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89・夏の猫人族の国

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 鳥車で案内された私達が辿り着いたのは、屋根が赤く、壁が白い綺麗な館だった。太陽の光を受けてきらきらしてるそこは、シルケットの本気度合いが窺い知れる場所だった……んだけど、そこで私の頭の中から疑問が湧き出してきた。

「そういえば、ここにはお父様の別荘はないのかしら?」
「えっと、ラディン公爵閣下の別荘はあるにゃ。シルケットはティリアースの王族と仲がいいにゃ。王座に就きそうな家の別荘は大体あるにゃ」

 シルケットにとって、ティリアースとの仲を深めるのは最も重要な事だからね。これでティリアース側が暗君だった時の対応も決めてるらしいんだから、かなり準備がいい。

「でも、今日は私達の館に案内しますにゃ。お父様やお母様にもティアちゃんを紹介したいし……あ、だめ、かにゃ?」

 こてんと可愛らしく首を傾けるリュネーは、本当に可愛い。

「全くだめじゃない。むしろ貴方のお父様とお母様って言えば……」
「うん。この国の現国王と王妃なのにゃ」
「……私が会ってもいいの?」

 今の私はアルファスに在住しているリシュファス公爵家の娘であって、まだ王位を継承すると決まったわけじゃない。
 国家の父とも言えるような存在と簡単に会えるような立場じゃないと思うんだけど……。

「そこは大丈夫なのにゃ。館の中はプライベート。城の中で会わないなら影響も少ないのにゃ」

 呑気に言ってくれるけど……まあ、あんまり気にしても仕方ないか。リュネーが良いと言っているんだし、良いんだろう。

「それでは、中までご案内致しますのにゃ。どうぞこちらに」

 今まで空気だったフェッツが先導を取るように歩き始めて、私達も彼の後に続いた。

「あの、エールティア様」
「ん、なに?」

 話が中断したのを見計らうようにジュールが話しかけてきた。その姿は、少し前に見せたあの姿はすっかり引っ込んで、雪雨との決闘が終わった辺りのジュールに戻ったみたいな気がした。

「え、えっと……ですね。きょ……いいえ、明日の夜にでも、少しお話をしませんか?」
「……別に今日でもいいけれど」
「明日! ……で、お願いします。ちょ、ちょっと館の中を見てきてますね」

 ジュールはそれだけ言って何処かに行ってしまった。残された私は、フェッツの方に視線を向けた。

「大丈夫なの?」
「今日は行って欲しくないところにはメイドや兵士を配置しておりすから問題ありませんにゃ」

 まるでこうなる事がわかっていたかのような口調だ。だけど、彼も意外そうな顔してたし、多分私を想定していたのかもしれない。

「ジュールちゃん、どうしたのかにゃ?」
「……色々あったのよ」
「そっか……ジュールちゃん、ちょっと変わったにゃ」

 ジュールはリュネーにも、かなり嫌な態度を取っていたから、シルケットで久しぶりに見た彼女の変化に驚いているんだろう。

 ……私も、リュネーがこんな言葉遣いするなんて思ってもみなかったから、大分驚いてるけれどね。

「リュネーだって猫、被ってたじゃない」

 脱いだ後は更に猫になったけどね。

「や、やっぱり変なのかな?」
「私は学園でのリュネーしか知らないから違和感があるけれど、ここではそれが貴女の本当なんでしょう? だったらそのままでいて欲しいな。そんなリュネーも可愛いからね」
「かわ……っ!?」

 私が何か不味い事を言ったのか知らないけれど、リュネーは顔を真っ赤にして俯いてしまった。しかも、フェッツはなんだか生暖かい笑みでこっちを見てきてる。

「あまり王女殿下で遊ばないで下さいにゃ」
「遊んだつもりはないのだけれども……」

 ただ、本当の事を言っただけなんだけどなぁ。
 どんな言葉遣いでも、リュネーが可愛いのは事実だもの。私は一人っ子だけど、もし妹がいたらこんな気持ちになるのかな? って思うほどだ。

「王女殿下はそういう褒め言葉を聞き慣れてませんのにゃ。王妃殿下や国王陛下――身内の方々にならまだしも、他の――」
「フェッツ!」
「……これは失礼しましたにゃ。私とした事が……」

 遮るように声を荒げたリュネーに対して、フェッツは申し訳なさそうに頭を下げる。
 なんとなく居心地の悪さを感じてしまった私は、とりあえず誤魔化すように何か言うことにした。

「とりあえず、まずは館の中を案内してもらえない? ルールがあるなら、それに従った方がいいでしょう?」
「……わかりましたにゃ。ちょっと時間が掛かりますが、それでもよろしいですかにゃ?」

 フェッツも空気が悪くなった事に思うところがあったのか、すぐに私の提案に乗っかったきた。

「そ、それじゃ、私は……」
「リュネー殿下はお庭の方で少しお休みになられた方が良いと思いますにゃ。深紅茶を届けさせますので、ゆっくりと心を休めて下さいにゃ」
「……わかったにゃ」

 ダイレクトに『来るな』と言われたリュネーは、落ち込みながらも納得した様子で庭の方に向かって歩いていった。

「良かったの? あんな風に言って」
「本当は良くないですにゃ。ですが……私の失言に傷ついたあの方を連れ回すような趣味はありませんにゃ」

 どこか力が抜けたように答えたフェッツは、気を取り直したような顔つきで、私に向き直った。

「それでは、案内いたしますにゃ。まずはこちらの方にどうぞですにゃ」

 ちょっと色々とあったけど、とりあえず今はフェッツについて行こう。リュネーには……後で少し言葉をかけてあげないとね。
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