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137・ひとりぼっちの黒竜人族(レイアside)

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「……みんな、どこ?」

 レイアは一人、大勢の人の流れの中で懸命に足を動かしていた。
 人混みに少しずつ慣れてきて、黒竜人族の兄妹が家族と一緒に歩いている姿を見て、思わず立ち止まってしまったレイアは、気づいたら一人取り残されていた。

(どうしよう……私の馬鹿。こんなところで一人なんて……)

 竜人族の国であるドラグニカ――例え自らの家族とは違うとわかっていても、周囲に誰もおらず、孤独になった彼女にとってはトラウマを呼び起こす種族には違いなかった。

 それでも足を止めてしまったのは、彼女が『家族』というものに思うところがあったからだ。暴力を振るう兄。それを肯定する母。レイアと兄を比べて、蔑んだような目で見る父。

 全て彼女は嫌いだった。大人しく従う自分さえも。
 そうあったからこそ、自らが生まれた町ではそう扱われた。周囲からは虐げられ、自らを閉ざした暗闇から救い上げてくれたのが他でもないエールティアだった。

 冷たく突き放した言い方をされたあの日の事を思い出し、それでも自らの事を考えてくれた聖黒族の少女に手を伸ばした日を思い出す。そこでちらつくのは鬼人族の雪風がエールティアと話している姿。

 華やかな笑みを浮かべて、直接好意を向けるその視線が……レイアは大嫌いだった。

(私の方が……私の方が先なのに……)

 リュネーに感じなかった激情が、レイアの心を燃やして、狂わせようとしてくる。そしてその度に、何処からか暖かな光が差し込み、彼女を平静にさせてくれる。

 ――遠い昔を覚えている血が、愛しい者と交わることのなかった太古の記憶が、彼女を焼き尽くす。

 ――遥か彼方から受け継がれた血が、愛する者の為に散った慈愛にも満ちた記憶が、彼女を包み癒していく。

 二律背反する竜人族と黒竜人族の血が身体を無限に続く苦しみのように苛んでいく。気分が悪くなったレイアは、少しでもその苦痛から逃れようとしゃがんでしまった。

「大丈夫か?」

 レイアが思わず顔を上げると、そこにいたのは魔人族の男だった。深く青い髪に、鮮やかな緑色の……憂いを帯びた目の青年は、心配そうにレイアを見下ろしていた。

「……大丈夫」
「だけど、今にも倒れそうじゃないか。良かったら――」
「平気だから!」

 手を伸ばしかけた男から離れるようにレイアは後退り、男は困った様子で頰を掻いていた。

(どうする? こんなところ、アレに見られたくないんだが……だからといって――)

 男の思い悩んでいるのを他所に、レイアは何事も無かったかのように立ち去ろうとする。

「ちょっと待ってくれ!」
「私に構わないで!」

 元来が人見知りのレイアは、手を伸ばしてくる男を振り払って先に進もうとするが、それを嘲笑うかのような軽やかな動きでしっかりとレイアの手を取った。

「は、離して!」
「待てって……ちょっとだけ話を聞かせてくれ!」
「なんで私に構うの!? 放っておいてよ!」
「困ってる人がいて、手を差し伸ばさないわけにはいかないだろうが!」

 互いに叫ぶように言葉をぶつけ合ったレイアは、きょとんとした表情で男を見てしまった。それほどまでに彼女にとって不思議だったのだ。

「……見ず知らずの私になんでそこまで?」
「困ってるなら助ける。それ以上の理由は必要か?」

(変な人だなぁ……)

 あまりにも変な男の行動理由に、レイアは逆に警戒心を少し緩めてしまった。それが不味かった。

「おい、何してる」

 エルフ族の男が面倒くさそうな目で魔人族の男の隣に立つと、興味深そうな目でレイアを見ていた。
 スラッとした高身長に白衣が似合っているが、どこか狂気的な色を宿していた。

「へぇ、黒竜人族か。確かサンプルが――」
「……ここでそれは不味いんじゃないか? 余計な騒ぎを起こすなって言われただろ?」
「僕に指図するな。それに、いつから僕と対等になったつもりだ? あまりふざけた態度を取ると、潰すぞ」

(……こいつが来る前に何とかしたかったんだけど……どうすることも出来ないのか)

 エルフ族の男を止めようとした魔人族の男は、蔑むように見下した視線を向け、苛立ちを隠さずにぶつけてきた。それに後悔するような思いをしながら唇を噛み締める魔人族の男。
 それを見てしまったレイアは、寒気を覚えるほどに嫌な予感がして、思わず一歩後退った。

「ん? ああ、済まなかったな。君はこいつとは違う。大切に扱うから。さあ……」

 いやらしい笑みを浮かべて手を伸ばしているエルフ族の男の異質さに震え、怖くなったレイアは周囲を見回すが、誰もがまるで気付いていないかのように無関心を貫いていた。その光景を目の当たりにして、彼女の身体はまともに動けなくなって――

「レイアー!? レイアーー!!」
「てぃ、てぃあ、ちゃん……?」

 エールティアの呼ぶ声が聞こえ、振り返ったレイアの目に、いつも彼女を勇気づけて助けてくれた存在がそこにいた。

「ティア……?」
「ちっ……」
「……あの子には見えているようだな。このままじゃ不味い。早く離れよう」
「僕に指図するな。失敗作が……!」

 男二人の声に自分の危機を思い出したレイアが振り返ると……そこには既に誰もいなくなっていた。
 残されたレイアはその事実に気付いて、急激に安堵してへなへなと座り込んでしまった。

(やっぱり、ティアちゃんは私を助けてくれた。ティアちゃんは私の――)

 しかし、その瞳は……決して綺麗とは言えない濁った色を孕んでいたことを、エールティアも……そしてレイア自身も、まだ気付いていなかった。
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