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176・実力を測るは聖黒族
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館の外――門の内側には広い庭園が用意されている。身体を動かすには十分すぎる場所で、雪風は目を閉じて静かに精神を研ぎ澄ませていた。
「お父様、相手は誰がするのですか? まさか、ジュール?」
雪風の力が見たいとは言っていたけれど、誰も姿を現さない事に疑問を覚えた私は、思い切ってお父様に聞いてみた。すると――
「ん? ここにいるではないか。私があの子の力を見てあげるのだよ」
まるでそれが当たり前のことのように言ってたから、思わず呆けた顔をしてしまった。
「え、お、お父様が試すのですか? ですがそれは……!」
「はは、もしかして心配しているのかな。それとも……彼女の方が心配かな?」
お父様は悪戯に成功したような笑顔を浮かべて、ぽんぽんと私の頭を優しく撫でてくれた。
「安心なさい。お前の友達に本気でぶつかる訳ないだろう。軽く頭を撫でてあげるだけだから」
それだけ告げて、お父様は雪風のところに歩き出した。雪風の方も集中を解いて、静かにお父様と向かい合う。緊張とは無縁の表情をしているところを見ると、準備は万端のようだ。
「そういう訳で、君の実力を見るのはこの私だ。異論はないね?」
「勿論です。誉れ高い聖黒族の中でも、強者と謳われる貴方と刃を交える事が出来るのですから」
お父様は他人からそんな風に思われていたんだ……。知らない一面が知れて嬉しいけれど、今はそういう場合じゃないか。なにせ雪風は既に戦闘状態に入って、自分の腰に携えていた刀を抜き放っているのだから。
「残りの二本は使わないのかい?」
「これは本気で殺す時にのみ抜きなさいというのが父の教えです。僕――某は、貴方に認めてもらいに来たのですから、不要でしょう」
「はは、いいね。でも……」
軽く笑っていたお父様から放たれるプレッシャーは、尋常じゃないくらい重たい。魔王祭を経験していても、それが児戯に思えるくらいの圧力だ。
雪風は気圧されて一歩後ろに下がった。
「私と君とでは積んできた経験が違う。いつでも『殺し』に来なさい」
「――行きます!」
お父様の言葉を開始の合図と受け取ったのか、雪風は素早い動きで詰め寄って、煌めくような線を描いて刃を振るった。それに対して、お父様は全く動かずに一挙手一投足を眺めて――
「なるほど。刀を振るう筋は良い。まだまだ伸びしろがある」
一通り感想を述べたお父様は、軽く身体を後ろに下げるだけで雪風の攻撃を避けた。しかし雪風は冷静に刀を返して振り上げてきた。一つ一つに気合の乗った良い斬撃だ。雪雨のように荒々しい感じじゃなくて、真冬の澄んだ水を連想させるほどの鋭さを感じさせる。
なるほど。試験上位に入る程の実力なだけある。流石に拙さは残るけれど、それを加味しても鮮やかな太刀筋だ。それを紙一重でかわし続けるお父様と二人で剣舞でも舞っているように思える。
「中々に見事な太刀筋だ。若く真っ直ぐな刀で、見ていて飽きないが……それだけではな」
お父様はしばらく避け続けていたけれど……それに飽きたような顔で雪風の繰り出して斬撃を、指でつまむ様に受け止めていた。
「――っ!」
「雪風……と言ったな。君の太刀筋は些か素直すぎる。学生相手ではそれで十分だろう。だが、エールティアの護衛としては不合格だ」
一度引いて、体勢を整えようとしている雪風。だけどそんな彼女を嘲笑うかのようにお父様は、刀を手放すと同時に懐に潜り込む。
それに心を乱されて稚拙な攻撃を繰り出した雪風に対して、お父様は彼女の腕に手刀を叩きつけて中断させる。その隙に雪風の顎に向けて拳を突き出して……寸前で動きを止める。それだけでも風が流れるような圧を少し感じる。
「……ま――」
「『負けました』と言うのであれば、君をエールティアに仕えさせる訳にはいかないな。あの子はこれから幾多の困難とぶつかるだろう。その程度の腕ではむしろ足手まといにしかならない。素直に学業に専念しなさい」
優しく諭すような言い方だけれど、突き放しているようにも聞こえる。本当ならここで何か言った方あいいのかもしれない。だけど……お父様の気持ちも理解できる。
私は聖黒族で、このティリアースを受け継ぐ可能性を持つ王族の一人。この国の王は代々女性で、女王の子供が全員男だったから起こった事なんだけれど……。
当然後継者として他の候補と争い合う事になる。暗殺の類だって起こるかもしれない。もっと直接的な手段も……。
その時、今の雪風が私に付いて行けるかと言われれば、難しいと言うしかない。
「君の動き。技術。その鋭さ……十分に伝わってくる。だが、その程度の使い手ならばいくらでもいるだろう。もし本当に、あの子に仕える事が望みなのならば……君の全てを私に見せなさい」
「それが――僕は……」
雪風はお父様の拳を振り払って、距離を取る。そして刀を収めて、先程は使う事を躊躇った二つの刀に、迷わずに手を掛けた。
「僕は……必ずエールティア様の臣下となる! その為なら――この刀を託された時の誓い、今ここで果たす事になろうとも、厭いはしない!」
抜き放たれた刀は、その刀身が輝き、色合いを帯びている。右手に持つ一本は薄緑色。残った左手の一本は薄黄色をしていて、どこか儚くも艶のあるように思えた。
「ほう……やはり、君の持つ刀はその二つか。少しだけ、面白くなってきたじゃないか」
「僕に力を……力を貸して! 『風阿』! 『吽雷』!」
雪風の呼びかけに応えるかのように、二つの刀が脈動する。先程とはまるで違う。刀が違うだけでこうも変わるのかと思えるほどだ。
「雪風……」
雪風の本気がひしひしと伝わってくる。明らかに様子の違う彼女が放つプレッシャーを、お父様は平然と受け止めていた。今から……本当の意味での戦いが始まる。
「お父様、相手は誰がするのですか? まさか、ジュール?」
雪風の力が見たいとは言っていたけれど、誰も姿を現さない事に疑問を覚えた私は、思い切ってお父様に聞いてみた。すると――
「ん? ここにいるではないか。私があの子の力を見てあげるのだよ」
まるでそれが当たり前のことのように言ってたから、思わず呆けた顔をしてしまった。
「え、お、お父様が試すのですか? ですがそれは……!」
「はは、もしかして心配しているのかな。それとも……彼女の方が心配かな?」
お父様は悪戯に成功したような笑顔を浮かべて、ぽんぽんと私の頭を優しく撫でてくれた。
「安心なさい。お前の友達に本気でぶつかる訳ないだろう。軽く頭を撫でてあげるだけだから」
それだけ告げて、お父様は雪風のところに歩き出した。雪風の方も集中を解いて、静かにお父様と向かい合う。緊張とは無縁の表情をしているところを見ると、準備は万端のようだ。
「そういう訳で、君の実力を見るのはこの私だ。異論はないね?」
「勿論です。誉れ高い聖黒族の中でも、強者と謳われる貴方と刃を交える事が出来るのですから」
お父様は他人からそんな風に思われていたんだ……。知らない一面が知れて嬉しいけれど、今はそういう場合じゃないか。なにせ雪風は既に戦闘状態に入って、自分の腰に携えていた刀を抜き放っているのだから。
「残りの二本は使わないのかい?」
「これは本気で殺す時にのみ抜きなさいというのが父の教えです。僕――某は、貴方に認めてもらいに来たのですから、不要でしょう」
「はは、いいね。でも……」
軽く笑っていたお父様から放たれるプレッシャーは、尋常じゃないくらい重たい。魔王祭を経験していても、それが児戯に思えるくらいの圧力だ。
雪風は気圧されて一歩後ろに下がった。
