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143・怒りの矛先

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「……私は、ティアちゃんに相応しくない。そう言いたいの?」

 普段なら、目上の者には敬語を使うはずのレイアだけれど、今回はかなり怒りのボルテージが上がっているみたいだ。

「レイア、落ち着い――」
「黒竜人族として隣にいるのだとしたら、当然だとしか言えないね。ただのお友達だったんなら、別にいいんじゃないかな」

 なんとかレイアを宥めようとしたのに、アルフは更に火に油を注ぐような真似をしてきた。そのせいで、レイアは更に睨みを深くして……内心、頭を抱えたくなりそうだった。

「……エールティア様、どうしましょう?」
「どうするって言われても……」

 そうこうしている内に二人はどんどんヒートアップしていって、このままじゃ本当に面倒事になりかねないと思っていたその時――

「あれ、エールティア姫かにゃー?」

 殺伐とした雰囲気が立ち込める中、どこかで聞いたようなのんびりとした語尾の猫人族の声がした。

「貴方は……ベルン!」
「久しぶりですにゃー。元気でしたかにゃー?」
「え、ええ。だけど今は……」

 ちらっと視線をいがみ合ってる二人の方を見ると、ベルンが「あー」なんて気の抜ける声を上げていた。

「アルフ皇子、何やってるのかにゃー?」
「! ベルン?」

 ベルンに気付いたアルフは、驚いた声を上げて彼の方を向いた。……というか、やっぱりアルフには『皇子』呼びな訳ね。私には『姫』呼びだったから、なんとなく予想できたけれど。

「あまり揉め事を起こさないようにってフェレッド学園長も言ってたにゃー」
「うっ……そ、そうだったかな」
「アルフ皇子は前も揉め事起こして、げんこつ受けてたにゃー。フェレッド学園長の地獄逝き決定げんこつ完全版はもの凄く痛いにゃー」

「いったいどんな拳骨なんでしょうか……。岩でも砕くのでしょうかね」

 雪風が随分と見当外れの事を言ってるけれど、とりあえず頷いておこう。実際私も気になるし。
 その痛みを思い出したアルフは、しかめっ面をして深いため息を吐きだした。

「わかった。わかったから……学園長には言わないでくれよ?」
「いや、ボクが言わなくても他の人がもう言ってるかもにゃー」

 それもそうだろう。こんな色んな生徒が通る廊下で誰も見ていないなんてあり得ないし、口が軽いのが一人二人いてもおかしくない。

「ええ……じゃあもう意味ないじゃないか……」
「ボクも一緒に謝ってあげるから、とりあえず今は落ち着くにゃー」

 レイアを挑発していた時とは打って変わって、慌てているアルフを落ち着かせるように肩の方にポンポンと手を乗せるベルン。なんだか妙に手慣れている感じだけれど、かなり仲が良いんだろう。

「……わかったよ。レイア……って言ったっけ。僕は黒竜人族として、恥じない力を身につけているつもりだ。だけど、君はどうかな?」
「私は……!」
「覚えておくと良い。もし君がこのまま彼女に相応しくないなら――」

 その瞬間、鋭い視線でレイアを睨む。それに加えて彼女にだけ放たれた威圧は、力の差を理解できない者にも十分効果があった。

「――その時は、僕が許さない。始祖フレイアールの血を引く者として……!」


 言うだけ言うと、アルフは踵を返してベルンを置いて歩いていってしまった。

「あ、ちょっと待ってにゃ……! えっと、レイア……ちゃん? ごめんにゃー。後でボクがきつく言っておくから……ちょ、置いて行かないでにゃー!」

 ベルンが慌てながらレイアに軽く頭を下げると、アルフの後を追いかけていった。シルケットで会った時とは大分違って苦労人のように見える。
 てっきり彼の方が振り回す方だと思っていたけど……。

「彼は昨日もあんな感じだったの?」
「いえ、昨日会った時はかなり気さくな方のように見受けられましたが……少なくとも、誰か個人にあのような感情を向ける御仁には見えませんでした」

 雪風が言うなら、まず間違いないだろう。多分……黒竜人族として思うところがあったのかも知れない。なんにせよ、迷惑なのには変わりないけれど。

「……レイア。あまり気にしなくていいからね? 彼と貴女は違うんだから」

 アルフの威圧に当てられて、立ちすくむレイアに話しかけても、なんの返事もない。むしろ、なんだか嫌な感じがする。

「レイア!」

 まるで行ってはいけない場所に行こうとしているみたいだ。こういう時の直感っていうのは馬鹿にならない。急いでレイアの肩を掴んでこっちに振り向かせると……そこには普段通りの彼女がいた。

「……大丈夫だよ。ティアちゃん、ありがとう」
「……そう?」
「うん。ただちょっと、負けたくないな、って思っただけだから」

 まっすぐ彼女の目を覗く。アルフに対して思うところはあるみたいだけれど……大きく変わりはしない。普段の彼女のように思えた。

「そう。それなら良いんだけど…….」
「うん! 雪風さん、戻ろう? 私、お腹空いちゃった」
「わ、わかりました。では、食堂に行きましょう」

 そのまま雪風の後ろを歩くレイアは雪風と少し打ち解けただけのように見えるんだけど……なんでだろう? 胸の奥のもやもやがいつまでも残り続けていた。
 そんな嫌な感覚に首を振って、レイア達の後をついて行く。気のせいだと……思いながら。
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