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169・郷愁の思い
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長かった魔王祭が終わった今、私達がこの国に留まる理由は無くなった。ドラグニカの街並みも良かったけれど、やっぱり私は生まれ育ったあの町――アルファスの方が好きだ。
あの身体中に感じる潮風が、無性に恋しくなる。これが郷愁だとするならば、ものすごく貴重な体験をしているように思うけど。
そんな事を思いながら食堂の方に足を踏み入れると、既にみんながわいわい騒ぎながら食事をしていた。
「あー、やっと帰れるね。私、久しぶりに新鮮なお刺身が食べたくなってきた」
「え……あんな生肉食べるのかよ……」
「生肉じゃないよ。生魚だよ」
「はん、魚の肉っていうじゃねえか。どっちも変わんねえよ。火が通ってない食べ物なんて、俺は認めねえからな」
リュネーが刺身の事を想像したのか、ごくりと喉を鳴らすと、フォルスがげんなりした表情でそれを否定した。
私も好きだけどなぁ……時期によって取れる魚が違うから、色んな味が楽しめる。
「今だったら……そろそろドラフィシルが漁れる時期ね」
「あー、去年は大漁だって聞いたよ。年々漁獲量が増えていってるから、本当に嬉しいよ」
ドラフィシルは蛇の頭に魚の体を持つ生き物で、澄んだ銀色の鱗を持つ魚だ。中の身も、白を帯びた銀が美しくてすごく美味しい。遥か昔には五つの魚群が二年周期でディトリア(現アルファス)にやってきたそうだけれど、養殖に成功したおかげで、現在では毎年食べられる魚になっている。ただ……養殖物は少し鈍い銀色で、味が少し落ちるらしい。
「増えてるって言っても、養殖物だろ? あれも美味いけどさぁ……はっきり言って、天然物は段違いだぞ。舌が溶けるかと思った」
「そんなの、比べる方がおかしいよ。でも、気持ちはわかるけどね。年々味も上がってるらしいけど、それでもねー」
生魚の話で嫌そうにしてたフォルスだけど、魚自体は好きみたいで、リュネーと楽しそうに話していた。それを見ながら、ウォルカの方は疲れたような表情でこっちにふらふら飛んでくる。
「大丈夫?」
「あ、ああ。うん……食べ物の話をするのは良いんだけど、僕にまで振らないで欲しいんだよね。リーティファ学園が懐かしいって気持ちはわかるから、無下に出来なくてさ」
私の肩の方でふよふよと佇んでいるウォルカは、ため息一つついて休憩していた。それを聞いて、なんで彼が疲れているか納得した。
妖精族というのは、基本的にフーロエルの花蜜を舐めていれば生きていける。あれは妖精族にとっての万能食材で、たっぷりと内包された魔力がたまらなく美味しい。
もちろん、普通の食事を摂取する事は可能だけれど……私達のように動物性の肉を食べると、体調を崩してしまうとか。
妖精族の大きい方だと、同じように食事できるらしいけれど、小さい方は本当に無理だと聞いたことがある。ただ、ミルクや卵は体に合った量なら大丈夫だから、甘い物はいいらしい。
「お疲れ様。少し何か飲む?」
「いや、今はいいかな。それより、僕に話が振られたら、なんとかしてくれると嬉しいよ」
「しょうがないわね」
最初からそのつもりでこっちに来たくせに……なんて少し呆れたけれど、この手の話が苦手なのは仕方のない事だしね。
「おはよう、みんな」
「あ、ティアちゃん! おはよー!」
みんな挨拶を返してくれて、まるで示し合わせたように中心の席を空けてくれた。その隣にはレイアと雪風。
リュネーはまだフォルスと話している最中だった。
「そういえば、金色のドラフィシルってのもいるって聞いたけど……エールティアは知ってるか?」
「ええ。いつも食べてるのとは格段に違って、とても美味しかったわね。楽園の食べ物だと言われたら、迷わず信じてしまうくらいにね」
つい普通に答えてしまって、あ……と気付いてしまった。金色のドラフィシルなんて滅多に見ない。という事は、かなり珍しい存在のはず……。
「さらっと言いやがったな。つい毎年食べてるんじゃないかと思って羨ましくなっちまったぜ」
「金色のドラフィシルは天然物の中でも本当に珍しいから、毎年食べるなんて出来ませんよ」
「わかってるさ。でも羨ましいよなぁ……」
フォルスが茶化しているのを、雪風が冷静に返す。少し前までは想像もつかなかったことだけれど、今ではこんなにも馴染んでる。こんな当たり前も、もうまもなく終わりだと思うと……少し寂しくなってくる。
「それにしても……もうそんな時期になるのね」
ドラフィシルはルスピラ――その年の最後の月が時期だ。今がパトオラの終わり。そろそろズーラも始まるから、後一月というところだ。今年ももうすぐ終わる。そう考えたら一年と言うのは意外とあっという間なのかもしれない。
「エールティア殿下。それとリーティファ学園のみんな。おはよう」
「おはようにゃー」
和気あいあいとしながら食事を楽しんでいると、アルフがベルンと一緒に現れた。
「お兄様、もう大丈夫なの?」
「うん。おかげさまでにゃー。エールティア殿下にも迷惑かけたにゃー」
「別に構わないわ。それで……こんな朝に、今日はどうしたの?」
「魔王祭も終わった。後は学園に帰るだけだろうと思ってね。お別れの挨拶をしにきたんだよ」
ベルンが元に戻ったからだろう。いつもの口調で接してくれるようになったアルフが、朗らかな顔で律儀な事を言っていた。その為だけにわざわざ来てくれるなんて、ベルンを助けて以降、彼の好感度がどんどん高くなっているような気がする。その分、レイアが負けじと闘志を燃やしているのが困ったところだけれど……こればっかりは二人の問題になるし、仕方のない事なのかもしれない。
