123 / 676
123・銃を愛する者
しおりを挟む
『……あ、終了にゃ! カイゼル選手はそこで撃つのをやめてにゃー!』
しばらく食い入るように見ていたシニアン決闘官は、砂が落ちきるのを確認したのか、大きな声を上げてカイゼルに呼び掛けていた。
彼の方もそれが聞こえたようで、『終了』の言葉と同時に放たれた弾がちょうど終わりの一撃になっていた。
澄ました顔で息ひとつ乱れていない余裕そうな彼が動くのを止めると、静かだった会場に喧騒が戻ってきた。
「すげぇな。あそこまで魔導具を使いこなすなんて……」
「天才ってやつだな」
私の周囲でも彼の射撃について色々話しているけれど、あれを天才の一言で片付けるなんて、出来るわけがない。
あそこまでの動きはかなり訓練を積んでいないと無理だ。私達だって魔力はともかく、剣術は常に磨き続けないと錆び付いてしまう。だから毎日ほんの少しの間だけでも素振りをする。
私だって、感覚を鈍らせない程度には木か何かで素振りをする。一日に必ず行うルーティンだと言っていいくらいだ。何もしなかったのは中継都市に寄った日と、そこから雪桜花やシルケットに行った日くらいかな。
だからこそ技術を錆び付かせず、向上させていく努力をする彼の事を『天才』の一括りで片付けてしまう事に納得がいかなかった。
『測定が終わったにゃ。カイゼル選手の撃破数は……』
どこからかごくりとなる音が聞こえてくる。焦らすように溜めるシニアン決闘官の次を言葉を、逸るような気持ちで待っているのが伝わってくる。
『にゃんと、80なのにゃ! 今回の勝負、カイゼル選手の勝利なのにゃ!』
シニアン決闘官の勝利宣言の次に聞こえてきたのは、大きな歓声と盛大な拍手だった。健闘した二人を称えるようなそれを、片方は興味薄そうに。もう片方は悔しそうに受け止めていた。
『はは、なんていうか、凄い光景だったな! シニアン決闘官、そこのところどうだ?』
『多分最初動かなかったのは、的の速度に目を慣れさせる為だったんだろうにゃ。そこからの銃捌きはあっぱれの一言。カイゼル選手がどれだけ銃による射撃技術を磨いてきたか……それが伝わる内容だったにゃ』
シニアン決闘官はよく見ているみたいだ。流石、決闘委員会に勤めているだけの事はある。ふと会場の中央に目を向けてみると、ルディルがカイゼルに向かって何か話しかけているののが見えた。
『おっと、そういえば今回は敗者が勝者に謝る事になっていたな』
ハルヴィアスの何気ない言葉に、観客のが少しずつ中央の方を気にし始めていた。それを知ってか知らずか、ルディルはカイゼルに向かって思いっきり頭を下げていた。頭を下げる前は屈辱と悔しさに塗れた表情を浮かべていたルディルに対して、カイゼルはどんな顔をしているのだろう? 後ろ姿からじゃ、何も窺い知れない。
『流石ルディル選手。潔いのにゃ』
『そうだな。決闘で決まった事とはいえ、普通じゃ中々出来ないことだ』
感心しているシニアン決闘官やそれに同意するハルヴィアスを見て、私の方も思わず頷いてしまった。貴族が平民に謝罪するなんて、本来なら絶対に有り得ない事だ。
決闘での約束事じゃなければ、反故にされてもおかしくない。それだけ自身のメンツに関わる事だからね。
『お前ら、応援ありがとうな! 最後に、2人の健闘を称えて、もう一度拍手を頼む!』
「よく頑張った!」
「ルディル様の魔導、格好良かったです!」
ハルヴィアスの言葉に割れんばかりの拍手が湧き上がって、誰もが思い思いの声援を口にしている。
ルディルの方は力なく片手で。カイゼルの方は全く応えないとまた対照的だったけれど、その様子に観客は気にしない。彼らが退場するまでその光景は続いていた。
――
決闘が終わり、会場を後にした私達は、引き続きお土産を選ぶ為に店を回っていた。
「ティア様、カイゼルさんには会わなくて良かったのですか?」
「別に親しいって訳でもないし、会っても話す事なんてないじゃない」
変な疑問を投げかけてきたジュールに、冷めた目で答えてしまった。確かに彼とは魔導銃に関して色々聞いていたけれど……別にそれ以上の関係なんてない。
……強いて言うなら、少し。ほんのちょっとだけ、興味がある。カイゼルと戦えば、僅かでもこのどこか満たされない想いが癒えるだろうか? そんな気持ちが心の片隅にあった。
これはやっぱり、過去は決して消すことが出来ないという事なのかも知れない。それか、両親に愛情を注いでもらっても尚、なにか満たされない事があるのか……。
「……そう、ですか。良かったです」
そんな気持ちを知らないジュールは、何だか知らないけれど、安堵するように息を吐いていた。
その姿を見ていると、少しだけ心が安らぐのは、やっぱり心配してくれる人がいるのは良いものだから……かもね。
「さ、早く行きましょう。もたもたしていたら、帰りが遅くなるわよ?」
「はい!」
ふふっ、と軽く悪戯っぽい笑みを浮かべて、ジュールの手を引いて少し早足で歩く。
自分にもよくわからないもやもやを胸に秘めて、心に蓋をしながら。
