とか……そういうのは全く感じない。それに、その子にはそういうのとは無縁である事を示す物があった。

 艶やかな黒い髪が月明かりに照らされて、まるで夜闇に星が浮かんでるようにきらきらとしている。それに白色は二つの月のように見える。誰がどう見ても聖黒族の特徴で、こんな子が殺し屋であるはずがない。

 私より少し背の小さいその子は、嬉しそうにスキップしながら、周囲を魅了するような笑顔を振りまいている。これが昼間か、みんなが起きている時だったら全員が振り向いたかもしれないだろう。

 そんな少女は、そのまま広場に入ってきて……私の目の前に立つと、嬉しそうに上目遣いでこっちを見上げてきた。他人が取るにはかなり近い距離で、彼女の綺麗な目がよく見える。思わず後ろに下がると、不満そうな顔をして口を尖らせるけど、すぐに機嫌を直してしまった。

「ふふっ、久しぶりね」
「ひさし……ぶり……?」

 私はこの子と会ったことはなかったはずだ。でも、彼女は私と面識があるような素振りを見せてくる。しかも、私が覚えていない事を最初から知っているみたいな感じだ。

「ふふふっ、あなたは覚えてなくても、わたしはちゃぁんと覚えてるよ」

 無邪気に笑う彼女は、心底嬉しそうな表情をしている。初対面の相手に接するような態度じゃないし……本当に誰なのかわからない。

「貴女は……?」
「わたし、ファリス。よろしくね」

 ファリス……やっぱり全く聞いた事がない。聖黒族なら、何らかの形で接点があるはずなんだけど……どれだけ頭を捻っても、思い出せない。でも、なにかが引っかかる。
 知っているような……そんな気がする。

「どこかで会った事ある? 申し訳ないのだけど……全く心当たりがなくて……」
「そうだろうね。ちょっと寂しいけれど、今と昔じゃだいぶ違うものね」
「? それはどうい――」

 彼女が知ってる事を話してもらおうと開いた私の口は、突然柔らかくてあったかいものに塞がれる。一瞬、何が起こったのか理解出来なかった私は、全く抵抗出来ずに、そのままにゅるりと入ってくる暖かくてぬるっとしたのを受け入れてしまった。

「――――――っっ!!?」
「んふ、ちゅるっ……」

 それがファリスの舌だと気付いた私は、力尽くで彼女を退かせようとするけれど、予想以上に力が強くて、跳ね除ける事が出来ない。

 ――こ、この……!!

 いやらしく蠢くファリスの舌に、これ以上口内を蹂躙される訳にはいかない……!
 身体中の力と魔力を解放させて、思いっきり突き飛ばすと、ようやく離れてくれた。

「ん、もう。乱暴なんだから」

 私達の舌が絡まった証みたいに糸のようなものが引いてたけれど、そんなものは問題じゃない。

「あ、あなた! な、な、何をしてるのかわか――!!」
「ふふ、ファーストキスだね。初めて、ご馳走様」

 どうしようもなく顔が熱くなってる。助かったのは、お酒が入っててまだみんな寝ているって事だ。
 とういうか、展開の速さに全くついていけない。今、初めてを奪われた? なんで?

「な、なんで……」
「何でって……あなたが望んだ事だよ?」
「わ、私が……?」

 思わずよろけてしまう。会った事もない聖黒族の女の子とあんなキスをするのが私の望んだ事? 冗談じゃない!

「【バインドソーン】!」

 怒りに任せて拘束しようと、茨をファリスに向けて放つ。いきなりの魔導に少しは驚くかと思ったけれど、ファリスは一層笑みを深めてきた。

「【フレアチャーム】」

 彼女の発動した魔導で、炎の球体がふよふよと浮き上がって――【バインドソーン】の茨が、全てそちらの方に吸い寄せられてしまった。

 まさか攻撃を誘導する囮を出すなんて……!

「……っ! なら……!」
「今日はこれで帰るね。今度はもっとゆっくり遊びましょ」
「まっ、待てっ!」
「追いかけてくる? 寝てる人達がどうなっても知らないよ」

 私の初めてを奪った挙句、ひらひらと手を振って、逃げ帰るようにさっさと立ち去った。急いで追いかけようとしたのだけれど……あの子の言葉が引っかかって、結局この場を離れることは出来なかった。

「……ファリス。貴女の名前、確かに覚えたからね……!」

 今日の誕生祭は、思った以上に忘れられない日になった。これほどの辱めを受けたのは生まれて初めてだった。

 だけど……なんで怒りきれない自分がいるんだろう? これも、あの子が私を知っている件と関係があるんだろうか?
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