116 / 676
116・予想外な客(???side)
しおりを挟む
ガルアルムの王都ウルフォルの一角。大きな城の一室に狼人族の王シグルンドは一通の手紙に目を通していた。
それは黒い封筒に金の刺繍が入っている綺麗な物で、リシュファス家の封蝋がしっかりとされてあった。
「全く、あいも変わらず過保護な男だ。ここまでしっかり囲われておると、娘の方もさぞ息が詰まるだろう」
ふん、と鼻を鳴らして封筒の中身を机の上に散らばらせる。
そこにはエールティアとジュールの大まかな見た目が記載されていて、何故ガルアルムに行く事になったのか。その経緯と、自らがリティアへ行く事を反対した旨が記載されていた。
最後に『娘の事を、くれぐれも宜しく頼む』と綴っている辺り、ラディンの過保護ぶりが現れているだろう。
「どうしますか? 父上」
「放っておけ。わざわざワシらが干渉して、面倒事を引き受ける意味もない。貴族の連中に周知させ、愚かな行動を起こさぬように徹底させればそれでいいだろう」
しかしそれでも難しいのでは? とシグルンドは思っていたが、それはその時に考えればいい、と思い返す事にした。
それに狼狽えるような表情を見せたのが、シグルンド・ガルアルムの息子、ルードジーク・ガルアルムだった。
「父上、相手は大国のティリアースですよ? その姫君に何かあっては……」
「問題あるまい。そもそも、エールティア姫の噂は聞いているであろう? あの国の女傑に何かあるなど有り得んよ」
「し、しかし万が一の事も……」
弱気な発言を繰り返すルードジークに、シグルンドはため息を漏らさずにはいられなかった。
(全く、こやつの心配性にも困ったものだ。ティリアースがこの国を害することなど、有り得ん事だというに……)
シグルンド王は、王子時代をリーティファ学園で過ごしていた。ティリアースにいる三人の公爵位を持つ王族とも縁を持っている上、今でもこうして交流を続けている。基本的に属国だが、ある程度の自由は与えられている――それがガルアルムという国だった。
「聖黒族の女は強くあらねばならない。特に女王候補の一人ならば尚更だ。ラディンもそれはわかっておるはずだ」
「ですが、他の……中央都市リティアにいる王族や貴族が口を出してくるやも……」
「それこそ有り得ん事よ。あそこはエスリーア公爵夫人の息が掛かった者ばかりで、自分の娘を次期女王にするのに躍起になっている連中ばかりよ。エールティア姫に何かあれば、泣いて喜ぶだろう」
ルードジークはそれでも納得いかないといわんばかりの顔を浮かべている。『もし、万が一――』それが彼の頭の中にちらついてしまうのだ。
(父上にはもっと真剣に取り組んで欲しいものだ。下手をすればこの国の未来が危うくなるというのに……)
シグルンド王はティリアース国内の事情を常に調べており、出来るだけ安全牌切るようにしていた。そんな自信が、学生で縁を作っている最中のルードジークにはわからなかった。
お互いが考え方ですれ違っているが、一つだけ……共通している事があった。
「ティリアースの姫の事はどうとでもなる。問題は……お前の連れてきた男の方だ」
「カイザルの事、ですね。私は彼の事を信頼できる友人だと思っていますが……」
「エールティア姫と接触してしまった時の問題があるな」
シグルンド王の口から、再びため息が零れ落ちた。ガルアルムの貴族が手を出したところで、それらに罪を全て被せ、一族郎党を処罰することで穏便に済ませる事も可能に出来る……のだが、この地方以外の他国の学生が手を出した場合、ガルアルム一国で済まなくなる。
カイザルは貴族ではないが、来年の魔王祭に参加が確定している生徒だ。こういうタイプの生徒は、学園や国からも大切に扱われ、平民といえども迂闊に貴族が手を出すことが出来なくなる。
それだけの力を持っていながら決して驕ることなく、自らの道を進む。そんなカイザルだからこそ、ルードジークは彼に惹かれ、友として接していた。
しかし、保護されるのにも限度がある。あくまで『ある程度』保護されるというだけで、『自由に振舞っても良い』という免罪符ではなかった。
「カイザルは貴族や平民だといった立場には興味を持っていません。それはミスタリクス学園のあるエンドラガン王国ならばいいのですが……」
他国の……しかも他の地方の国で同じような態度を取ってしまった場合、カイザルが辿る道は一つしかない。それをシグルンド王、ルードジークの二人はよくわかっていた。
「ルードジーク。お前の友人から決して目を離すな。必ず監視下に置き、余計な事をしでかさないように見張れ」
「し、しかし……それでは礼を失するというものです。彼は我が国の賓客として――」
「馬鹿者! 同盟国の姫君と他国の平民、どちらが大切なのかわからぬ貴様でもなかろう! 仮に友人を選べば、我らは常に歩み続けてきたティリアースを裏切る事になるのだぞ!?」
「……っ! 申し訳ございません……!」
父親の見たことのないほどの激昂に、ルードジークは思わず頭を下げて謝った。それだけの圧力がシグルンド王から発せられていた。
「全く……狙いすましたのではないかと思うほど面倒な時期にやってきたものだ……」
