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174・ただいまとおかえり
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みんなの誘いを断って、私は歩き慣れた道をゆっくりと進みながら館の方に戻る。今はまだ陽が高いという事もあって、大人は一生懸命に汗を流して働いている姿が見えた。頑張っているそれを眩しく思っていると、気付いた向こうが手を振ってくれた。どうやら私の事を知っているみたいで、同じように手を振り返したら嬉しそうにしてくれていた。
なんだかこういうの、すごくいいなぁ……とか感じながら、景色を眺めるように道を歩く。こんなに緩やかに流れる時間を楽しむのは、いつぶりくらいだろう。知ってる街並み、知ってる人達。風。光……。
そのどれもがこんなにも輝いて見えるのは、それだけ非日常的な空間にいたってことなんだろう。
長く離れていたからこそ、改めてこんな時間の大切さを感じる。今まで慌ただしい時間を駆け抜けてきたのだから、偶には見慣れた場所で味わう景色を大切にしたい――そんな風に思いながら歩いていると、いつの間にか館に辿り着いていた。どうやら、私の感情と身体は全く別の事を考えていたらしい。
館の門には、いつものオーク族の男の人が立っていて、私の事を優しく迎え入れてくれた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ただいま。今日もお勤めご苦労様ね」
オーク族の門番に笑顔で手を振って、私は館の敷地内に入った。ちょうど庭師や掃除をしているメイドの子とも軽く挨拶を交わして、中に入ると――途端に飛びついてくる影が一人現れた。
「おかえりなさい! ティア様!」
慌ててジュールの身体を抱える、彼女の重さがダイレクトに伝わってくる。あまり重くないジュールは、私にした事に気づいて、慌てて私から離れて服の裾を直していた。
たったそれだけの事が懐かしくて、思わず頰が緩む。
「ジュール。ただいま」
「……! はい!」
たったそれだけのやり取り。だけれど、ジュールは感極まったような顔で喜びを表現していた。まるで主人の帰りを今か今かと待ち侘びていた子犬みたいで可愛い。
「さ、早くラディン様とアルシェラ様のところへ行きましょう。お二人とも、ティア様が帰られるのを待っておられたんですよ」
手を引っ張ろうとする素振りを見せて、慌てて引っ込めて体裁を取り繕うジュールの後ろを静かについていく。
その間にも、他の仕事をしているメイドの姿を見かけるから、いつも通り挨拶を交わしながら……辿り着いたのはお父様の執務室がある場所だった。
「ラディン様! エールティア様が戻られました!」
うきうきする気持ちを抑えようとしているのはわかるけれど、もう少し落ち着いた方がいいんじゃないのかな?
「わかっている。先程から騒がしい声が聞こえてくるのだからな」
暗にジュールがちょっと煩いと言いながら、お父様は苦笑いと共に出迎えてくれた。
「お父様、ただいま戻りました」
「おかえり、エールティア。魔王祭は楽しかったかい?」
「はい。見るもの全てが新鮮で、ベルン王子やアルフ皇子とも知り合いになる事ができました」
「それは良かった。シルケットもドラゴナルも、我がティリアースの友好国だからな。魔王祭に乱入するような真似は慎みなさい」
優しくも鋭い視線に、ライニーとの決闘が全て筒抜けになっている事を悟った。ベルーザ先生の仕業なのはわかってるんだけれど、今いない人を責める事なんて出来ない。仕方ない……叱責なら甘んじてあげよう。
「申し訳ありません。全ては――」
「……別に怒るつもりはないから、安心なさい」
私の顔に苦笑いを浮かべながら、お父様は手紙を二つ見せてきた。一つはシャケル王で、もう一つはレアルーブ皇帝の名前と国家の紋章が刻まれた手紙だった。
「それは……?」
「二国からの正式な謝礼状だ。お前がしてきた事に対する礼と、今後何かあった時、必ず力になると一文が添えられている」
まさかそんな物が届いているなんて夢にも思わなかったけれど……なんでレアルーブ皇帝まで送ってくるのかがわからない。アルフに対しては何もしてなかったはずだけど……。
「なんで皇帝まで……」
「こちらはレイアと呼ばれる黒竜人族を側に置いている事。アルフ皇子がベルン王子の仇を取ろうとしていたのを止めてくれた事に対しての感謝が綴られていたよ。全く……これでは鼻が高くて怒れもしない」
そんな事でこんな仰々しい物を送ってくるとは思わなかったけれど、結果的にお父様から怒られる事がなくなってほっとした。
「エールティア。お前の事だ。何の理由もなく決闘を挑むなんて事はしないだろう。だけれど、お前は私にとって、大切な家族なのだ。あまり心配を掛けさせないでおくれ」
「……お父様」
心に響く、というのはこういうのを言うんだろう。あまり心配を掛けてはいけない……そう思ってはいても、私の事をこんなにも気に掛けてくれる人の存在が嬉しかった。
