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106・実技試験

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「それでは、私が心配を務めさせていただきますね」

 私とベルーザ先生の間に割り込む様に入ってきたのは、狼の姿のまま人の形をとったような種族――狼人族のラウロ先生だった。暗い青色の毛並みが綺麗だけど、少し毛がごわっとしているらしい。黄色く光る眼が印象的でもあって、レイアのところの担当教師だ。

「これは試験ですから、故意に斬りつけたり、重傷を負わさないようにお願いします。いいですね?」

 ラウロ先生は私とベルーザ先生を交互に見て、同意するのを確かめた。

「わかりました」
「もちろんだ」
「それでは、試験を始めてください」

 ラウロ先生が試合開始の宣言をしたと同時に、私はベルーザ先生の間合いに入り込んだ。ベルーザ先生は、それに合わせるように剣を振り下ろしてきて、それをすり抜けるように避ける。
 拳をベルーザ先生の腹に叩き込んで、彼を数歩後ろに下がらせた後、思いっきり顎を蹴り飛ばそうと足を動かしたけれど、それは空振りで終わってしまった。

「いきなり仕掛けてくるとはな。おまけに剣も構えずに」
「先生相手に信用できない武器を使うのは控えた方がいいと思いましてね」

 ただ単純に近くに手頃な剣が無かっただけでもあるんだけど。
 その言葉を聞いたベルーザ先生は、私と対等で行く事を決めたのか、適当に剣を投げ捨てて、拳を握って構えを作った。

 警戒しながら少しずつ詰め寄って行くと、今度はベルーザ先生が先に仕掛けてきた。
 捻りを加えたストレートが鋭く私の顔横を通り過ぎて、心地よい風を少しだけ送ってくれる。舌打ちしたベルーザ先生は立て続け連打を放ってきた。

 左、右、左から刈り上げるように、まっすぐ……。
 絶えず放たれる攻撃と激しい動きが先生の強さを証明してくれた。
 これだけの苛烈な攻撃は中々お目に掛かれないだろう。対等に渡り合えるのは雪雨ゆきさめくらいじゃないだろうか? 魔人族とは思えないほど身体能力が高い。

「……ちっ」

 段々目が慣れてきた私は、ベルーザ先生のストレートに合わせて身体を沈めて、完全に無防備な顎に向かって拳を放って……ぎりぎり当たる前にそれを止めた。

 互いに視線を交わして、しばらくその状態が続いて……ベルーザ先生はため息をついて戦闘態勢を解除した。

「……合格だ」
「良いんですか?」

 まだ前哨戦も良いところで、ここから魔導を駆使した戦いが残っているのだけれど――

「そうですね。これ以上は私達にも負担になります。貴女一人であれば、最後までやっても問題はないでしょうが……私達は、多くの生徒を相手にしなくてはなりませんので」

 ラウロ先生の言葉に他の先生も頷いて、今はこれで終わりだと訴えかけてくる。……こうなったら私が引っ込まなければならないだろう。
 私の目的は、別にベルーザ先生をぼこぼこにする事じゃないのだから。

「……わかりました」

 私の方も構えを解いて、まっすぐとベルーザ先生を見据える。
 先生はため息を一つ吐いて苦笑していた。


「参ったな。お前の強さの底が知れない」
「褒めていただいてありがとうござます」
「いつか、お前の全力が見られるように願っているよ」

 それだけ言うと、ベルーザ先生は引っ込む様に後ろに下がった。
 私の方もとりあえず適当に端の方に移動すると、ラウロ先生が順番に生徒の名前を呼び始めた。

 特にやる事もなく、みんなの試験をぼーっと観戦していると、とうとうジュールの番になった。
 さっきと同じように落ち込んでいるようだったら叱咤してあげようかとも思ったけれど、どうやら持ち直したみたいだ。

 対戦相手はちょうどラウロ先生のようで、ジュールが剣に対し、ラウロ先生は自分の爪を剥き出しにして構えていた。

「行きますよ!」

 ゴブリン族のエンデュラ先生が試験開始を告げる。それと同時にジュールが仕掛けていった。中々素早い斬撃を放っていくジュールだけど、ラウロ先生はそれを片方の手でいなし、残った手の爪がジュールに向かって襲い掛かっていった。

「くっ……」
「どうしました? 私の爪は一つではないのですよ!」

 続けざまに放たれるラウロ先生の爪に翻弄されるように防御に回るジュールだったけれど、一方的な展開から少しずつ押し返していくようになった。

「……! 『アクアセイバー』!」

 ジュールの唱えた魔導で、ラウロ先生の頭上の方で複数の水の剣が形成されて、それなりに広い範囲に散らばるように降り注ぐ。ラウロ先生はそれを掻い潜るように避けていくけれど、ジュールは更に魔導を重ね、さっきとは真逆の対場になって、追い詰めていった。

「……そこまで!」

 猛攻が続く中、エンデュラ先生の一言が聞こえて二人とも動きを止める。ジュールはまだ物足りなさそうな様子だったけれど、ラウロ先生は乱れた服を整えてにこやかにジュールに近づいていく。

「ジュールさん、お疲れ様です。中々強かったですよ」
「……ありがとうございます」

 明らかに手加減されていることが分かっていたからか、あまり嬉しくなさそうにジュールは頭を下げた。ラウロ先生は魔導を使わずに、様子を見るような動き方をしていたからね。

 でも、昔のジュールだったらその事もわからずに調子に乗っていたかもしれないからね。
 短い間でも彼女に戦い方を教えた甲斐があったというものだ。
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