苦痛に頭を抱えるシグルンド王の受難は、まだまだ終わる事を知らない。
それは黒い封筒に金の刺繍が入っている綺麗な物で、リシュファス家の封蝋がしっかりとされてあった。
「全く、あいも変わらず過保護な男だ。ここまでしっかり囲われておると、娘の方もさぞ息が詰まるだろう」
ふん、と鼻を鳴らして封筒の中身を机の上に散らばらせる。
そこにはエールティアとジュールの大まかな見た目が記載されていて、何故ガルアルムに行く事になったのか。その経緯と、自らがリティアへ行く事を反対した旨が記載されていた。
最後に『娘の事を、くれぐれも宜しく頼む』と綴っている辺り、ラディンの過保護ぶりが現れているだろう。
「どうしますか? 父上」
「放っておけ。わざわざワシらが干渉して、面倒事を引き受ける意味もない。貴族の連中に周知させ、愚かな行動を起こさぬように徹底させればそれでいいだろう」
しかしそれでも難しいのでは? とシグルンドは思っていたが、それはその時に考えればいい、と思い返す事にした。
それに狼狽えるような表情を見せたのが、シグルンド・ガルアルムの息子、ルードジーク・ガルアルムだった。
「父上、相手は大国のティリアースですよ? その姫君に何かあっては……」
「問題あるまい。そもそも、エールティア姫の噂は聞いているであろう? あの国の女傑に何かあるなど有り得んよ」
「し、しかし万が一の事も……」
弱気な発言を繰り返すルードジークに、シグルンドはため息を漏らさずにはいられなかった。
(全く、こやつの心配性にも困ったものだ。ティリアースがこの国を害することなど、有り得ん事だというに……)
シグルンド王は、王子時代をリーティファ学園で過ごしていた。ティリアースにいる三人の公爵位を持つ王族とも縁を持っている上、今でもこうして交流を続けている。基本的に属国だが、ある程度の自由は与えられている――それがガルアルムという国だった。
「聖黒族の女は強くあらねばならない。特に女王候補の一人ならば尚更だ。ラディンもそれはわかっておるはずだ」
「ですが、他の……中央都市リティアにいる王族や貴族が口を出してくるやも……」
「それこそ有り得ん事よ。あそこはエスリーア公爵夫人の息が掛かった者ばかりで、自分の娘を次期女王にするのに躍起になっている連中ばかりよ。エールティア姫に何かあれば、泣いて喜ぶだろう」
ルードジークはそれでも納得いかないといわんばかりの顔を浮かべている。『もし、万が一――』それが彼の頭の中にちらついてしまうのだ。
(父上にはもっと真剣に取り組んで欲しいものだ。下手をすればこの国の未来が危うくなるというのに……)
シグルンド王はティリアース国内の事情を常に調べており、出来るだけ安全牌切るようにしていた。そんな自信が、学生で縁を作っている最中のルードジークにはわからなかった。
お互いが考え方ですれ違っているが、一つだけ……共通している事があった。
「ティリアースの姫の事はどうとでもなる。問題は……お前の連れてきた男の方だ」
「カイザルの事、ですね。私は彼の事を信頼できる友人だと思っていますが……」
「エールティア姫と接触してしまった時の問題があるな」
シグルンド王の口から、再びため息が零れ落ちた。ガルアルムの貴族が手を出したところで、それらに罪を全て被せ、一族郎党を処罰することで穏便に済ませる事も可能に出来る……のだが、この地方以外の他国の学生が手を出した場合、ガルアルム一国で済まなくなる。
カイザルは貴族ではないが、来年の魔王祭に参加が確定している生徒だ。こういうタイプの生徒は、学園や国からも大切に扱われ、平民といえども迂闊に貴族が手を出すことが出来なくなる。
それだけの力を持っていながら決して驕ることなく、自らの道を進む。そんなカイザルだからこそ、ルードジークは彼に惹かれ、友として接していた。
しかし、保護されるのにも限度がある。あくまで『ある程度』保護されるというだけで、『自由に振舞っても良い』という免罪符ではなかった。
「カイザルは貴族や平民だといった立場には興味を持っていません。それはミスタリクス学園のあるエンドラガン王国ならばいいのですが……」
他国の……しかも他の地方の国で同じような態度を取ってしまった場合、カイザルが辿る道は一つしかない。それをシグルンド王、ルードジークの二人はよくわかっていた。
「ルードジーク。お前の友人から決して目を離すな。必ず監視下に置き、余計な事をしでかさないように見張れ」
「し、しかし……それでは礼を失するというものです。彼は我が国の賓客として――」
「馬鹿者! 同盟国の姫君と他国の平民、どちらが大切なのかわからぬ貴様でもなかろう! 仮に友人を選べば、我らは常に歩み続けてきたティリアースを裏切る事になるのだぞ!?」
「……っ! 申し訳ございません……!」
父親の見たことのないほどの激昂に、ルードジークは思わず頭を下げて謝った。それだけの圧力がシグルンド王から発せられていた。
「全く……狙いすましたのではないかと思うほど面倒な時期にやってきたものだ……」
苦痛に頭を抱えるシグルンド王の受難は、まだまだ終わる事を知らない。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる