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22・本当に大切な事(レイアside)
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エールティアを裏切ったその日以降、中々彼女と話す機会がないまま、数日が過ぎたレイアは……少し前に起きた出来事のせいで自分の部屋で悶々と過ごしていた。クリムはエールティアと決闘をすることになってからは、率先してレイアと絡むことはなかった。
元々『汚らわしい』だとか『恥晒し』だとかレイアに対してロクな感情を抱いていないクリムにとって、レイアは使い捨ての駒のようなものだった。今回、エールティアが手に入るならば……レイアの価値はないと言っても等しかったからこそ、こうして距離を取っているというわけだ。
そのおかげ……と言っていいのかは不明だが、レイアは自分の部屋でこうやって頭を抱えて悩む事が出来るというわけだ。
彼女がここまで悩んでいる理由は一つ。エールティアを裏切ったことだった。
(出来れば謝って……前と同じように仲良くしたいんだけど……)
それをエールティアは許してくれないだろうことを、レイアはうっすらと感じ取っていた。まず、満足に話をしてくれることも出来ないのに、謝る事なんて出来る訳がない。
それはレイアもわかっている事だったが、それが彼女の出来る精一杯だった。
――『本当は……怖いから動けないんでしょう?』
そう言ったエールティアの顔を、レイアは思い出した。それは彼女がずっと『弱いから』と言って隠してきた本当の事であり、同時に、あまり触れられたくなかった傷でもあった。
(誰でも強くなれる訳じゃない。弱い人だって……もちろんいるもの。私だって……)
レイアは自分が強い人種ではないことを誰よりも知っていた。黒竜人族の中では明らかに劣っていて、友達が出来るどころかむしろいじめの対象にすらなっている始末だ。
だからこそ、クリムに脅迫されても従ったし、その結果エールティアという友人を失ってしまったのだが。
ほんの少しの『勇気』。エールティアが言っていたそれすら、レイアにとっては中々踏み出す事が出来ない一歩だった。
更に先日、意を決してエールティアに話しかけようとした結果の完全無視。それはレイアの心に深い傷を作った。
謝っても許してもらえない――それはクリムを紹介した日のやり取りで骨身に染みていたが、初めて出来た筈の友達に冷たく対応された事。それが彼女にとって何よりも傷つく出来事だったのだ。
「ティアさん……リュネーさん……」
ぽつりと呟いたその言葉に、誰かが答える事はない。初めて友達になった二人を裏切ってしまった事実が、改めてレイアの心に重くのしかかってくる。
教室のクラスメイトと彼女達を天秤に掛けて、前者を選んだ彼女に待っていたのは、ある意味平穏で……絶望に満ちた毎日だった。
それもそうだ。レイアがエールティアに礼を言う為に教室に行ったのも、彼女にとっては最大限の力を振り絞った結果だった。普段の彼女はほとんど誰とも喋らず、身を潜めてるだけの存在。そんなレイアを気にかけるようなクラスメイトはここには存在しなかった。
レイアにとってエールティアとリュネーは暗い学園生活に差した希望のようなものだったのだが……自分の足でそれを踏みにじってしまったのだから。
(私……どうしたらいいの? どうすれば……)
エールティアがもし、決闘に負ければ、レイアは更に後悔の念に駆られる事だろう。逆にクリムに勝った場合……想像するのも恐ろしい程の暴力がレイアに待っていた。
どちらに転んでも絶望的であり、レイアの脳裏には自分や、エールティアが玩具にされる光景が浮かんでは消え、その度に自分が責め立てられているような痛みに襲われる。
悪夢として現れ、何度も目を覚ます程の深い悩み。一日、二日、三日と時間が過ぎていく毎に心がすり減っていく。
決闘が始まる前に、エールティアにもう一度話をしたかったレイアは何度も彼女に話しかけようとして……結局出来なかった。
そんなある日。クリムはレイアを呼び出し、自らの部屋に招き入れた。
「よう、早かったな」
ニヤニヤと笑うクリムに……そして自らに嫌悪しながらレイアが静かに扉を閉めると、彼女に向かって小さな袋が投げつけられた。
「これは……?」
「中には粉末状の麻痺毒が入ってる。それを吸い込めば、しばらくはまともに体が動かせないだろうな」
下卑た笑みを浮かべるクリムに、レイアは信じられないと言った顔で、彼と小袋を見比べる。
「どう……して……?」
「はぁ? 馬鹿が。あいつに思い知らせてやるに決まってんだろうが」
クリムは最初からレイアとまともに決闘する気はなかった。これは言わば懲罰。立場をわからせる為の調教程度にしか考えていなかったのだ。
「エールティアに近づいてそれをぶつけろ。そうしたら……お前を自由にしてやるよ」
「……え?」
「お前なんかよりよっぽど楽しい玩具が手に入るからなぁ。もう用済みだ。これが終わったら一切お前に関わらないと誓ってやるよ。だから……わかるな?」
クリムの目は殺さんばかりにレイアを射抜き、彼女に一切の拒否が出来ないように威圧的な態度を取る。
