上 下
102 / 676

102・特訓スライム

しおりを挟む
 暗殺者を撃退した私達は、フルトパンをのんびりと食べた後……広場を散策したり、道具屋さんを覗いたりして楽しんでいた。
 その間にまた仕掛けてくるかも……とも思ったけれど、特に何にも起きなくて、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 次に私達が訪れたのは小物を中心に扱っている装飾品屋さんだった。
 シェイシルでは一番大きな場所らしくて、それ相応の規模と外装を兼ね備えたお店。それが『装飾品アクセサリーショップルルエンデ』だった。

「……なんだか、緊張してきたわね」
「そうかにゃ? ティアちゃんだったら、慣れてそうだと思ったけどにゃ」

 不思議そうに小首を傾げるリュネーに、私は苦笑いを返すしかなかった。

 転生前はそもそもこういうお店には全く縁がなかったし、盗賊が貯め込んでいた物の中から、似合いそうな装飾品を手に入れる程度だったし、悪名が広まっていたから買いに行くなんて出来る訳がなかった。

 で、今の私は……そもそも買いに行く必要がなかった。私の館にくる商人が持ってきた物の中から選んでいたし、町の方に遊びに行っても、特にそういうところに行く事もなかった。
 初めて出来た友達と、その妹の三人と一緒に装飾品を見るなんて、想像したこともなかった事態だ。少しは緊張しても仕方がない事だと思う。

「よし、それじゃあ行きましょうか」
「うん! いこう!」

 ニンシャが嬉しそうにお店の中に入るのを見送って、私とリュネーも後を追った。

「そういえば、なんでジュールは今日来なかったのにゃ?」
「今、館の料理人にお菓子を教わってるみたいよ」

 シルケットの館にお世話になってから、ジュールはよく厨房に入り浸るようになった。
 事の発端は……中庭で私とリュネーがお茶をしていた時の事。

 新作のお茶菓子の試食を頼まれて、別にいいかと思って引き受けたのがきっかけだった。
 出てきたのは少し厚いクッキーで、ほんのりミルク色が綺麗な一品だった。明らかに甘そうなそれに用意されたのは全く甘みのない深紅茶。それを一口飲んで出されたクッキーに食べると……中からとろりと甘くて下に残る液体が口の中に溢れてきた。

 出来る限り砂糖を抑えて作られたクッキーに反比例するかのように甘味を溢れさせてきていた。その強い甘みと深紅茶が相まって、絶妙な味わいに昇華していた。
 あまりのおいしさに表情が緩んでしまったのがいけなかった。それを近くで見ていたジュールの表情をあの時見ていたら……と思うけれど、とりあえずその時からジュールは、厨房の方にちょくちょく顔を出すようになった。

 最近ではミルクと砂糖を絡めて煮詰めたもの――練乳コンデンスミルクを使ったお菓子作りにはまっている。今日も誘ったのだけれど、先にコック達と約束したから……と断ってくる程には、ジュールはお菓子作りに熱中していた。

 リュネーやニンシャと外に遊びに出る事を伝え、ジュールもどうかと誘っていると――

「必ず、エールティア様に美味しいお菓子を食べてもらえるようにしますね!!」

 なんて言葉を掛けてくるのだから、本当に熱中している。
 従者としてはどうかとも思うけれど、別に私に従うのが嫌っていう訳じゃないのだから、放っておくことにした。

「あの子、迷惑かけてない?」
「料理長さんも最近楽しそうだし、多分大丈夫にゃ」

 不安が残る答えだったけれど、リュネーが言うなら大丈夫だろう。
 そう結論づけた私は、いい加減に装飾品屋の中に入る事にした。内装はかなり落ち着いた雰囲気を出していて、上品な空間を作り出していている。

「へぇ……」

 思わず感心するような声音を響かせながら、店内をぐるりと見回す。

「いらっしゃいませですにゃあ」

 ぴしっとした服装の猫人族が優雅な足取りでこちらに向かって頭を下げてきた。

「えっと、貴方は?」
わたくし、この店を任されておりますフェット・リテングと申しますにゃあ。貴女様は、今噂のエールティア殿下ではございませんかにゃあ?」
「そうだけれど……よく分かったわね?」

 一応にやりと笑っておく。あれだけ目立ったし、リュネーやニンシャはこの国の王族だ。気付かない方がおかしい。

「あちらの王女殿下にはご愛顧賜っておりますのにゃあ」

 視線の先にはリュネーがいて、彼女がここの常連客である事を教えてくれた。

「猫人族には縁のない指輪等もここでは取り扱っておりますにゃあ。ごゆるりと、お楽しみくださいませにゃあ」

 ぺこりと頭を下げたフェットは、店の後ろに下がって、店内全体を見渡すようにしていた。

「やっぱり指輪、こっちじゃ人気ないのね」
「猫人族にはそういう習慣がないからにゃ。元々指輪を嵌めることも出来ないし、私達がいなかったら……まだ指輪はなかっただろうにゃ」

 猫人族の手は毛むくじゃらで、杖や短剣が持てる程に人に近い手をしてるけれど、指輪を嵌めるのは肉球やらが邪魔して難しい。
 だから猫人族のお洒落は基本的に腕輪なのだ。ここはリュネー達も利用しているから、観光客相手に指輪などの品も置いているという事だろう。

「ねーさま、ティアさま! こっちみゃ!」

 手を振ってこっちに来てとアピールしてくれるニンシャのところに行くと、可愛らしいリボンの小物が置いてあった。
 やっぱりこの年頃の子はこういうのが好きなんだろう。私は……こういう女の子らしい事なんて何一つなかったから、いまいちよくわからなかったけど。

 それでも彼女達が楽しいなら、それはそれで良いんじゃないかなって、そう思った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...