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175・来襲、鬼人族
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魔王祭から帰って、お父様とお母様にしっかりと『ただいま』を伝えてから二日後。私は約束通り、雪風を館の中に招待していた。私に仕えたいと言ってくれている子がいるとお父様の方には話しているけれど、実際どうなるかはわからない。話は通したのだから、後は彼女次第だろう。
その肝心の雪風なんだけれど……やたらと緊張しているのか、表情が硬い。
わざわざ外で待ち合わせして、しばらく散策してから館の前まで来たのに、まるで効果がなかった。
「雪風、大丈夫? なんだったらまた別の日にでも……」
「いえ! 心配はござりませぬ! 某はいつもと同じ気持ちでありますゆえ!」
「言葉遣いがおかしな方向に行ってるじゃない」
夜もろくに眠れてないのか、少しクマが出来ている。それでも身だしなみは整えて来たようだけれど……袴姿で、雪桜花の昔の衣装って感じがすごく伝わってくる。
腰には右に一つ。左に二つの刀を携えているけれど、三本もどうやって使うのだろうか?
「……仕方ないわね。【リラクション】」
イメージは暖かい日差しに包まれ、心身共に清められていく感じ。発動と共に雪風の身体を穏やかな光が包んで――収まった頃には、すっきりした顔で雪風は目をパチパチとさせていた。
「お、おお……!」
「少しは落ち着いた?」
「はい。お陰様で、乱れていた心が安らぎました。今は波紋一つない程です!」
尊敬の念で見ている雪風の口調は、さっきまでと違って元の彼女に戻っていた。
「それで……その衣装は?」
「はい。古来から伝わる鬼人族の衣装です。武士たる男児が身に着ける装束だと聞いております」
「男児って……女の子なのに」
「僕は男として育てられてきましたから、こちらの方が正装で問題ありません」
それは初めて聞いた。多分、鬼人族の中でもかなり珍しいケースだろう。いや、こういうのがそう簡単に溢れていても困るけれど。
「僕の家は雪桜花ではそれなりに名が通った武家なのですが、どうしても男子が生まれなくてですね……。仕方なく、僕が男として育てられることになったという訳です」
「へぇ……そんな事情があったなんてね」
「そのおかげでエールティア様に出会えましたから、僕はなんの不満もないですけどね」
私がさっき使った魔導と、しばらく話し相手になったおかげか、もうすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「さて……それじゃあそろそろ行く?」
「はい。お願いします!」
雪風は気合十分、といった様子で頷いた。それをしっかりと確認した私は、館の中に入って、メイド達に適当に挨拶を交わしながら、まっすぐお父様がいらっしゃる書斎の方へと向かった。
「エールティア様は、いつもメイドの――下々の者と話をされておられるのですか?」
「……そうね。彼らも、無愛想な人に仕えるより、きちんと仕事をしてくれる人に感謝したり、愛想良く返事をしてくれる人に仕えた方が良いと思うから実践してるだけよ」
まあ、あくまで私だったらそう思うってだけなんだけどね。
「素晴らしい事だと思います。決して今の状況に満足せず、研鑽を積むその姿勢――流石エールティア様です!」
別に普通の事だったのに、まさかそう解釈されるとは思わなかった。前向きというか、美化しすぎというか……。
そんな事をしている内に、お父様の書斎に辿り着いて、私は軽くドアをノックした。
「入りなさい」
声が聞こえて入ると、相変わらず書類と向き合っているお父様の姿をがあった。
「失礼します」
「し、失礼いたします!」
本人と向かい合う事になったからか、雪風は緊張がぶり返したみたいな声を上げていた。
顔を上げたお父様は、出来る限り優しげな表情を浮かべていた。
「もうすぐ終わるから、そっちに掛けて待っていなさい」
促されるままソファに腰掛けた私達は、お父様の仕事が終わるのを待つ事にした。
身体を預けると、少し沈み込む柔らかなソファは、座っていて気持ちが良い……んだけど、隣で不安を覚えつつある雪風の表情を見ていると、そんな事を思っていない場合じゃなさそうだ。
しばらくして一通り整理がついたのか、とんとんと書類を合わせるような音が聞こえた。
「待たせたね。どうしても片付けておかないといけない案件があってね」
「い、いえ! こちらこそ、急に押し掛けるような真似をしてしまって――」
向かい合うように座ったお父様の顔を見て緊張したのか、声がうわずっていた。
それを微笑ましげに見ているお父様は、ゆっくりと手で制する。
「話はエールティアから聞いている。この子に仕えたい……そう思ってくれるのは親として嬉しい」
「で、では!」
「まあ待ちなさい。だが、私は君の事を何も知らない。桜咲家は武士の中でもそれなりの権力を持っており、代々の家長は何らかの武勇を挙げていることくらいか」
つらつらと並べ立てるそれは、私には全く聞き覚えのないものばかりだ。何も知らない……という割にはよく調べてる。相変わらず恐ろしい情報網の広さだ。
単体の力は圧倒的な私でも、お父様に恐ろしさを感じるのは、こういう面も大事にしているから……というのもある。
「でしたら……ぼ――某はどうすれば良いのですか?」
「なに、簡単な話だよ。君の実力を見せて欲しい。桜咲の名に恥じない武功を見せてくれたら、エールティアの家臣として、私も取り計らってあげよう。どうかな?」
試すようにお父様は雪風を見つめていたけれど、彼女の中ではそんな事、とうに決まっていた。
「わかりました。それがラディン閣下のお望みとあれば……この身体に宿る力、とくとご覧にいれましょう」
力強く頷く彼女の姿に、お父様は嬉しそうだった。久しぶりに元気の良い子に出会えて嬉しいだけなのかもしれないけど、まあ楽しそうなら別に良いか、
その肝心の雪風なんだけれど……やたらと緊張しているのか、表情が硬い。
わざわざ外で待ち合わせして、しばらく散策してから館の前まで来たのに、まるで効果がなかった。
「雪風、大丈夫? なんだったらまた別の日にでも……」
「いえ! 心配はござりませぬ! 某はいつもと同じ気持ちでありますゆえ!」
「言葉遣いがおかしな方向に行ってるじゃない」
夜もろくに眠れてないのか、少しクマが出来ている。それでも身だしなみは整えて来たようだけれど……袴姿で、雪桜花の昔の衣装って感じがすごく伝わってくる。
腰には右に一つ。左に二つの刀を携えているけれど、三本もどうやって使うのだろうか?
「……仕方ないわね。【リラクション】」
イメージは暖かい日差しに包まれ、心身共に清められていく感じ。発動と共に雪風の身体を穏やかな光が包んで――収まった頃には、すっきりした顔で雪風は目をパチパチとさせていた。
「お、おお……!」
「少しは落ち着いた?」
「はい。お陰様で、乱れていた心が安らぎました。今は波紋一つない程です!」
尊敬の念で見ている雪風の口調は、さっきまでと違って元の彼女に戻っていた。
「それで……その衣装は?」
「はい。古来から伝わる鬼人族の衣装です。武士たる男児が身に着ける装束だと聞いております」
「男児って……女の子なのに」
「僕は男として育てられてきましたから、こちらの方が正装で問題ありません」
それは初めて聞いた。多分、鬼人族の中でもかなり珍しいケースだろう。いや、こういうのがそう簡単に溢れていても困るけれど。
「僕の家は雪桜花ではそれなりに名が通った武家なのですが、どうしても男子が生まれなくてですね……。仕方なく、僕が男として育てられることになったという訳です」
「へぇ……そんな事情があったなんてね」
「そのおかげでエールティア様に出会えましたから、僕はなんの不満もないですけどね」
私がさっき使った魔導と、しばらく話し相手になったおかげか、もうすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「さて……それじゃあそろそろ行く?」
「はい。お願いします!」
雪風は気合十分、といった様子で頷いた。それをしっかりと確認した私は、館の中に入って、メイド達に適当に挨拶を交わしながら、まっすぐお父様がいらっしゃる書斎の方へと向かった。
「エールティア様は、いつもメイドの――下々の者と話をされておられるのですか?」
「……そうね。彼らも、無愛想な人に仕えるより、きちんと仕事をしてくれる人に感謝したり、愛想良く返事をしてくれる人に仕えた方が良いと思うから実践してるだけよ」
まあ、あくまで私だったらそう思うってだけなんだけどね。
「素晴らしい事だと思います。決して今の状況に満足せず、研鑽を積むその姿勢――流石エールティア様です!」
別に普通の事だったのに、まさかそう解釈されるとは思わなかった。前向きというか、美化しすぎというか……。
そんな事をしている内に、お父様の書斎に辿り着いて、私は軽くドアをノックした。
「入りなさい」
声が聞こえて入ると、相変わらず書類と向き合っているお父様の姿をがあった。
「失礼します」
「し、失礼いたします!」
本人と向かい合う事になったからか、雪風は緊張がぶり返したみたいな声を上げていた。
顔を上げたお父様は、出来る限り優しげな表情を浮かべていた。
「もうすぐ終わるから、そっちに掛けて待っていなさい」
促されるままソファに腰掛けた私達は、お父様の仕事が終わるのを待つ事にした。
身体を預けると、少し沈み込む柔らかなソファは、座っていて気持ちが良い……んだけど、隣で不安を覚えつつある雪風の表情を見ていると、そんな事を思っていない場合じゃなさそうだ。
しばらくして一通り整理がついたのか、とんとんと書類を合わせるような音が聞こえた。
「待たせたね。どうしても片付けておかないといけない案件があってね」
「い、いえ! こちらこそ、急に押し掛けるような真似をしてしまって――」
向かい合うように座ったお父様の顔を見て緊張したのか、声がうわずっていた。
それを微笑ましげに見ているお父様は、ゆっくりと手で制する。
「話はエールティアから聞いている。この子に仕えたい……そう思ってくれるのは親として嬉しい」
「で、では!」
「まあ待ちなさい。だが、私は君の事を何も知らない。桜咲家は武士の中でもそれなりの権力を持っており、代々の家長は何らかの武勇を挙げていることくらいか」
つらつらと並べ立てるそれは、私には全く聞き覚えのないものばかりだ。何も知らない……という割にはよく調べてる。相変わらず恐ろしい情報網の広さだ。
単体の力は圧倒的な私でも、お父様に恐ろしさを感じるのは、こういう面も大事にしているから……というのもある。
「でしたら……ぼ――某はどうすれば良いのですか?」
「なに、簡単な話だよ。君の実力を見せて欲しい。桜咲の名に恥じない武功を見せてくれたら、エールティアの家臣として、私も取り計らってあげよう。どうかな?」
試すようにお父様は雪風を見つめていたけれど、彼女の中ではそんな事、とうに決まっていた。
「わかりました。それがラディン閣下のお望みとあれば……この身体に宿る力、とくとご覧にいれましょう」
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