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196・夜闇の殺し屋

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 新年をリティアで過ごしてそろそろ三日目。ガネラの5の日には帰らないといけないから、明後日には帰らないといけない。

 長かったような短かったような……そんな気分だけれど、護衛抜きで街に出る事は出来ないし、館には誰かの目が必ずある。誰にも接する事がない時間と言えば、夜中にこっそり部屋から抜け出して、庭園を散歩するくらいだ。
 月明かりの下で楽しむ花は、確かにいつもとは違う顔を見せてくれて素敵だけれども、それだけでは味気ない。

 別に雪風やジュールと一緒に過ごすことが苦って訳じゃない。というか、そういう事はあるわけがない。二人とも私の大切な存在なんだしね。それに……狙われているのは理解できるし、仕方のない事なんだけれど……いくら何でも、おはようからおやすみまで誰かに見られているのは嫌になってくる。トイレに入る瞬間も視線を感じるのは明らかに監視が過剰だと言わざるを得ない。……流石に中までは入ってこなかったけどね。

 恐らくリティアにいる間だけだと思うけれど、こうも息が詰まるような生活を続けては、嫌になるというものだ。

「はぁ……」

 お父様の過保護さに呆れる。決闘をしている時や、今まではこんな事はなかったんだけれど……やっぱり現在進行形で暗殺されかかっている事が原因なのかもしれない。メイドを買収して一服盛ってきたし、執事の一人と入れ替わって、夜中に直接殺しに来たこともあった。

 ガネラの一の日の夜からそんな感じなんだから、厳戒になるのも無理はないのだけれど……これじゃあ保護されているというよりも監視に近い。もしこれで毒が効くような身体をしていたら、毒見係が加わっていただろう。

「それにしても、なんで急に……」

 呟いた言葉に返してくれる人は誰もいない。それもそうだ。庭園は月明かりに照らされた花々が自己主張するように咲き誇ってるだけなのだから。
 いくら私が殺されかかっているとはいえ、普段のお父様なら、こんな事は絶対にしないはずだ。何か考えがあるんだろうけれど……それがわかる程、賢いわけでもないし、アルファスに帰ればこんな束縛はなくなるはずだ。それまではこの時間を楽しむだけで我慢しないとね。

 ……だけど、そんな時間すら邪魔をしてくる輩はいる。潜んで奇襲を仕掛ける系統じゃなくて、堂々と門がある方からやってくるのは褒めたくなってくるけれど。

「初めまして。こんな夜更けにどんなご用?」

 ちょっとかしこまった言い方をしながら、顔を覆い隠している黒いフードコートを着込んでいる男に話しかけてみるけれど――

「エールティア・リシュファス……貴殿の命を貰い受けに参りました」
「やたらと丁寧な上に潔いじゃない。暗殺者って言うより、殺し屋って感じね」

 結構軽口を叩いてはみたけれど、この男からはただならない気配を感じる……けれど、同時に妙な違和感もある。それがなんなのかはよくわからない。だけど、確かめる時間は与えてくれなさそうだ。

「せっかくだから、顔と名前を教えてくれない?」
「何を馬鹿な事を。今から死にゆく者にそれが必要か?」
「当たり前でしょう。墓標になんて刻めばいいかわからないじゃない」
「……何?」

 察しの悪い男だ。一から丁寧に説明してあげる必要があるなんてね。

「名を刻むことは重要よ。貴方生きていた証拠になるもの」
「ふっ、はっははは。拙者を殺すと。そう言いたいのか?」
「言わないと伝わらない程、頭が悪いわけでもない。でしょう?」

 いつも通り挑発したけれど、フードの男は動じていない。むしろ興味を持った視線で私を見てきた。

「殺そうとする者に対してそのような発言をするとはな。それも、現実を見ていない訳ではない。そのような胆力を見せられては、腕が鳴るというもの」
「そう。それで?」
「……我が名はシャラ。貴殿の首を所望する」

 黒いフードを取った男の顔は、見てわかる通り鬼人族だった。シャラという名前……何か気になる。昔、そういう名前を見たような気がするけれど……。

「さあ、いざ尋常に……」

 やはり答えを導き出す時間は与えてくれないみたいだ。鬼人族が良く使っている刀の柄に手を掛けて、ぐっと上体を低くする。雪雨ゆきさめのような大刀じゃないから、刀身が細いものな事はわかる。
 だけど……刀を抜いて迫るのと大差があるのだろうか?

「――勝負っっ!! 【首落しゅらく丸・弐式】よ。お前の獲物はここにあるっっっ!!」

 きちんと『勝負』まで言うのは律儀だと思うけれど、その分好感が持てる。
 銘を呼ばれた刀が、まるで目覚めたかのように脈動する。紫色の波動を放ったその瞬間――

 ――シャラの姿が紫の線を描き、その線を目で追うよりも早く、彼は私の目の前に出現した。

「――っ!」
「その首……貰ったぁっ!」

 刀を鞘から解き放ったシャラの動きは私の想像以上に素早い。思わず見惚れる程の動作に身動きする事も忘れ、抜き放たれたその刃が、私の首を確かに捉えるのを見つめて――

 ――一閃。

 首が落ちる光景を、最期に……頭を失った私の身体は、静かに倒れ伏して、動かなくなってしまった。
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