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155・過去世界の男

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 身体がガクガク震えて、満足に息が出来なくなる。まるで、海の奥深くに潜ったままみたいな気分にさせられる。手を伸ばせば届きそうな程の距離なのに、どこまでも遠い。

 ローランは全く知らないエルフ族の男と一緒に何かを話しているようだけれど、一体どんな話をしているんだろう?
 いや、そもそも見間違いって事もある。そうだ。ローランはあの日、私を殺して世界の平和とやらを守ったはずだ。あんなくだらない連中を守るなんて、私には理解したくなかった。あいつらが私や彼に何をしてくれた? 何をしたか、彼も知っているはずなのに……。

 ローランの事を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。あの時……もし、彼が受け入れていたら――

「……いいえ、過ぎた話ね。所詮夢幻。意味のない妄想でしかない」

 わざと言葉にして、このどうしようもない想像を振り払う。そうしないと……溢れそうになる感情が止められないと思ったから。

 ゆっくりと深呼吸して、冷静さを取り戻した目で、改めて彼の姿を見る。見れば見るほどローランにそっくり……というより、完璧に同一人物だと言っても差し支えないくらいだ。
 あまりにも似ているものだから、ついじろじろと眺めてしまって……その視線に彼とエルフの男が気付いてしまった。

 一瞬動揺してしまったけれど、気付かれてしまったらどうしようもない。
 ローランに似た彼は、穏やかな表情でこっちに歩み寄ってきた。一瞬、私の事を覚えていたのかと思ったけれど、すぐに思いなおすことにした。

 昔と今とじゃ、容姿も魔力量も全く違う。この世界には魔力の波長を調べて種族や本人を特定する方法があるけれど、以前の世界にはそういうのはなかったら知る術もないし、知っていたとしたらそう気軽に近づいては来ないだろう。

「どうかしましたか?」

 彼は相変わらず柔和な笑みを浮かべていて、その仕草は高貴な人物に接するそれだった。

「いいえ、ちょっと知り合いの顔に似ていたものだから……気を悪くしたならごめんなさい」
「ふふっ、かの有名なエールティア姫と知り合いになれるのですから、そんな訳ありませんよ」

 随分と歯の浮くような台詞だけれど、気にしないでおこう。

「エールティア……聖黒族のお姫様、か」

 それより……隣にいるエルフ族の男の方が気になる。隠してはいるけれど、男の目の奥には深い敵意が宿っている。憎しみと言っても差し支えないくらいだ。

「知っているようだけれど……貴方とはどこかで会った事あるかしら?」
「貴女の噂は様々なところに伝わっているから、そのせいだろう」

 私が聞きたかったのはそういう事じゃないのだけれど……男の方はそれ以上の事を喋るつもりはないみたいだ。

「申し訳ありません。彼はちょっと育ちが悪いので……」
「ちっ……おい」

 エルフ族の男が何かを喋ろうとするのを遮るように、ローランに似た彼が前に出て、丁寧な仕草で頭を下げる。それが癇に障ったのか、エルフ族の男は苛立ったような声をだしていた。

「別に気にしてないわ。それより……せっかくだから、貴方達の名前を教えてもらえる?」
「ああ。俺はローラン。隣にいるのは――」
「シュタインだ」

 嫌そうに自己紹介するシュタインの顔とか言葉とかが霞そうになるほど、頭を殴られるような感覚がした。

「ローラン……」

 思わず呟いてしまって、慌てて口を閉ざしたけれど……時すでに遅し。ローランは疑問を持った顔で私の事を見ている。な、なんとか取り繕っておかないと……。

「ごめんなさい。知り合いの名前と同じだったから……」
「ははっ、それは、なんとも奇妙な偶然ですね。世の中というのは狭いと言いますが、本当なのかもしれません」

 二回続けて『知り合い』を使ってしまったけれど、なんとか誤魔化せた……訳ないか。
 苦笑しているところから察するに、これ以上深入りする気はないって感じだ。その方がありがたい。下手な嘘を重ねても余計にボロが出るだけだ。

「おい、早く行くぞ」
「待ってくれ。もう少し……」
「お前、自分の役目を忘れたのか? 僕をこれ以上煩わせるな」

 ローランは、シュタインが不機嫌そうに立ち去ろうとしているのを制止しようとしたけれど、余計に彼を怒らせただけだった。さっさと歩いて行くシュタインの方を見ながら、一度ため息を吐いたローランは私の方に振り返って頭を下げてくる。

「申し訳ありません。本当はもっと話したいのですが……」
「いいえ。こっちこそ、無理に引き止めていたみたいでごめんなさい。早く行かないと置いて行かれるわよ?」
「ありがとうございます。あの……」

 ローランはシュタインの方に行こうとして、どこか遠慮がちに声を投げかけてきた。

「貴女とはもう一度どこかで会えるような……そんな気がします。それまで、どうかお元気で」
「……! ええ。貴方こそ、元気で」

 それだけ言って、ローランは去っていった。姿が見えなくなるまでそれを見送った私は……確かな高揚感を覚えていた。最後に交わした言葉に……転生前に戦った彼の魂が、今の彼に根付いているような、そんな気がしたからだ。

 もし、彼が本当にローランだったのなら……もう一度感じる事が出来るかもしれない。あの焦がれるように熱い、濃密な時間を過ごすことが――
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