しばらく食い入るように見ていたシニアン決闘官は、砂が落ちきるのを確認したのか、大きな声を上げてカイゼルに呼び掛けていた。
彼の方もそれが聞こえたようで、『終了』の言葉と同時に放たれた弾がちょうど終わりの一撃になっていた。
澄ました顔で息ひとつ乱れていない余裕そうな彼が動くのを止めると、静かだった会場に喧騒が戻ってきた。
「すげぇな。あそこまで魔導具を使いこなすなんて……」
「天才ってやつだな」
私の周囲でも彼の射撃について色々話しているけれど、あれを天才の一言で片付けるなんて、出来るわけがない。
あそこまでの動きはかなり訓練を積んでいないと無理だ。私達だって魔力はともかく、剣術は常に磨き続けないと錆び付いてしまう。だから毎日ほんの少しの間だけでも素振りをする。
私だって、感覚を鈍らせない程度には木か何かで素振りをする。一日に必ず行うルーティンだと言っていいくらいだ。何もしなかったのは中継都市に寄った日と、そこから雪桜花やシルケットに行った日くらいかな。
だからこそ技術を錆び付かせず、向上させていく努力をする彼の事を『天才』の一括りで片付けてしまう事に納得がいかなかった。
『測定が終わったにゃ。カイゼル選手の撃破数は……』
どこからかごくりとなる音が聞こえてくる。焦らすように溜めるシニアン決闘官の次を言葉を、逸るような気持ちで待っているのが伝わってくる。
『にゃんと、80なのにゃ! 今回の勝負、カイゼル選手の勝利なのにゃ!』
シニアン決闘官の勝利宣言の次に聞こえてきたのは、大きな歓声と盛大な拍手だった。健闘した二人を称えるようなそれを、片方は興味薄そうに。もう片方は悔しそうに受け止めていた。
『はは、なんていうか、凄い光景だったな! シニアン決闘官、そこのところどうだ?』
『多分最初動かなかったのは、的の速度に目を慣れさせる為だったんだろうにゃ。そこからの銃捌きはあっぱれの一言。カイゼル選手がどれだけ銃による射撃技術を磨いてきたか……それが伝わる内容だったにゃ』
シニアン決闘官はよく見ているみたいだ。流石、決闘委員会に勤めているだけの事はある。ふと会場の中央に目を向けてみると、ルディルがカイゼルに向かって何か話しかけているののが見えた。
『おっと、そういえば今回は敗者が勝者に謝る事になっていたな』
ハルヴィアスの何気ない言葉に、観客のが少しずつ中央の方を気にし始めていた。それを知ってか知らずか、ルディルはカイゼルに向かって思いっきり頭を下げていた。頭を下げる前は屈辱と悔しさに塗れた表情を浮かべていたルディルに対して、カイゼルはどんな顔をしているのだろう? 後ろ姿からじゃ、何も窺い知れない。
『流石ルディル選手。潔いのにゃ』
『そうだな。決闘で決まった事とはいえ、普通じゃ中々出来ないことだ』
感心しているシニアン決闘官やそれに同意するハルヴィアスを見て、私の方も思わず頷いてしまった。貴族が平民に謝罪するなんて、本来なら絶対に有り得ない事だ。
決闘での約束事じゃなければ、反故にされてもおかしくない。それだけ自身のメンツに関わる事だからね。
『お前ら、応援ありがとうな! 最後に、2人の健闘を称えて、もう一度拍手を頼む!』
「よく頑張った!」
「ルディル様の魔導、格好良かったです!」
ハルヴィアスの言葉に割れんばかりの拍手が湧き上がって、誰もが思い思いの声援を口にしている。
ルディルの方は力なく片手で。カイゼルの方は全く応えないとまた対照的だったけれど、その様子に観客は気にしない。彼らが退場するまでその光景は続いていた。
――
決闘が終わり、会場を後にした私達は、引き続きお土産を選ぶ為に店を回っていた。
「ティア様、カイゼルさんには会わなくて良かったのですか?」
「別に親しいって訳でもないし、会っても話す事なんてないじゃない」
変な疑問を投げかけてきたジュールに、冷めた目で答えてしまった。確かに彼とは魔導銃に関して色々聞いていたけれど……別にそれ以上の関係なんてない。
……強いて言うなら、少し。ほんのちょっとだけ、興味がある。カイゼルと戦えば、僅かでもこのどこか満たされない想いが癒えるだろうか? そんな気持ちが心の片隅にあった。
これはやっぱり、過去は決して消すことが出来ないという事なのかも知れない。それか、両親に愛情を注いでもらっても尚、なにか満たされない事があるのか……。
「……そう、ですか。良かったです」
そんな気持ちを知らないジュールは、何だか知らないけれど、安堵するように息を吐いていた。
その姿を見ていると、少しだけ心が安らぐのは、やっぱり心配してくれる人がいるのは良いものだから……かもね。
「さ、早く行きましょう。もたもたしていたら、帰りが遅くなるわよ?」
「はい!」
ふふっ、と軽く悪戯っぽい笑みを浮かべて、ジュールの手を引いて少し早足で歩く。
自分にもよくわからないもやもやを胸に秘めて、心に蓋をしながら。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる