42 / 676
42・ある日の出来事(???side)
しおりを挟む
「けしからん! 実に、けしからん!」
ティリアースの中央都市リティア。そこの城の一室で少々太った男が気品のある机に向かって思いっきり拳を振り下ろしていた。彼が怒りに任せてそんな事をする理由は一つ。厄介な少女の存在だった。
「落ち着かれよ。ルーセイド卿」
「これが落ち着いていられますかな。アルシアン卿!?」
太った男――ルーセイド伯爵は隣に座るアルシアン伯爵に向かって冷静さを欠いたように睨みつける。公式な場であるならば、間違いなく問題になるであろうこの行為も、今の場では誰も注意する者はいない。ただ一人の女を除いては。
「お静まりなさい」
たった一言でがなり立てるように怒りをまき散らしていたルーセイドは心を落ち着かせるように息を整えて……少し顔を青くした。あまりにもみっともないところを見せてしまえば、いくら伯爵の地位にいたとしても容赦なく切り捨てられる。それが目の前の女性には実現可能だという事を知っていれば尚更だ。
「し、しかしエスリーア閣下。事は深刻でございます。このままあの者が力をひけらかせば……」
「わかっております。ですから彼の提案で……こうして集まったのでしょう?」
黒に近い茶色の長髪を束ねている女性――エスリーア公爵夫人は何を言っているのか? というような視線で今回集まってきた貴族達を見回していた。最後にルーセイドに視線を向けて、彼が満足そうに頷いているのを見るだけで、今回の集まりがエスリーアの意思によるものではなく、ルーセイドによるものだという事が伝わってくる。
「……お言葉ですが、あの方が学園に入学されていらっしゃる以上、不用意な接触は不味いのでは? それにあそこはリシュファス公爵の領地。聡いあの男に迂闊な真似をすれば――」
「だからこそ、どうするのか集まったのではないか!」
ルーセイドの言葉に、アルシアンは深いため息を吐く。彼はただ、物事をしっかりと見据えて現実を見た発言をして欲しいと思っているだけであり、こうした時間は無駄極まりないと思っている。その事を理解して欲しげに右隣の方を見ると――
「私は静観するべきだと思いますがね。現時点ではあの方を持ち上げようとする連中にも動きは見られません。ここは堅実な動きが求められる場面だと思います」
「子爵如きが何を言うかと思えば……そんなことをすれば奴らに後れを取ることになるのだぞ? 貴様はその程度の事もわからんのか!」
子爵と呼ばれた男――ヒュッヘル子爵は内心うんざりしていた。アルシアンに目線で『何か案を出せ』と訴えかけられていざ発言しても、ルーセイドがそれに対して今のような暴言が飛んでくるのだから。
彼としても緊急の事案だと言われ、こうして領地を他の者に任せて馳せ参じた……はずなのに、実際はこのルーセイドの呼び出しだった。しかもそれをエスリーアが認めたという事実。そのどれもが不満を募らせるには十分な要素だった。
「しかしリシュファス公爵の懐で騒ぎが起きたとなれば……確実に調査の目がこちらに向きましょう。もし……万が一。エスリーア様に疑惑の目が向きでもしたら――」
「わかっておるわ! だからこそ、そこをなんとかしなければならんのだろうが!!」
――だったら貴殿が妙案を出し、『なんとか』してください。
それはエスリーアを除いた、他の貴族の方々が導き出した……ほぼ満場一致の思いだった。
言葉に出来なかったのは、醜態をさらしてエスリーアの怒りを招くことだけは避けたかった貴族の危機管理能力の賜物だった。
「よしなさい。私がなぜ、このような場を認めたか、わかっておらぬようですわね」
「失礼ながら、エスリーア閣下。それはどういう意味で……?」
「今、騒動になれば事は御家問題にまで発展するでしょう。行われるのは突発的な決闘。国民が納得出来る形であれば……戦闘能力。そして指導者としての才能を確かめる為の物となるはず」
「し、しかしそれでは我らが陣営に圧倒的に不利なのでは……」
確認するように話すエスリーアに、わかりきっている言葉を返すルーセイド。これだけで彼がこの集団を取り仕切りたいと思っている俗物であることが浮き彫りになるのだが、そんなことは今更の事であるため誰も口に出すことはしなかった。
「わかっております。私が今回の招集を認めたのは、先走ろうとする者達を留める為。決闘となれば、それは我が娘――アルティーナの王位継承権賭けた一戦になる事でしょう。そこに私達の派閥の不祥事が僅かでも露見するような事があれば――」
運が良ければ不利な条件の提示。最悪、ほぼ敗北確定の条件で争う事になる。それをエスリーアは懸念していた。
「今は少しでも多くの情報を集め彼の――リシュファス公爵の弱みを握るために動くべきでしょう。その為にすべきこと――貴方達はわかっているでしょう?」
その問いかけに示し合わせたかのように全員が頭を下げ、ルーセイド以外の面々は同時に安堵する。もし、暗殺でも命じられれば……捨て駒としてその地位を捧げなければならない可能性が高かった。
だからこそ……エスリーアが現在の状況を正しく判断することが出来る方であることに、改めて尊敬の念を抱くのであった。
――今回の会談の目的。それこそがそこにあると、誰もが知らずに。
