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165・形なき敗北(ガルドラside)
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ガルドラは目の前で繰り広げられている光景に愕然としていた。ライニーは性格には難がある。だが、それを補って余りある程の魔力と実力を見せてくれたのだ。今まで実力を隠していたライニーは、最初の予想を裏切るような結果を残した。今回の魔王祭で優勝候補筆頭の一人だったベルンを圧倒したその姿は、正しく強者として相応しいものだった。
――そう、先程までは。
「なんで……なんでなんでなんで!!」
「子供のように騒がないで。鬱陶しいから」
だんだんと地団駄を踏むライニーには、最初の余裕なんて微塵も感じない程、焦りを剥き出しにしていた。しかしそれも無理からぬ話だ。彼女の魔導のことごとくが、エールティアの手によって相殺されているからだ。彼女の中で二番目に強い魔導である【フィンブル・ネーヴェ】をも容易く防いでしまう。
それも本気でぶつかり合って……という訳ではない。エールティアがライニーの放つ魔導に威力を合わせて、だ。
通常、拮抗した実力の者同士で戦った場合、互いに相殺しきれずにダメージを負う事になる事も多い。完璧に同じ等という事はあり得ないからだ。
ただ相殺するだけの魔導を放ち続け、精神的な疲労のみで済ませるその技術は、圧倒的な差がなければ不可能ともいえる。そしてそれはエールティアとライニーの実力の差を明確に示していた。
今もなお抵抗を続けるライニーに対し、エールティアは最小限の攻めを繰り返し、それ以上の事はしない。その様子は、まるで大人が子供の遊びに付き合っているようにも見えた。
最初はエールティアの濃密な殺気によって静かになっていた会場も、度重なる魔導の相殺合戦によって声が戻ってくる。戸惑う者もいるが、それ以上にベルンを圧倒したはずのライニーを、赤子のように扱うエールティアへの興味が強い者が多かった。
「ガルちゃん、あの子……すごく強いね」
「……そうだな」
月並みな言葉を漏らしながら呆然と今なお行われている魔導の相殺を眺めながら、ガルドラはある話を思い出していた。
それは竜人族の間で伝わる古い物語。『聖黒族を決して怒らせてはならない』という教訓だ。
かつて竜人族を治めたレイクラド王が遺した戒めの言葉だったが……ガルドラは昔話程度にしか思っていなかった。
確かに現在に至っても聖黒族は最強の種族と言っても過言ではない。老いることもなく、常に絶頂期であり続ける彼らは、溢れる魔力と恵まれた身体能力を兼ね備えていた。
太古の昔に一度絶滅した彼らは、隔世遺伝――先祖返りによって復活を遂げ、今また繁栄を築き上げているのがその証拠とも言えるだろう。
だが……複数の国が同盟を結び、その全てが聖黒族の国に向かえば? そうじゃなくても大軍で一気に攻め込めば、なんとかなる程度の種族であると考えていた。
しかしエールティアの戦い方を見て、ガルドラは考えを改めざるを得なかった。
ライニーと互角に渡り合っている事……にではない。もちろん、余裕を見せながらライニーを翻弄するエールティアの姿は目を見張るものがあるが、それ以上に彼女が相殺する為に使っている魔導。その大半が広範囲に影響を及ぼすものばかりだったからだ。
手加減されているとはいえ、そのどれもが下手をすれば、一個中隊ぐらい片手であしらえる程の威力を持っていると推測できた。
(これが『聖黒族』の正しき強さ、か。恐ろしいものだ。我が目で見てもなお、底の見えぬ深さを感じる。今の女王はティファリス・リーティアスの再来とも呼ばれているが、あの者こそがまさしく『再来』と呼ぶに相応しいだろう。かの王が遺した言葉の意味が、今ならよくわかる。これは……敵に回して良いものではない)
寄り添う者には祝福を。牙を剥く者には絶望を。
ライニーに悪いと思いながらも、ガルドラは心から感謝していた。本物の……真の聖黒族の深淵を垣間見る事が出来たという事実に。敵対者がどのように扱われるか知り、自らにそれらが向かう事がない現実に。
(今ならばわかる。竜の血を純粋に洗練させた黒竜人族が、竜の血を引かない他種族との混血を嫌うか。正しく始祖フレイアールの血を引く者にとって、聖黒族と呼ばれる種族が、崇拝の対象になっている事が)
ライニーをあしらう程度であれば、ガルドラ自身でも可能だろう。彼にはそれだけの実力があるし、この世界で強者と呼ぶに相応しいからこそ、決闘委員会でも上位の存在である事が出来る。
だからこそ……他者の強さをはっきりと測れるからこそ、自分とエールティアの差を思い知ってしまった。
この闘技場で、真にエールティアの実力を感じ取ったのは彼のみであったことが不幸中の幸いだろう。だからこそ、外側を取り繕う事が出来たのだから。
しかし、ガルドラは戦わずして敗北してしまった。エールティアの戦い―戯れ―を見て、心が折れてしまった。
自らに誇りを持つ竜人族の同胞が知れば、軟弱だと罵るだろう。しかし、圧倒的強者に逆らう事はただの愚者のする事であり、蛮勇にも劣る行為である事をガルドラは知っていた。
