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154・激闘の末

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 アルフと雪雨ゆきさめの戦いに決着が着いたその瞬間、観客席からは怒涛の歓声が上がった。
 それも当然だろう。私の目から見ても今までで一番白熱した勝負だったし、繰り出された技や魔導の数々。動きや武器の扱い方。そのどれもが魔王祭の中でも最高峰の決闘と言っても差し支えない内容だった。

「すごかったね……。どっちも全力を出した! って感じがひしひしと伝わってくるにゃ!」

 リュネーが興奮して普段と素の口調が混じってしまうほどだ。

「同感です。あの御方は、鬼人族として正しき……あるべき姿を見せてくださいました。例え気を失おうとも、最期まで戦う覚悟。あれこそ、僕達の本当の姿です」

 感動したように雪風は言うけれど、それは戦う事に誇りを感じているからだろう。
 少なくとも、私にはあそこまで出来ない。

「……ティアちゃん、どう思った?」

 レイアは神妙な面持ちで立ち去ったアルフの後ろ姿を見ていた。あの戦いも、彼女の心に響く物があったのだろう。

「……そうね。私にはとてもじゃないけれど出来ないわ。だって……」

 ――だって、戦いに誇りなんてもってなかったもの。

 そんな言葉が出そうになったのを堪えた私は静かに席を立った。

「ティアちゃん? どうしたの?」
「ちょっと外の風に当たってくるだけだから、心配しないで」

 未だに熱気に包まれた会場について行けなくなった私は、他のみんなを残して一人だけ闘技場の外に出る事にした。
 ベルーザ先生には外に出ることだけ告げて……誰とも交わさずに外の空気を吸う。
 世界樹の効果範囲だからか、冷たい空気が身体の中に入って……暖かな息をゆっくりと吐き出す。

 向こうではきっと、今も熱狂的な空気が続いているだろう。
 当然だ。それだけの激しい試合を彼らはした。互いの全力を、死力を尽くして……。

 だけど……それでも。私は多少気落ちしてしまった。アルフは強い。並以上の力を持っているし、雪雨ゆきさめがあれ程の底力を発揮しても太刀打ち出来なかった。精神面の弱さを差し引いても、十分私が昔いた世界で勇者とか名乗っていた連中五人と互角ぐらいはある。

 悪く言えばそこまで。いくら成長しても、いくら強くなっても……彼は私の領域まで届きはしないだろう。雪雨ゆきさめのせいで自覚してしまった感情が、この程度では物足りないと教えてくれる。

 私に取って、戦いとは求めて与える物だから、だろう。本気の私を全力で受け止めてくれた人。その影がちらついて離れない。もう、あんな心躍る戦いは二度と出来ないだろう。

 そんな現実を突きつけられているみたいで、あの観客の熱狂の中、一人だけ冷めているみたいで、逃げ出してしまった。

「何やってるんだろう? 私は……」

 わかってた。雪雨ゆきさめのおかげで気付かされた私の戦闘欲は、中々晴らされる事はないって。それに悩みながら生きていくしかない。

 それを改めて突きつけられて……ちょっと気分が暗くなっているだけだ。

 別にそれ以外は何の不満もないのだしね。暖かな料理に優しい家庭。私を心配してくれる友達。そのどれもがどれだけ望んでも、欲しがっても手に入らなかったものだった。

 かつての私は、それさえ他の何もいらないと思ってたのに、実際手に入れたら、今度は戦いを渇望している。矛盾した思いなのはわかってる。だけど、どうにも割り切れないことだってある。

 深い息を吐いて、ぼーっと空を見上げながら、今行われているであろう決闘について考える事にした。
 確か、次はハクロとベルンの試合だったはずだ。二人には悪いことをしたけれど、この勝負、恐らくベルンが勝つ。
 ベルンの魔導はハクロよりも群を抜いて強いし、互いに白兵戦を仕掛けるようなタイプじゃない。となれば、自然と魔導戦に勝負は移るだろう。

 同じ学園出身で、特待生として共に訓練をしているからこそわかる。いくら【覚醒】を遂げたハクロを贔屓ひいきしたい気持ちを含めても、ベルンの方が数段上手だ。
 順調に勝ち進んでいた彼も、ここで終わりだろう。もう一人、珍しい話し方をする蒼鬼そうき先輩も魔王祭本選に出場していたけれど、彼はアルフに先に倒されてしまったし、リーティファ学園の生徒はこれで全滅する事になる。

 以前はもっと上位まで行けたそうだけれど……今回は運が悪かったとしか言いようがない。アルフもベルンも雪雨ゆきさめも、普通よりも大分強かった。誰と当たってもダメな時点でどうしようもない。
 蒼鬼そうき先輩も――

『拙僧の力が及ばなかっただけの事。これからも精進あるのみよ』

 ――って言ってたし、ハクロも多分同じ事を思うだろう。彼らには来年がある。今年残れなかった三年生よりは恵まれているはずだ。そう思う事で、決闘を見なかった事に対する罪悪感を打ち消していると、冷たい風が吹いてきた。

「……そろそろ戻ろうかな」

 少し身体が冷えたし、そろそろリュネーやレイアが心配する。戻った方がいい――そう思って振り向いたはずなのに、私はそこから一切動く事が出来なくなってしまった。

 そこにいたのは見知らぬ顔と、見覚えのある顔。どれだけの時間が経っても、思いや歴史が積み重なっていても、決して忘れることができない。

 でも、同時に頭の中でそれを認めきれず、拒絶するように警鐘が鳴り響く。

「そんな……なんで……」

 深く青い髪。それに映える鮮やかな緑色の目。そのどれもが彼と同じで、息ができなくなる。

「なんで……!」

 それしか言えない。だって、彼がここにいるのはありえない事だったから。
 彼が――ローランがここに、この世界にいるなんて。
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