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123・銃を愛する者

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『……あ、終了にゃ! カイゼル選手はそこで撃つのをやめてにゃー!』

 しばらく食い入るように見ていたシニアン決闘官は、砂が落ちきるのを確認したのか、大きな声を上げてカイゼルに呼び掛けていた。
 彼の方もそれが聞こえたようで、『終了』の言葉と同時に放たれた弾がちょうど終わりの一撃になっていた。

 澄ました顔で息ひとつ乱れていない余裕そうな彼が動くのを止めると、静かだった会場に喧騒が戻ってきた。

「すげぇな。あそこまで魔導具を使いこなすなんて……」
「天才ってやつだな」

 私の周囲でも彼の射撃について色々話しているけれど、あれを天才の一言で片付けるなんて、出来るわけがない。
 あそこまでの動きはかなり訓練を積んでいないと無理だ。私達だって魔力はともかく、剣術は常に磨き続けないと錆び付いてしまう。だから毎日ほんの少しの間だけでも素振りをする。

 私だって、感覚を鈍らせない程度には木か何かで素振りをする。一日に必ず行うルーティンだと言っていいくらいだ。何もしなかったのは中継都市に寄った日と、そこから雪桜花やシルケットに行った日くらいかな。

 だからこそ技術を錆び付かせず、向上させていく努力をする彼の事を『天才』の一括りで片付けてしまう事に納得がいかなかった。

『測定が終わったにゃ。カイゼル選手の撃破数は……』

 どこからかごくりとなる音が聞こえてくる。焦らすように溜めるシニアン決闘官の次を言葉を、逸るような気持ちで待っているのが伝わってくる。

『にゃんと、80なのにゃ! 今回の勝負、カイゼル選手の勝利なのにゃ!』

 シニアン決闘官の勝利宣言の次に聞こえてきたのは、大きな歓声と盛大な拍手だった。健闘した二人を称えるようなそれを、片方は興味薄そうに。もう片方は悔しそうに受け止めていた。

『はは、なんていうか、凄い光景だったな! シニアン決闘官、そこのところどうだ?』
『多分最初動かなかったのは、的の速度に目を慣れさせる為だったんだろうにゃ。そこからの銃捌きはあっぱれの一言。カイゼル選手がどれだけ銃による射撃技術を磨いてきたか……それが伝わる内容だったにゃ』

 シニアン決闘官はよく見ているみたいだ。流石、決闘委員会に勤めているだけの事はある。ふと会場の中央に目を向けてみると、ルディルがカイゼルに向かって何か話しかけているののが見えた。

『おっと、そういえば今回は敗者が勝者に謝る事になっていたな』

 ハルヴィアスの何気ない言葉に、観客のが少しずつ中央の方を気にし始めていた。それを知ってか知らずか、ルディルはカイゼルに向かって思いっきり頭を下げていた。頭を下げる前は屈辱と悔しさに塗れた表情を浮かべていたルディルに対して、カイゼルはどんな顔をしているのだろう? 後ろ姿からじゃ、何も窺い知れない。

『流石ルディル選手。潔いのにゃ』
『そうだな。決闘で決まった事とはいえ、普通じゃ中々出来ないことだ』

 感心しているシニアン決闘官やそれに同意するハルヴィアスを見て、私の方も思わず頷いてしまった。貴族が平民に謝罪するなんて、本来なら絶対に有り得ない事だ。
 決闘での約束事じゃなければ、反故にされてもおかしくない。それだけ自身のメンツに関わる事だからね。

『お前ら、応援ありがとうな! 最後に、2人の健闘を称えて、もう一度拍手を頼む!』
「よく頑張った!」
「ルディル様の魔導、格好良かったです!」

 ハルヴィアスの言葉に割れんばかりの拍手が湧き上がって、誰もが思い思いの声援を口にしている。
 ルディルの方は力なく片手で。カイゼルの方は全く応えないとまた対照的だったけれど、その様子に観客は気にしない。彼らが退場するまでその光景は続いていた。

 ――

 決闘が終わり、会場を後にした私達は、引き続きお土産を選ぶ為に店を回っていた。

「ティア様、カイゼルさんには会わなくて良かったのですか?」
「別に親しいって訳でもないし、会っても話す事なんてないじゃない」

 変な疑問を投げかけてきたジュールに、冷めた目で答えてしまった。確かに彼とは魔導銃に関して色々聞いていたけれど……別にそれ以上の関係なんてない。

 ……強いて言うなら、少し。ほんのちょっとだけ、興味がある。カイゼルと戦えば、僅かでもこのどこか満たされない想いが癒えるだろうか? そんな気持ちが心の片隅にあった。

 これはやっぱり、過去は決して消すことが出来ないという事なのかも知れない。それか、両親に愛情を注いでもらっても尚、なにか満たされない事があるのか……。

「……そう、ですか。良かったです」

 そんな気持ちを知らないジュールは、何だか知らないけれど、安堵するように息を吐いていた。

 その姿を見ていると、少しだけ心が安らぐのは、やっぱり心配してくれる人がいるのは良いものだから……かもね。

「さ、早く行きましょう。もたもたしていたら、帰りが遅くなるわよ?」
「はい!」

 ふふっ、と軽く悪戯っぽい笑みを浮かべて、ジュールの手を引いて少し早足で歩く。
 自分にもよくわからないもやもやを胸に秘めて、心に蓋をしながら。
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