「私と君とでは積んできた経験が違う。いつでも『殺し』に来なさい」
「――行きます!」
お父様の言葉を開始の合図と受け取ったのか、雪風は素早い動きで詰め寄って、煌めくような線を描いて刃を振るった。それに対して、お父様は全く動かずに一挙手一投足を眺めて――
「なるほど。刀を振るう筋は良い。まだまだ伸びしろがある」
一通り感想を述べたお父様は、軽く身体を後ろに下げるだけで雪風の攻撃を避けた。しかし雪風は冷静に刀を返して振り上げてきた。一つ一つに気合の乗った良い斬撃だ。雪雨のように荒々しい感じじゃなくて、真冬の澄んだ水を連想させるほどの鋭さを感じさせる。
なるほど。試験上位に入る程の実力なだけある。流石に拙さは残るけれど、それを加味しても鮮やかな太刀筋だ。それを紙一重でかわし続けるお父様と二人で剣舞でも舞っているように思える。
「中々に見事な太刀筋だ。若く真っ直ぐな刀で、見ていて飽きないが……それだけではな」
お父様はしばらく避け続けていたけれど……それに飽きたような顔で雪風の繰り出して斬撃を、指でつまむ様に受け止めていた。
「――っ!」
「雪風……と言ったな。君の太刀筋は些か素直すぎる。学生相手ではそれで十分だろう。だが、エールティアの護衛としては不合格だ」
一度引いて、体勢を整えようとしている雪風。だけどそんな彼女を嘲笑うかのようにお父様は、刀を手放すと同時に懐に潜り込む。
それに心を乱されて稚拙な攻撃を繰り出した雪風に対して、お父様は彼女の腕に手刀を叩きつけて中断させる。その隙に雪風の顎に向けて拳を突き出して……寸前で動きを止める。それだけでも風が流れるような圧を少し感じる。
「……ま――」
「『負けました』と言うのであれば、君をエールティアに仕えさせる訳にはいかないな。あの子はこれから幾多の困難とぶつかるだろう。その程度の腕ではむしろ足手まといにしかならない。素直に学業に専念しなさい」
優しく諭すような言い方だけれど、突き放しているようにも聞こえる。本当ならここで何か言った方あいいのかもしれない。だけど……お父様の気持ちも理解できる。
私は聖黒族で、このティリアースを受け継ぐ可能性を持つ王族の一人。この国の王は代々女性で、女王の子供が全員男だったから起こった事なんだけれど……。
当然後継者として他の候補と争い合う事になる。暗殺の類だって起こるかもしれない。もっと直接的な手段も……。
その時、今の雪風が私に付いて行けるかと言われれば、難しいと言うしかない。
「君の動き。技術。その鋭さ……十分に伝わってくる。だが、その程度の使い手ならばいくらでもいるだろう。もし本当に、あの子に仕える事が望みなのならば……君の全てを私に見せなさい」
「それが――僕は……」
雪風はお父様の拳を振り払って、距離を取る。そして刀を収めて、先程は使う事を躊躇った二つの刀に、迷わずに手を掛けた。
「僕は……必ずエールティア様の臣下となる! その為なら――この刀を託された時の誓い、今ここで果たす事になろうとも、厭いはしない!」
抜き放たれた刀は、その刀身が輝き、色合いを帯びている。右手に持つ一本は薄緑色。残った左手の一本は薄黄色をしていて、どこか儚くも艶のあるように思えた。
「ほう……やはり、君の持つ刀はその二つか。少しだけ、面白くなってきたじゃないか」
「僕に力を……力を貸して! 『風阿』! 『吽雷』!」
雪風の呼びかけに応えるかのように、二つの刀が脈動する。先程とはまるで違う。刀が違うだけでこうも変わるのかと思えるほどだ。
「雪風……」
雪風の本気がひしひしと伝わってくる。明らかに様子の違う彼女が放つプレッシャーを、お父様は平然と受け止めていた。今から……本当の意味での戦いが始まる。
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