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195・謀略の使徒(???side)

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 セントラルの方ではガネラと言えば寒い時期の代名詞の一つだ。世界は水から全てが生まれ、穏やかな平和を謳歌し、少しずつ衰え、最後には冷たい氷の世界になる。そうして、また新しい命が生まれる――季節はそれを簡略化した物だと伝えられている。

 中肉中背のダークエルフ族の男は、それを馬鹿馬鹿しいと笑った。彼らにとって、世界は常に埋伏しなければならない物だったからだ。他種族に蔑まれ、まともに扱われる事はない。

 確かに、昔はかなり酷いこともしただろう。だがそれは、昔の話。今の自分達がこのような目に遭っている事は間違っている。世界を正常に戻さないといけない。

 そんな考えを持っている男は、今、ティリアースの中央都市リティアにいた。忌々しい聖黒族が治める国であり、様々な種族が自由を謳歌する国。そこにはダークエルフ族の居場所などなく、エルフ族に紛れ、暮らすことしかできない。
 今の彼もエルフ族の商人に身を扮しており、正体がバレないように細心の注意を払っていた。

(だが、その終わりも近い。もうすぐだ。もうすぐ……世界は俺達の物になる)

 暗い笑みが湧き上がるのを堪えて、彼が訪れたのは……エスリーア公爵の館だった。

「止まれ。この館に何の用だ」

 威圧するように声をかける魔人族の兵士は、訝しむような顔を男に向ける。だがそれも一瞬のことで、すぐに納得するような表情を浮かべていた。

「エスリーア公爵夫人様に御目通りを願いたいのですが……宜しいですか?」
「わかった。一応規則だから、証明書を見せてもらおうか」

 男が兵士に見せたのは、エスリーア公爵夫人直筆の証明書。男の身分を保証してくれる大切な物だった。

「これで構いませんか?」
「……よし、館の中に入って待っていろ。それと……」

 ちらりと兵士が男の後ろを覗き込むと、そこには
 顔をすっぽり覆い隠す程の黒いフードを被った何者かの姿があった。男の後ろに追従しているそれは、身長から考えて男のようだった。

「彼は公爵夫人様が欲しがっていた物ですよ。決してこの館で無礼を働く事はございません。信用できないのでしたらここで待っているように言い聞かせますが……」
「……いや、行ってもいい」

 兵士は逡巡した結果、引き止める事をやめた。もしここにフードの男を引き留めた事が公爵夫人の怒りに触れでもしたら……それを考えたら、迂闊な真似は出来なかった。

「そうですか。では」

 ダークエルフ族の男は軽く会釈をして中へと入っていった。迎えるように魔人族のメイドが頭を下げ、男を応接室へと案内をする。黙って付いて行った男は、迷う事なく設置されている立派なソファに身体を預けるように座る。
 フードの男はその後ろでただ立っているだけだった。物扱いされている者にとって、それが当たり前だと言うかのように。

 待っている間にメイドが持ってきたお茶で喉を潤したダークエルフ族の男は、まるで自分の家のようにくつろいでいた。
 やがて、応接室の扉が開いて、そこからお目当てのエスリーア公爵夫人が姿を現した。

「お久しぶりです。公爵夫人。ご機嫌は――と、これは聞くまでもありませんでしたか」
「当たり前の事を聞かないでちょうだい。それで……ソレが?」

 御託はいい――そう言うかのような顔で、エスリーア夫人はちらりと黒フードの男に視線を向けた。

「はい。力には力。そして……この男には確かなモノがある。私が保証しましょう」
「……そう。本当にこんなみすぼらしい輩が役に立つのかしら?」
「夫人が御心配になるのも無理からぬ話。誰の手の者かは知りませんが、いらぬ藪をつついてしまいましたからね」

 男が何かを見透かすようにエスリーア夫人を見つめるが、肝心の夫人は呆れたようにため息を吐くだけだった。

(この女が仕組んだのかと思ったが……それは浅慮だったかもな。よくよく考えれば、あんな足がつく事するわけないか。他人は動かしても、自分が動くことはない。そうやってきたんだろうしな)
「本当に、あのような愚かな真似をした者には制裁を加えないと。余計な疑いを掛けられては困りますもの」

 ほほほ、と笑う夫人に対して、よく言うもんだと男は呆れていた。やったことは稚拙だったが、結局はバレているかいないか……それくらいの違いでしかないのだから。

「しかし、それを利用しようというのは流石エスリーア公爵の心を掴んだ御方だけはあります」
「……褒めていると受け取ってあげる。それで、手筈は全て整えているのでしょうね?」
「はい。全て貴女様が望むままに。ほら、お前も挨拶をしなさい」

 ダークエルフ族の男に促されて、ようやく黒フードの男はその顔を覆い隠していたフードを取った。自らの種族を誇るかのように生えている一本の角。黒く長い髪を一つにまとめ、深い紫色の瞳を宿した細身の体は、余分な脂肪や筋肉を一切そぎ落としたように洗練されている。

「初めてお会い致します。拙者はシャラと申しまする。以後、お見知りおきを」

 黒フードの男――シャラは、丁寧な物腰でエスリーア夫人に挨拶をする。所作だけでも伝わってくる強者の振る舞い。だが、それは戦う者だからこそ感じるものだった。
 エスリーア夫人は、品定めするような視線をシャラに向け、頭の中でこれからの道筋を思い描き――その結果を想像しながらほくそ笑む。

 彼女は知らない。自分が相手にしようとしているものがどんなものなのか。頼りにしている者の力を貸す理由さえ。薄汚れた瞳では、それを見通すことが出来るはずもなかった。
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