真に賢き者ならば、強者の特性を見定めて付き合うものだと。そう思うからこそ、ガルドラは己になんら恥を感じることはなかった。心が折れてしまうと同時に、エールティアがどこまで行けるか。どれほどの頂まで辿り着けるか……この目で見てみたくなったからだ。
それは……圧倒的な強さに惹かれてしまった者の宿命だった。
――そう、先程までは。
「なんで……なんでなんでなんで!!」
「子供のように騒がないで。鬱陶しいから」
だんだんと地団駄を踏むライニーには、最初の余裕なんて微塵も感じない程、焦りを剥き出しにしていた。しかしそれも無理からぬ話だ。彼女の魔導のことごとくが、エールティアの手によって相殺されているからだ。彼女の中で二番目に強い魔導である【フィンブル・ネーヴェ】をも容易く防いでしまう。
それも本気でぶつかり合って……という訳ではない。エールティアがライニーの放つ魔導に威力を合わせて、だ。
通常、拮抗した実力の者同士で戦った場合、互いに相殺しきれずにダメージを負う事になる事も多い。完璧に同じ等という事はあり得ないからだ。
ただ相殺するだけの魔導を放ち続け、精神的な疲労のみで済ませるその技術は、圧倒的な差がなければ不可能ともいえる。そしてそれはエールティアとライニーの実力の差を明確に示していた。
今もなお抵抗を続けるライニーに対し、エールティアは最小限の攻めを繰り返し、それ以上の事はしない。その様子は、まるで大人が子供の遊びに付き合っているようにも見えた。
最初はエールティアの濃密な殺気によって静かになっていた会場も、度重なる魔導の相殺合戦によって声が戻ってくる。戸惑う者もいるが、それ以上にベルンを圧倒したはずのライニーを、赤子のように扱うエールティアへの興味が強い者が多かった。
「ガルちゃん、あの子……すごく強いね」
「……そうだな」
月並みな言葉を漏らしながら呆然と今なお行われている魔導の相殺を眺めながら、ガルドラはある話を思い出していた。
それは竜人族の間で伝わる古い物語。『聖黒族を決して怒らせてはならない』という教訓だ。
かつて竜人族を治めたレイクラド王が遺した戒めの言葉だったが……ガルドラは昔話程度にしか思っていなかった。
確かに現在に至っても聖黒族は最強の種族と言っても過言ではない。老いることもなく、常に絶頂期であり続ける彼らは、溢れる魔力と恵まれた身体能力を兼ね備えていた。
太古の昔に一度絶滅した彼らは、隔世遺伝――先祖返りによって復活を遂げ、今また繁栄を築き上げているのがその証拠とも言えるだろう。
だが……複数の国が同盟を結び、その全てが聖黒族の国に向かえば? そうじゃなくても大軍で一気に攻め込めば、なんとかなる程度の種族であると考えていた。
しかしエールティアの戦い方を見て、ガルドラは考えを改めざるを得なかった。
ライニーと互角に渡り合っている事……にではない。もちろん、余裕を見せながらライニーを翻弄するエールティアの姿は目を見張るものがあるが、それ以上に彼女が相殺する為に使っている魔導。その大半が広範囲に影響を及ぼすものばかりだったからだ。
手加減されているとはいえ、そのどれもが下手をすれば、一個中隊ぐらい片手であしらえる程の威力を持っていると推測できた。
(これが『聖黒族』の正しき強さ、か。恐ろしいものだ。我が目で見てもなお、底の見えぬ深さを感じる。今の女王はティファリス・リーティアスの再来とも呼ばれているが、あの者こそがまさしく『再来』と呼ぶに相応しいだろう。かの王が遺した言葉の意味が、今ならよくわかる。これは……敵に回して良いものではない)
寄り添う者には祝福を。牙を剥く者には絶望を。
ライニーに悪いと思いながらも、ガルドラは心から感謝していた。本物の……真の聖黒族の深淵を垣間見る事が出来たという事実に。敵対者がどのように扱われるか知り、自らにそれらが向かう事がない現実に。
(今ならばわかる。竜の血を純粋に洗練させた黒竜人族が、竜の血を引かない他種族との混血を嫌うか。正しく始祖フレイアールの血を引く者にとって、聖黒族と呼ばれる種族が、崇拝の対象になっている事が)
ライニーをあしらう程度であれば、ガルドラ自身でも可能だろう。彼にはそれだけの実力があるし、この世界で強者と呼ぶに相応しいからこそ、決闘委員会でも上位の存在である事が出来る。
だからこそ……他者の強さをはっきりと測れるからこそ、自分とエールティアの差を思い知ってしまった。
この闘技場で、真にエールティアの実力を感じ取ったのは彼のみであったことが不幸中の幸いだろう。だからこそ、外側を取り繕う事が出来たのだから。
しかし、ガルドラは戦わずして敗北してしまった。エールティアの戦い―戯れ―を見て、心が折れてしまった。
自らに誇りを持つ竜人族の同胞が知れば、軟弱だと罵るだろう。しかし、圧倒的強者に逆らう事はただの愚者のする事であり、蛮勇にも劣る行為である事をガルドラは知っていた。
真に賢き者ならば、強者の特性を見定めて付き合うものだと。そう思うからこそ、ガルドラは己になんら恥を感じることはなかった。心が折れてしまうと同時に、エールティアがどこまで行けるか。どれほどの頂まで辿り着けるか……この目で見てみたくなったからだ。
それは……圧倒的な強さに惹かれてしまった者の宿命だった。
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