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180・熱い二人のその裏(アルシェラside)
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エールティア達が鳥車で中央都市リティアに向かうのを見送ったアルシェラは、後ろを振り返って真剣な表情で手紙に目を落としていた。
それはラディンが人目も気にせずに抱き合いながら渡してきた物。エールティアに出来るだけ心配を掛けず、悟らせない為にこの方法を取ったのだが、二人とも満更でもなかったのは言うまでもないだろう。
「中央の人達も少しは大人しくしてくれていればいいのに……そうすれば、もう少しあの子と一緒に……」
深いため息を吐いて、無意味な事を言っていると割り切ったアルシェラは、ラディンから受け取った手紙について考える事にした。その中身は、中央で勢力拡大に勤しんでいるエスリーア公爵夫人が何かを仕掛けるために準備をしているという点と、港町アルファスの近くにあるヒュッヘル子爵が管理している領地――町に不審な動きが目立つという情報だった。
「商人の増加。それに混じってアルシアン卿の手の者が出入りして、町の防衛を固めている。何かしようとしている事が丸わかりね」
(だけどそれは向こうもわかっているはず。何も考えずに行動に移るような人達だったら、ラディンももっと楽に排除出来たはず。考えられるのは囮か。私か彼のどちらかをここに釘付けにする為か……)
言葉に出しながら頭の中で整理する。アルシェラの癖のようなものだった。
しばらく自問自答を繰り返していた彼女は、他の情報はないかと確認してから結論を出す事に決めた。周囲に人の姿が確認出来ないこと。魔導によって監視や盗聴をされていない事を確認して、そっと言葉を紡ぎ出した。
「フィンナ。いる?」
「ここにいるです」
アルシェラの呼び声一つでやってきたのは、軽装で動きやすそうな装束を身に着けた狐人族――それも、銀色の耳と尻尾の銀狐族だった。鬼人族の女性が巻いているサラシを下着として付けているが、それでも主張しているものがある美女だった。活発そうな顔立ちが、彼女の性格を表している。
「フォロウはちゃんとラディンについてる?」
「はいです。鳥車の影に潜んでるです」
「そう。あまり魔力を消費しすぎて疲れないようにね。それと……周辺の様子はどうだった?」
「吾が見た感じだと、微妙です。人の出入りは激しいですが、同じ人が服装を変えて出入りすることが多かったです。あ、あとあと、武器は持ってないけど、兵士みたいなのが旅人や一般人のフリしてたです」
フィンナの報告を頭の中で整理するアルシェラは一つの答えに辿り着いた。
「……どうやら、後者のようね。私とあの人――二人ともいなくなれば、アルファスに彼らの手の者が入り込んでいたのでしょうね」
「吾とフォーじゃないとあれはわからなかったです」
ふふん、と偉そうに胸を張るフィンナは、とてもではないが臣下の取る態度ではなかった。それをアルシェラが気にしていない事から、これが普段通りの出来事であることが窺い知れる。
「ありがとう。引き続き、ヒュッヘル子爵を監視してもらえる? それとアルファスの周辺にある町を治めてる方に手紙を送ってもらいたいの」
「はいです! その程度の事なら、吾におまかせです!」
楽勝だとでも言うかのように笑っているフィンナの事を、信頼するような目でアルシェラは見ていた。それだけの実力をフィンナは持っていると言えるだろう。
「それじゃあお願いね。フォロウとは連絡を密にして、リティアの状況が常にわかるようにしてちょうだい」
「はいです。定時連絡の時にこっちの事も使えるです?」
「……そうね。ラディンとは情報を共有するようにしてるから、お願い。だけど、決してエールティアに気付かれないようにしてね。あの子は結構鋭いところがあるから」
「それはいいですが、お嬢には教えなくてもいいです?」
「今はまだ、ね。あの子は優しいから。それにそろそろ継承権争いで忙しくなるでしょう? あまり些事に巻き込みたくないの」
アルファスに危機が迫りつつあるのを些事だと片付けるくらいには、アルシェラは修羅場慣れしていた。だからこそ、エールティアにはまだその世界には触れて欲しくなかったのだ。
子供の時にしか手に入らない物がある。大人になると失ってしまう物がある。だからこそ、多感なその時期を、大人達の汚い策謀で汚したくなかったという想いがあったからこそだ。
――もっとも、肝心のエールティアは、既に転生前にそういう汚い事に触れているのだが……そんなことはアルシェラの知るところではなかった。
いや、例え知っていたとしても同じことをしていただろう。彼女にとっては何にも代え難い大切な愛娘なのだから。
「わかったです。フォーにもきちんと伝えておくです」
「お願いね」
フィンナはそのまま、風のように消えてしまった。残ったのはいつもの穏やかな笑顔ではなく、エールティアには見せないほどの真剣な表情をしたアルシェラだけだった。
今まで水面下で動いていた事態が、一気に表に現れようとしている。エールティアが王位継承争いに参加する事をきっかけに巻き起こる嵐は、その勢いを増しながら、刻一刻と迫りつつあった。
それはラディンが人目も気にせずに抱き合いながら渡してきた物。エールティアに出来るだけ心配を掛けず、悟らせない為にこの方法を取ったのだが、二人とも満更でもなかったのは言うまでもないだろう。
「中央の人達も少しは大人しくしてくれていればいいのに……そうすれば、もう少しあの子と一緒に……」
深いため息を吐いて、無意味な事を言っていると割り切ったアルシェラは、ラディンから受け取った手紙について考える事にした。その中身は、中央で勢力拡大に勤しんでいるエスリーア公爵夫人が何かを仕掛けるために準備をしているという点と、港町アルファスの近くにあるヒュッヘル子爵が管理している領地――町に不審な動きが目立つという情報だった。
「商人の増加。それに混じってアルシアン卿の手の者が出入りして、町の防衛を固めている。何かしようとしている事が丸わかりね」
(だけどそれは向こうもわかっているはず。何も考えずに行動に移るような人達だったら、ラディンももっと楽に排除出来たはず。考えられるのは囮か。私か彼のどちらかをここに釘付けにする為か……)
言葉に出しながら頭の中で整理する。アルシェラの癖のようなものだった。
しばらく自問自答を繰り返していた彼女は、他の情報はないかと確認してから結論を出す事に決めた。周囲に人の姿が確認出来ないこと。魔導によって監視や盗聴をされていない事を確認して、そっと言葉を紡ぎ出した。
「フィンナ。いる?」
「ここにいるです」
アルシェラの呼び声一つでやってきたのは、軽装で動きやすそうな装束を身に着けた狐人族――それも、銀色の耳と尻尾の銀狐族だった。鬼人族の女性が巻いているサラシを下着として付けているが、それでも主張しているものがある美女だった。活発そうな顔立ちが、彼女の性格を表している。
「フォロウはちゃんとラディンについてる?」
「はいです。鳥車の影に潜んでるです」
「そう。あまり魔力を消費しすぎて疲れないようにね。それと……周辺の様子はどうだった?」
「吾が見た感じだと、微妙です。人の出入りは激しいですが、同じ人が服装を変えて出入りすることが多かったです。あ、あとあと、武器は持ってないけど、兵士みたいなのが旅人や一般人のフリしてたです」
フィンナの報告を頭の中で整理するアルシェラは一つの答えに辿り着いた。
「……どうやら、後者のようね。私とあの人――二人ともいなくなれば、アルファスに彼らの手の者が入り込んでいたのでしょうね」
「吾とフォーじゃないとあれはわからなかったです」
ふふん、と偉そうに胸を張るフィンナは、とてもではないが臣下の取る態度ではなかった。それをアルシェラが気にしていない事から、これが普段通りの出来事であることが窺い知れる。
「ありがとう。引き続き、ヒュッヘル子爵を監視してもらえる? それとアルファスの周辺にある町を治めてる方に手紙を送ってもらいたいの」
「はいです! その程度の事なら、吾におまかせです!」
楽勝だとでも言うかのように笑っているフィンナの事を、信頼するような目でアルシェラは見ていた。それだけの実力をフィンナは持っていると言えるだろう。
「それじゃあお願いね。フォロウとは連絡を密にして、リティアの状況が常にわかるようにしてちょうだい」
「はいです。定時連絡の時にこっちの事も使えるです?」
「……そうね。ラディンとは情報を共有するようにしてるから、お願い。だけど、決してエールティアに気付かれないようにしてね。あの子は結構鋭いところがあるから」
「それはいいですが、お嬢には教えなくてもいいです?」
「今はまだ、ね。あの子は優しいから。それにそろそろ継承権争いで忙しくなるでしょう? あまり些事に巻き込みたくないの」
アルファスに危機が迫りつつあるのを些事だと片付けるくらいには、アルシェラは修羅場慣れしていた。だからこそ、エールティアにはまだその世界には触れて欲しくなかったのだ。
子供の時にしか手に入らない物がある。大人になると失ってしまう物がある。だからこそ、多感なその時期を、大人達の汚い策謀で汚したくなかったという想いがあったからこそだ。
――もっとも、肝心のエールティアは、既に転生前にそういう汚い事に触れているのだが……そんなことはアルシェラの知るところではなかった。
いや、例え知っていたとしても同じことをしていただろう。彼女にとっては何にも代え難い大切な愛娘なのだから。
「わかったです。フォーにもきちんと伝えておくです」
「お願いね」
フィンナはそのまま、風のように消えてしまった。残ったのはいつもの穏やかな笑顔ではなく、エールティアには見せないほどの真剣な表情をしたアルシェラだけだった。
今まで水面下で動いていた事態が、一気に表に現れようとしている。エールティアが王位継承争いに参加する事をきっかけに巻き起こる嵐は、その勢いを増しながら、刻一刻と迫りつつあった。
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