レイアは……小袋を握りしめて、怯えながらも、これが終われば自由になれる――そんな夢みたいな事を頭の中で反芻しながら、クリムを見ることしか出来なかった。そんな姿を見ていたからこそ、クリムは気付かなかった。レイアの瞳の奥底に光るもの。恐ろしくも甘い誘惑の中で、ただ一つだけの決意を胸に宿していた事を――
元々『汚らわしい』だとか『恥晒し』だとかレイアに対してロクな感情を抱いていないクリムにとって、レイアは使い捨ての駒のようなものだった。今回、エールティアが手に入るならば……レイアの価値はないと言っても等しかったからこそ、こうして距離を取っているというわけだ。
そのおかげ……と言っていいのかは不明だが、レイアは自分の部屋でこうやって頭を抱えて悩む事が出来るというわけだ。
彼女がここまで悩んでいる理由は一つ。エールティアを裏切ったことだった。
(出来れば謝って……前と同じように仲良くしたいんだけど……)
それをエールティアは許してくれないだろうことを、レイアはうっすらと感じ取っていた。まず、満足に話をしてくれることも出来ないのに、謝る事なんて出来る訳がない。
それはレイアもわかっている事だったが、それが彼女の出来る精一杯だった。
――『本当は……怖いから動けないんでしょう?』
そう言ったエールティアの顔を、レイアは思い出した。それは彼女がずっと『弱いから』と言って隠してきた本当の事であり、同時に、あまり触れられたくなかった傷でもあった。
(誰でも強くなれる訳じゃない。弱い人だって……もちろんいるもの。私だって……)
レイアは自分が強い人種ではないことを誰よりも知っていた。黒竜人族の中では明らかに劣っていて、友達が出来るどころかむしろいじめの対象にすらなっている始末だ。
だからこそ、クリムに脅迫されても従ったし、その結果エールティアという友人を失ってしまったのだが。
ほんの少しの『勇気』。エールティアが言っていたそれすら、レイアにとっては中々踏み出す事が出来ない一歩だった。
更に先日、意を決してエールティアに話しかけようとした結果の完全無視。それはレイアの心に深い傷を作った。
謝っても許してもらえない――それはクリムを紹介した日のやり取りで骨身に染みていたが、初めて出来た筈の友達に冷たく対応された事。それが彼女にとって何よりも傷つく出来事だったのだ。
「ティアさん……リュネーさん……」
ぽつりと呟いたその言葉に、誰かが答える事はない。初めて友達になった二人を裏切ってしまった事実が、改めてレイアの心に重くのしかかってくる。
教室のクラスメイトと彼女達を天秤に掛けて、前者を選んだ彼女に待っていたのは、ある意味平穏で……絶望に満ちた毎日だった。
それもそうだ。レイアがエールティアに礼を言う為に教室に行ったのも、彼女にとっては最大限の力を振り絞った結果だった。普段の彼女はほとんど誰とも喋らず、身を潜めてるだけの存在。そんなレイアを気にかけるようなクラスメイトはここには存在しなかった。
レイアにとってエールティアとリュネーは暗い学園生活に差した希望のようなものだったのだが……自分の足でそれを踏みにじってしまったのだから。
(私……どうしたらいいの? どうすれば……)
エールティアがもし、決闘に負ければ、レイアは更に後悔の念に駆られる事だろう。逆にクリムに勝った場合……想像するのも恐ろしい程の暴力がレイアに待っていた。
どちらに転んでも絶望的であり、レイアの脳裏には自分や、エールティアが玩具にされる光景が浮かんでは消え、その度に自分が責め立てられているような痛みに襲われる。
悪夢として現れ、何度も目を覚ます程の深い悩み。一日、二日、三日と時間が過ぎていく毎に心がすり減っていく。
決闘が始まる前に、エールティアにもう一度話をしたかったレイアは何度も彼女に話しかけようとして……結局出来なかった。
そんなある日。クリムはレイアを呼び出し、自らの部屋に招き入れた。
「よう、早かったな」
ニヤニヤと笑うクリムに……そして自らに嫌悪しながらレイアが静かに扉を閉めると、彼女に向かって小さな袋が投げつけられた。
「これは……?」
「中には粉末状の麻痺毒が入ってる。それを吸い込めば、しばらくはまともに体が動かせないだろうな」
下卑た笑みを浮かべるクリムに、レイアは信じられないと言った顔で、彼と小袋を見比べる。
「どう……して……?」
「はぁ? 馬鹿が。あいつに思い知らせてやるに決まってんだろうが」
クリムは最初からレイアとまともに決闘する気はなかった。これは言わば懲罰。立場をわからせる為の調教程度にしか考えていなかったのだ。
「エールティアに近づいてそれをぶつけろ。そうしたら……お前を自由にしてやるよ」
「……え?」
「お前なんかよりよっぽど楽しい玩具が手に入るからなぁ。もう用済みだ。これが終わったら一切お前に関わらないと誓ってやるよ。だから……わかるな?」
クリムの目は殺さんばかりにレイアを射抜き、彼女に一切の拒否が出来ないように威圧的な態度を取る。
レイアは……小袋を握りしめて、怯えながらも、これが終われば自由になれる――そんな夢みたいな事を頭の中で反芻しながら、クリムを見ることしか出来なかった。そんな姿を見ていたからこそ、クリムは気付かなかった。レイアの瞳の奥底に光るもの。恐ろしくも甘い誘惑の中で、ただ一つだけの決意を胸に宿していた事を――
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