「さ、お母様にも姿を見せてあげなさい」
「はい!」
私の居場所はやっぱり両親のいるこの館で、慣れ親しんだアルファスの港町なんだと再確認出来た。
――本当に帰ってきた。その実感が心の中に染み込んで、どうしようもなく嬉しかった。
なんだかこういうの、すごくいいなぁ……とか感じながら、景色を眺めるように道を歩く。こんなに緩やかに流れる時間を楽しむのは、いつぶりくらいだろう。知ってる街並み、知ってる人達。風。光……。
そのどれもがこんなにも輝いて見えるのは、それだけ非日常的な空間にいたってことなんだろう。
長く離れていたからこそ、改めてこんな時間の大切さを感じる。今まで慌ただしい時間を駆け抜けてきたのだから、偶には見慣れた場所で味わう景色を大切にしたい――そんな風に思いながら歩いていると、いつの間にか館に辿り着いていた。どうやら、私の感情と身体は全く別の事を考えていたらしい。
館の門には、いつものオーク族の男の人が立っていて、私の事を優しく迎え入れてくれた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ただいま。今日もお勤めご苦労様ね」
オーク族の門番に笑顔で手を振って、私は館の敷地内に入った。ちょうど庭師や掃除をしているメイドの子とも軽く挨拶を交わして、中に入ると――途端に飛びついてくる影が一人現れた。
「おかえりなさい! ティア様!」
慌ててジュールの身体を抱える、彼女の重さがダイレクトに伝わってくる。あまり重くないジュールは、私にした事に気づいて、慌てて私から離れて服の裾を直していた。
たったそれだけの事が懐かしくて、思わず頰が緩む。
「ジュール。ただいま」
「……! はい!」
たったそれだけのやり取り。だけれど、ジュールは感極まったような顔で喜びを表現していた。まるで主人の帰りを今か今かと待ち侘びていた子犬みたいで可愛い。
「さ、早くラディン様とアルシェラ様のところへ行きましょう。お二人とも、ティア様が帰られるのを待っておられたんですよ」
手を引っ張ろうとする素振りを見せて、慌てて引っ込めて体裁を取り繕うジュールの後ろを静かについていく。
その間にも、他の仕事をしているメイドの姿を見かけるから、いつも通り挨拶を交わしながら……辿り着いたのはお父様の執務室がある場所だった。
「ラディン様! エールティア様が戻られました!」
うきうきする気持ちを抑えようとしているのはわかるけれど、もう少し落ち着いた方がいいんじゃないのかな?
「わかっている。先程から騒がしい声が聞こえてくるのだからな」
暗にジュールがちょっと煩いと言いながら、お父様は苦笑いと共に出迎えてくれた。
「お父様、ただいま戻りました」
「おかえり、エールティア。魔王祭は楽しかったかい?」
「はい。見るもの全てが新鮮で、ベルン王子やアルフ皇子とも知り合いになる事ができました」
「それは良かった。シルケットもドラゴナルも、我がティリアースの友好国だからな。魔王祭に乱入するような真似は慎みなさい」
優しくも鋭い視線に、ライニーとの決闘が全て筒抜けになっている事を悟った。ベルーザ先生の仕業なのはわかってるんだけれど、今いない人を責める事なんて出来ない。仕方ない……叱責なら甘んじてあげよう。
「申し訳ありません。全ては――」
「……別に怒るつもりはないから、安心なさい」
私の顔に苦笑いを浮かべながら、お父様は手紙を二つ見せてきた。一つはシャケル王で、もう一つはレアルーブ皇帝の名前と国家の紋章が刻まれた手紙だった。
「それは……?」
「二国からの正式な謝礼状だ。お前がしてきた事に対する礼と、今後何かあった時、必ず力になると一文が添えられている」
まさかそんな物が届いているなんて夢にも思わなかったけれど……なんでレアルーブ皇帝まで送ってくるのかがわからない。アルフに対しては何もしてなかったはずだけど……。
「なんで皇帝まで……」
「こちらはレイアと呼ばれる黒竜人族を側に置いている事。アルフ皇子がベルン王子の仇を取ろうとしていたのを止めてくれた事に対しての感謝が綴られていたよ。全く……これでは鼻が高くて怒れもしない」
そんな事でこんな仰々しい物を送ってくるとは思わなかったけれど、結果的にお父様から怒られる事がなくなってほっとした。
「エールティア。お前の事だ。何の理由もなく決闘を挑むなんて事はしないだろう。だけれど、お前は私にとって、大切な家族なのだ。あまり心配を掛けさせないでおくれ」
「……お父様」
心に響く、というのはこういうのを言うんだろう。あまり心配を掛けてはいけない……そう思ってはいても、私の事をこんなにも気に掛けてくれる人の存在が嬉しかった。
「さ、お母様にも姿を見せてあげなさい」
「はい!」
私の居場所はやっぱり両親のいるこの館で、慣れ親しんだアルファスの港町なんだと再確認出来た。
――本当に帰ってきた。その実感が心の中に染み込んで、どうしようもなく嬉しかった。
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