あの身体中に感じる潮風が、無性に恋しくなる。これが郷愁だとするならば、ものすごく貴重な体験をしているように思うけど。
そんな事を思いながら食堂の方に足を踏み入れると、既にみんながわいわい騒ぎながら食事をしていた。
「あー、やっと帰れるね。私、久しぶりに新鮮なお刺身が食べたくなってきた」
「え……あんな生肉食べるのかよ……」
「生肉じゃないよ。生魚だよ」
「はん、魚の肉っていうじゃねえか。どっちも変わんねえよ。火が通ってない食べ物なんて、俺は認めねえからな」
リュネーが刺身の事を想像したのか、ごくりと喉を鳴らすと、フォルスがげんなりした表情でそれを否定した。
私も好きだけどなぁ……時期によって取れる魚が違うから、色んな味が楽しめる。
「今だったら……そろそろドラフィシルが漁れる時期ね」
「あー、去年は大漁だって聞いたよ。年々漁獲量が増えていってるから、本当に嬉しいよ」
ドラフィシルは蛇の頭に魚の体を持つ生き物で、澄んだ銀色の鱗を持つ魚だ。中の身も、白を帯びた銀が美しくてすごく美味しい。遥か昔には五つの魚群が二年周期でディトリア(現アルファス)にやってきたそうだけれど、養殖に成功したおかげで、現在では毎年食べられる魚になっている。ただ……養殖物は少し鈍い銀色で、味が少し落ちるらしい。
「増えてるって言っても、養殖物だろ? あれも美味いけどさぁ……はっきり言って、天然物は段違いだぞ。舌が溶けるかと思った」
「そんなの、比べる方がおかしいよ。でも、気持ちはわかるけどね。年々味も上がってるらしいけど、それでもねー」
生魚の話で嫌そうにしてたフォルスだけど、魚自体は好きみたいで、リュネーと楽しそうに話していた。それを見ながら、ウォルカの方は疲れたような表情でこっちにふらふら飛んでくる。
「大丈夫?」
「あ、ああ。うん……食べ物の話をするのは良いんだけど、僕にまで振らないで欲しいんだよね。リーティファ学園が懐かしいって気持ちはわかるから、無下に出来なくてさ」
私の肩の方でふよふよと佇んでいるウォルカは、ため息一つついて休憩していた。それを聞いて、なんで彼が疲れているか納得した。
妖精族というのは、基本的にフーロエルの花蜜を舐めていれば生きていける。あれは妖精族にとっての万能食材で、たっぷりと内包された魔力がたまらなく美味しい。
もちろん、普通の食事を摂取する事は可能だけれど……私達のように動物性の肉を食べると、体調を崩してしまうとか。
妖精族の大きい方だと、同じように食事できるらしいけれど、小さい方は本当に無理だと聞いたことがある。ただ、ミルクや卵は体に合った量なら大丈夫だから、甘い物はいいらしい。
「お疲れ様。少し何か飲む?」
「いや、今はいいかな。それより、僕に話が振られたら、なんとかしてくれると嬉しいよ」
「しょうがないわね」
最初からそのつもりでこっちに来たくせに……なんて少し呆れたけれど、この手の話が苦手なのは仕方のない事だしね。
「おはよう、みんな」
「あ、ティアちゃん! おはよー!」
みんな挨拶を返してくれて、まるで示し合わせたように中心の席を空けてくれた。その隣にはレイアと雪風。
リュネーはまだフォルスと話している最中だった。
「そういえば、金色のドラフィシルってのもいるって聞いたけど……エールティアは知ってるか?」
「ええ。いつも食べてるのとは格段に違って、とても美味しかったわね。楽園の食べ物だと言われたら、迷わず信じてしまうくらいにね」
つい普通に答えてしまって、あ……と気付いてしまった。金色のドラフィシルなんて滅多に見ない。という事は、かなり珍しい存在のはず……。
「さらっと言いやがったな。つい毎年食べてるんじゃないかと思って羨ましくなっちまったぜ」
「金色のドラフィシルは天然物の中でも本当に珍しいから、毎年食べるなんて出来ませんよ」
「わかってるさ。でも羨ましいよなぁ……」
フォルスが茶化しているのを、雪風が冷静に返す。少し前までは想像もつかなかったことだけれど、今ではこんなにも馴染んでる。こんな当たり前も、もうまもなく終わりだと思うと……少し寂しくなってくる。
「それにしても……もうそんな時期になるのね」
ドラフィシルはルスピラ――その年の最後の月が時期だ。今がパトオラの終わり。そろそろズーラも始まるから、後一月というところだ。今年ももうすぐ終わる。そう考えたら一年と言うのは意外とあっという間なのかもしれない。
「エールティア殿下。それとリーティファ学園のみんな。おはよう」
「おはようにゃー」
和気あいあいとしながら食事を楽しんでいると、アルフがベルンと一緒に現れた。
「お兄様、もう大丈夫なの?」
「うん。おかげさまでにゃー。エールティア殿下にも迷惑かけたにゃー」
「別に構わないわ。それで……こんな朝に、今日はどうしたの?」
「魔王祭も終わった。後は学園に帰るだけだろうと思ってね。お別れの挨拶をしにきたんだよ」
ベルンが元に戻ったからだろう。いつもの口調で接してくれるようになったアルフが、朗らかな顔で律儀な事を言っていた。その為だけにわざわざ来てくれるなんて、ベルンを助けて以降、彼の好感度がどんどん高くなっているような気がする。その分、レイアが負けじと闘志を燃やしているのが困ったところだけれど……こればっかりは二人の問題になるし、仕方のない事なのかもしれない。
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