ティリアースの中央都市リティア。そこの城の一室で少々太った男が気品のある机に向かって思いっきり拳を振り下ろしていた。彼が怒りに任せてそんな事をする理由は一つ。厄介な少女の存在だった。
「落ち着かれよ。ルーセイド卿」
「これが落ち着いていられますかな。アルシアン卿!?」
太った男――ルーセイド伯爵は隣に座るアルシアン伯爵に向かって冷静さを欠いたように睨みつける。公式な場であるならば、間違いなく問題になるであろうこの行為も、今の場では誰も注意する者はいない。ただ一人の女を除いては。
「お静まりなさい」
たった一言でがなり立てるように怒りをまき散らしていたルーセイドは心を落ち着かせるように息を整えて……少し顔を青くした。あまりにもみっともないところを見せてしまえば、いくら伯爵の地位にいたとしても容赦なく切り捨てられる。それが目の前の女性には実現可能だという事を知っていれば尚更だ。
「し、しかしエスリーア閣下。事は深刻でございます。このままあの者が力をひけらかせば……」
「わかっております。ですから彼の提案で……こうして集まったのでしょう?」
黒に近い茶色の長髪を束ねている女性――エスリーア公爵夫人は何を言っているのか? というような視線で今回集まってきた貴族達を見回していた。最後にルーセイドに視線を向けて、彼が満足そうに頷いているのを見るだけで、今回の集まりがエスリーアの意思によるものではなく、ルーセイドによるものだという事が伝わってくる。
「……お言葉ですが、あの方が学園に入学されていらっしゃる以上、不用意な接触は不味いのでは? それにあそこはリシュファス公爵の領地。聡いあの男に迂闊な真似をすれば――」
「だからこそ、どうするのか集まったのではないか!」
ルーセイドの言葉に、アルシアンは深いため息を吐く。彼はただ、物事をしっかりと見据えて現実を見た発言をして欲しいと思っているだけであり、こうした時間は無駄極まりないと思っている。その事を理解して欲しげに右隣の方を見ると――
「私は静観するべきだと思いますがね。現時点ではあの方を持ち上げようとする連中にも動きは見られません。ここは堅実な動きが求められる場面だと思います」
「子爵如きが何を言うかと思えば……そんなことをすれば奴らに後れを取ることになるのだぞ? 貴様はその程度の事もわからんのか!」
子爵と呼ばれた男――ヒュッヘル子爵は内心うんざりしていた。アルシアンに目線で『何か案を出せ』と訴えかけられていざ発言しても、ルーセイドがそれに対して今のような暴言が飛んでくるのだから。
彼としても緊急の事案だと言われ、こうして領地を他の者に任せて馳せ参じた……はずなのに、実際はこのルーセイドの呼び出しだった。しかもそれをエスリーアが認めたという事実。そのどれもが不満を募らせるには十分な要素だった。
「しかしリシュファス公爵の懐で騒ぎが起きたとなれば……確実に調査の目がこちらに向きましょう。もし……万が一。エスリーア様に疑惑の目が向きでもしたら――」
「わかっておるわ! だからこそ、そこをなんとかしなければならんのだろうが!!」
――だったら貴殿が妙案を出し、『なんとか』してください。
それはエスリーアを除いた、他の貴族の方々が導き出した……ほぼ満場一致の思いだった。
言葉に出来なかったのは、醜態をさらしてエスリーアの怒りを招くことだけは避けたかった貴族の危機管理能力の賜物だった。
「よしなさい。私がなぜ、このような場を認めたか、わかっておらぬようですわね」
「失礼ながら、エスリーア閣下。それはどういう意味で……?」
「今、騒動になれば事は御家問題にまで発展するでしょう。行われるのは突発的な決闘。国民が納得出来る形であれば……戦闘能力。そして指導者としての才能を確かめる為の物となるはず」
「し、しかしそれでは我らが陣営に圧倒的に不利なのでは……」
確認するように話すエスリーアに、わかりきっている言葉を返すルーセイド。これだけで彼がこの集団を取り仕切りたいと思っている俗物であることが浮き彫りになるのだが、そんなことは今更の事であるため誰も口に出すことはしなかった。
「わかっております。私が今回の招集を認めたのは、先走ろうとする者達を留める為。決闘となれば、それは我が娘――アルティーナの王位継承権賭けた一戦になる事でしょう。そこに私達の派閥の不祥事が僅かでも露見するような事があれば――」
運が良ければ不利な条件の提示。最悪、ほぼ敗北確定の条件で争う事になる。それをエスリーアは懸念していた。
「今は少しでも多くの情報を集め彼の――リシュファス公爵の弱みを握るために動くべきでしょう。その為にすべきこと――貴方達はわかっているでしょう?」
その問いかけに示し合わせたかのように全員が頭を下げ、ルーセイド以外の面々は同時に安堵する。もし、暗殺でも命じられれば……捨て駒としてその地位を捧げなければならない可能性が高かった。
だからこそ……エスリーアが現在の状況を正しく判断することが出来る方であることに、改めて尊敬の念を抱くのであった。
――今回の会談の目的。それこそがそこにあると、誰もが知らずに。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる