上 下
142 / 676

142・黒竜人族の皇子

しおりを挟む
 学園長の部屋を出た私達は、とりあえず何かを食べようと食堂の方に足を向けようとした……んだけれど――

「おい、聞いてんのか? 他国の生徒があまりでかい顔して歩いたんじゃねぇって言ってんだよ!」

 いきなり絡んでくる馬鹿がいるんだから困ったものだ。見たところ魔人族なんだろうけれど、実力は大した事はない。
 相手との力量差もわからない馬鹿というものは本当に厄介なもので、こうも気が大きいと尚更だ。

「黙りなさい。貴方こそ、この御方がどのような方か心得ているのですか!?」
「んなもん知るかよ。エンドラル学園ってのは選ばれたエリートが入る事を許されてる場所なんだよ! 他の雑魚い学園の奴らなんて、一々気に止める訳ねぇだろうが!」

 周囲に目を向けると、またか……とうんざりしている様子で、目の前の男が何かといちゃもんをつけるのは日常茶飯事らしい。大方、一年か二年でそこそこ実力があるんだろう。そのせいで気を大きくしている馬鹿そのもの。

「大体弱っちい女が――」
「女が……なんだって?」

 私がため息を吐いたのが許せなかったのか、また大声で喚き散らそうとしていた男の肩を軽く叩いて、一人の生徒が姿を見せる。
 黒い髪に黒く見える目と深紅色の目のオッドアイ。そういえば、黒竜人族の始祖のフレイアールも同じ色のオッドアイだったらしい。

「ア、アルフ……」
「おいおい、良くないな。アルフ『さん』だろう? 決闘で決まった約束を破るなよ」

 馴れ馴れしく肩を叩きながら男の前に出た彼――アルフは、私の方ににこりと笑みを浮かべて、男の方に向き直る。

「わかっているかい? 君がどんな愚かしい事をしているか」
「……俺はただ、生意気に堂々と道を歩いてるそいつらが許せなかっただけだ。だってそうだろ? 余所者なら余所者らしく、こそこ――」
「また、決闘でぼろぼろに打ち負かしてあげようか? 今度はもっと厳しい条件をつけて、さ」

 言葉を口にしようとするのをグッと飲み込んで一歩後退った男は、アルフの威圧にすっかり怯えているようだった。こうなったらもうあの男に成す術はない。

「エリートなんて言ってる時点で、君の程度が知れる。本当の実力者であるならば、自らの力を誇示しない方が身のためだよ? さもないと……あの時みたいに足を掬われる結果になるんだからね」
「わ……わかったよ」

 未練がましい視線をこっちに向けてきたけれど……結局男はそのまますごすごと引き下がっていった。
 それを見届けたアルフは、私に向き直って跪いてくる。その唐突な行動に周囲の生徒達も驚いた表情でこっちを見てきた。

「初めまして、エールティア殿下。僕はアルフ・ジェンドと申します。黒竜人族が治める帝国ドラゴレフの皇子です」
「これはどうも。私はティリアースの王族として名を連ねるエールティア・リシュファスと申します」
「ふふっ、かの『再来』のご尊顔を拝する事が出来るとは、なんと光栄な事でしょう」
「『再来』?」

 聞いた事のない言葉だけど、どういうことなんだろう?

「はい。セントラルでも聖黒族の事を知っている者は、貴女様の事を『初代魔王様の再来』と呼んでおります。誰よりも偉大なあの御方の血を最も強く受け継ぐ者として」
「へ、へぇ……」

 顔を引きつるのを感じる。目立っているのは自覚していたけれど、まさかそこまでの事になっているなんて思ってもみなかった。

「……普通の話し方で構いません。私は王族とはいえ、私は公爵の娘。貴方は皇子なのですから」
「でしたら貴女も……君も普通の話し方にしてくれ。その方が僕も嬉しい」
「……わかった」

 少しの間だけ逡巡した後、ため息交じりにアルフの提案を受け入れる事にした。
 彼は多分何を言っても引かないだろうし、面倒な話し方をされるくらいならこれでいい。

「ははっ、今日は本当に良い日だ。かの有名な姫君にも会えたし、それに――」

 私との会話に満足したように頷いたアルフは、そのまま流れるようにレイアの方を見た。
 それに流されるように彼女の方を見ると……そこには普段見られない程に敵意を剥き出しにしていたレイアの姿があった。

「レイア?」
「……ない。……ったい、…………い」
「レイア!」
「……! あ、うん! ど、どうしたの?」

 いきなりモードが切り替わったようなレイアは、さっきの敵意剥き出し様子とは打って変わっておどおどとし出した。
 唐突な雰囲気の変化に、雪風も戸惑うほどの豹変ぶりだけれど……何がどうしたんだろう?

「……どうやら君を守る竜はいるみたいだね。ま、その程度じゃ、守られるのが関の山だろうけどね」

 レイアは苦虫を噛み潰したような顔でアルフを睨んでいたけれど、それについては私も何も言えない。
 どんなに言い繕っても、彼女が守られる側なのは否定できなかったからだ。

 その上、彼はレイア以上……いや、雪雨ゆきさめ以上の強さを感じる。ここまで言い切れるのは、それだけの実力を兼ね備えているからだとはっきりわかるくらいだ。

 だけど……この流れはちょっとまずいかもしれない。私が言うのもアレなんだけれど、決闘なんて事になるのは冗談じゃない。どうにかしてこの悪い空気を流さないといけない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

侍と忍者の記憶を持ったまま転生した俺は、居合と忍法を組み合わせた全く新しいスキル『居合忍法』で無双し異世界で成り上がる!

空地大乃
ファンタジー
かつてサムライとニンジャという理由で仲間に裏切られ殺された男がいた。そして彼は三度目の人生で『サムジャ』という天職を授かる。しかし刀や手裏剣を持たないと役に立たないとされる二つの天職を合わせたサムジャは不遇職として扱われ皆から馬鹿にされ冷遇されることとなる。しかし彼が手にした天職はニンジャとサムライの長所のみを引き継いた最強の天職だった。サムライの居合とニンジャの忍法を合わせた究極の居合忍法でかつて自分を追放し殺した勇者や賢者の剣術や魔法を上回る刀業と忍法を手にすることとなり、これまでの不遇な人生を一変させ最強への道を突き進む。だが彼は知らなかった。かつてサムライやニンジャであった自分を殺した賢者や勇者がその後どんどんと落ちぶれていったことを。そしてその子孫が逆恨みで彼にちょっかいをかけ返り討ちにあってしまう未来が待っていることを――

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

辺境で魔物から国を守っていたが、大丈夫になったので新婚旅行へ出掛けます!

naturalsoft
ファンタジー
王国の西の端にある魔物の森に隣接する領地で、日々魔物から国を守っているグリーンウッド辺境伯爵は、今日も魔物を狩っていた。王国が隣接する国から戦争になっても、王国が内乱になっても魔物を狩っていた。 うん?力を貸せ?無理だ! ここの兵力を他に貸し出せば、あっという間に国中が魔物に蹂躙されるが良いのか? いつもの常套句で、のらりくらりと相手の要求を避けるが、とある転機が訪れた。 えっ、ここを守らなくても大丈夫になった?よし、遅くなった新婚旅行でも行くか?はい♪あなた♪ ようやく、魔物退治以外にやる気になったグリーンウッド辺境伯の『家族』の下には、実は『英雄』と呼ばれる傑物達がゴロゴロと居たのだった。 この小説は、新婚旅行と称してあっちこっちを旅しながら、トラブルを解決して行き、大陸中で英雄と呼ばれる事になる一家のお話である! (けっこうゆるゆる設定です)

処理中です...