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158・魔王祭の裏(ガルドラside)
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魔王祭の日程も問題なく進み、ガルドラは一人静かに疲れた身体を癒していた。
決闘に参加している者の死を無条件でなかったことにする結界。相当の魔力を消費するそれをガルドラはたった一人で展開し、維持した上で実況解説まで行っていたのだ。疲れない訳がない。
人を駄目にしてしまいそうなソファにその身を預けて、目を閉じている彼の部屋に、ノックの音が響く。
ゆっくりと目を開けたガルドラは、夜の穏やかな時間を邪魔した無粋な音に対して不機嫌になる事はなく、むしろ待っていた節すらあった。
扉を開けて入ってきたのは、以前エールティアの決闘を担当したシニアン決闘官だった。
「ガルドラ上級官。お待たせしましたにゃ」
「シニアン・ケシルか」
「その、人をフルネームで呼ぶのは止めて欲しいのですにゃ」
「それで首尾はどうなっている?」
シニアンが嫌そうな声を無視して、ガルドラはさっさと要件を伝えた。シニアンはため息を吐いて、手に持っていた資料を広げる。
「それでは……まず、他の学園も事態を把握していなかったのにゃ。生徒の方も事情を話したがらなかったから、捜査はかなり難航したのにゃ。苦労したのにゃ……」
よよよ、と泣き崩れるシニアンだったが、それに返されたのは冷たい視線のみだった。
「……調査の結果によると、学園の生徒から『決闘をして負けた』と話しているのを聞いたそうですにゃ。同じ言葉が数人に聞けたから、まず間違いないですにゃ」
「なるほど。しかし――」
「はいですにゃ。決闘委員会本部には、決闘の記録が一切残ってないのですにゃ」
ガルドラはその報告に眉をしかめた。決闘委員会の本部にはそれまで行っていた決闘の全てが一つ残らず記録されており、それらの情報は全て持ち出し禁止となっている。魔導具によって本の一つ一つにマーカーを刻み、持ち去ろうと外に出た瞬間にアラームがなる仕組みになっていた。破いたり消したりしても同じように魔導具が起動する。
空間を移動するような魔導など存在しない以上、決闘の記録を外部に持ち出すことは実質不可能。そしてその事から導き出される答えとは――
「決闘が『偽装』されていた。そういう事か」
「間違いないですにゃ。それも外部の者だけでなく、間違いなく内部の――決闘官が関わっていますにゃ」
シニアンがそう断言するのには理由があった。決闘官は必ず特徴のあるコートを身に着けている。夏用と冬用の二着が存在し、どれもが特徴のある印が魔力を帯びた糸で編まれている。所有者の魔力で作られたそれは、『魔力跡ルーペ』と呼ばれる魔導具を使って魔力の波長を特定することが出来る。
糸は本人の魔力を纏わせる為、決闘官のコートは誰が所有者からはっきりとわかるようになっている。
コートとその所有者の魔力の波長が異なる場合、その者は決闘官ではないという証拠になる。コートの貸し借りは身分の詐称を防ぐために禁止されているからこそ、ガルドラはそこまで考えるに至った。
相手に悟られずに決闘を『偽装』するならば、決闘書の発行。立会人として司会と決闘官が必要になる。
それ以外に必要なものは指定されていない為、場所は問わない。今回はその事が裏目に出た結果とも言えるだろう。
「調べる事は出来るか?」
「……正直、かなり難しいですにゃ。決闘委員会には色んな種族がいますにゃ。魔人族と狐人族と猫人族。この三つの種族であることは特定出来ていますけれど――」
「……それ以降は困難だと」
「はいですにゃ。決闘を行った人物から直接話を伺おうとしても、そもそも会おうとしないし、会っても口を開こうとしませんにゃ」
深いため息を吐いたシニアンの顔には、疲労の色が強く表れていた。それだけ彼が苦労して調べ上げた情報だという事を示していた。
「仕方あるまい。シニアン・ケシルは引き続き、昨年魔王祭に参加していた生徒達を調べろ。決闘官としての仕事は後回しにしても構わない」
「わかりましたにゃ。また何かわかり次第、報告いたしますにゃ」
「苦労を掛けるだろうが頼む」
「いいんですにゃ。ぼくはこの仕事が好きですからにゃ」
疲れた顔を笑みで打ち消すようにシニアンは部屋から出て行った。
残されたガルドラは、再び目を閉じて静かに身体を休める事にした。疲れているシニアンに悪いと思っている反面、自らが動くことが出来ない悔しさを感じていた。
しかし、ガルドラは決して動かない。どんなに歯がゆい思いをしたとしても、彼には彼にしかできない役目がある。そしてそれは決して疎かに出来ない大切な役割だ。
(昨年の参加者が今年魔王祭に出場しなかった理由――それは必ず偽りの決闘の中にあるはずだ。どこの誰かも判らぬが……我らを愚弄し、欺いたその罪。決して許されることはない)
ガルドラは自らの仕事に誇りを持っていた。決闘とは時に神聖なものであり、戦う者の魂の煌めきを見る事が出来る。彼にとってそれを汚すという事。そしてどのような理由があったとしても、決闘官がそれに関与しているという事実。どれを引いても、決闘の神聖さを踏みにじる忌むべき行為だった。
シニアンのように下級決闘官ではなく、お手本となり、皆を率いる立場にある上級決闘官としての責務を疎かに出来ない以上、この程度の些事にガルドラは動くことが出来ない。ただじっと……その思いを胸に宿し、確かな情報が届くのを待ち続けるしかなかった。
決闘に参加している者の死を無条件でなかったことにする結界。相当の魔力を消費するそれをガルドラはたった一人で展開し、維持した上で実況解説まで行っていたのだ。疲れない訳がない。
人を駄目にしてしまいそうなソファにその身を預けて、目を閉じている彼の部屋に、ノックの音が響く。
ゆっくりと目を開けたガルドラは、夜の穏やかな時間を邪魔した無粋な音に対して不機嫌になる事はなく、むしろ待っていた節すらあった。
扉を開けて入ってきたのは、以前エールティアの決闘を担当したシニアン決闘官だった。
「ガルドラ上級官。お待たせしましたにゃ」
「シニアン・ケシルか」
「その、人をフルネームで呼ぶのは止めて欲しいのですにゃ」
「それで首尾はどうなっている?」
シニアンが嫌そうな声を無視して、ガルドラはさっさと要件を伝えた。シニアンはため息を吐いて、手に持っていた資料を広げる。
「それでは……まず、他の学園も事態を把握していなかったのにゃ。生徒の方も事情を話したがらなかったから、捜査はかなり難航したのにゃ。苦労したのにゃ……」
よよよ、と泣き崩れるシニアンだったが、それに返されたのは冷たい視線のみだった。
「……調査の結果によると、学園の生徒から『決闘をして負けた』と話しているのを聞いたそうですにゃ。同じ言葉が数人に聞けたから、まず間違いないですにゃ」
「なるほど。しかし――」
「はいですにゃ。決闘委員会本部には、決闘の記録が一切残ってないのですにゃ」
ガルドラはその報告に眉をしかめた。決闘委員会の本部にはそれまで行っていた決闘の全てが一つ残らず記録されており、それらの情報は全て持ち出し禁止となっている。魔導具によって本の一つ一つにマーカーを刻み、持ち去ろうと外に出た瞬間にアラームがなる仕組みになっていた。破いたり消したりしても同じように魔導具が起動する。
空間を移動するような魔導など存在しない以上、決闘の記録を外部に持ち出すことは実質不可能。そしてその事から導き出される答えとは――
「決闘が『偽装』されていた。そういう事か」
「間違いないですにゃ。それも外部の者だけでなく、間違いなく内部の――決闘官が関わっていますにゃ」
シニアンがそう断言するのには理由があった。決闘官は必ず特徴のあるコートを身に着けている。夏用と冬用の二着が存在し、どれもが特徴のある印が魔力を帯びた糸で編まれている。所有者の魔力で作られたそれは、『魔力跡ルーペ』と呼ばれる魔導具を使って魔力の波長を特定することが出来る。
糸は本人の魔力を纏わせる為、決闘官のコートは誰が所有者からはっきりとわかるようになっている。
コートとその所有者の魔力の波長が異なる場合、その者は決闘官ではないという証拠になる。コートの貸し借りは身分の詐称を防ぐために禁止されているからこそ、ガルドラはそこまで考えるに至った。
相手に悟られずに決闘を『偽装』するならば、決闘書の発行。立会人として司会と決闘官が必要になる。
それ以外に必要なものは指定されていない為、場所は問わない。今回はその事が裏目に出た結果とも言えるだろう。
「調べる事は出来るか?」
「……正直、かなり難しいですにゃ。決闘委員会には色んな種族がいますにゃ。魔人族と狐人族と猫人族。この三つの種族であることは特定出来ていますけれど――」
「……それ以降は困難だと」
「はいですにゃ。決闘を行った人物から直接話を伺おうとしても、そもそも会おうとしないし、会っても口を開こうとしませんにゃ」
深いため息を吐いたシニアンの顔には、疲労の色が強く表れていた。それだけ彼が苦労して調べ上げた情報だという事を示していた。
「仕方あるまい。シニアン・ケシルは引き続き、昨年魔王祭に参加していた生徒達を調べろ。決闘官としての仕事は後回しにしても構わない」
「わかりましたにゃ。また何かわかり次第、報告いたしますにゃ」
「苦労を掛けるだろうが頼む」
「いいんですにゃ。ぼくはこの仕事が好きですからにゃ」
疲れた顔を笑みで打ち消すようにシニアンは部屋から出て行った。
残されたガルドラは、再び目を閉じて静かに身体を休める事にした。疲れているシニアンに悪いと思っている反面、自らが動くことが出来ない悔しさを感じていた。
しかし、ガルドラは決して動かない。どんなに歯がゆい思いをしたとしても、彼には彼にしかできない役目がある。そしてそれは決して疎かに出来ない大切な役割だ。
(昨年の参加者が今年魔王祭に出場しなかった理由――それは必ず偽りの決闘の中にあるはずだ。どこの誰かも判らぬが……我らを愚弄し、欺いたその罪。決して許されることはない)
ガルドラは自らの仕事に誇りを持っていた。決闘とは時に神聖なものであり、戦う者の魂の煌めきを見る事が出来る。彼にとってそれを汚すという事。そしてどのような理由があったとしても、決闘官がそれに関与しているという事実。どれを引いても、決闘の神聖さを踏みにじる忌むべき行為だった。
シニアンのように下級決闘官ではなく、お手本となり、皆を率いる立場にある上級決闘官としての責務を疎かに出来ない以上、この程度の些事にガルドラは動くことが出来ない。ただじっと……その思いを胸に宿し、確かな情報が届くのを待ち続けるしかなかった。
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