上 下
2 / 676

2・ある朝の一コマ

しおりを挟む
 初めて袖を通すベージュを基調とした学生服は、私の身体にぴったりだった。ちょっと履き慣れない短めなスカートが恥ずかしいけど、まあ、こんなのは履いてれば慣れるでしょ。

「お父様、お母様。おはようございます」

 食堂に入って既に来ていた父と母に行儀良く挨拶すると、父の方が感極まった表情で私を見ていた。

「アルシェラ、我が娘の素晴らしさはどうだ? 夜空咲く一輪の花のようではないか」
「そうね。これなら学園に行っても注目の的でしょう」

 出た。二人とも何かしら私の事を褒めてくれるのよね。小さい頃はすぐに頭を撫でてくれたし、苦しいくらいに抱きしめてくれた。
 これが愛情ってやつなのかも。どうにもくすぐったいけれど……これが本当に私に向けられたものなのか……それはわからないけどね。

 それは多分、私と二人が違いすぎるのも原因なんだと思う。両親は黒に少し茶色の混じったような髪に白に近い水色の目をしてる。でも私は……漆黒の長い髪に、白銀のような目の色をしてる。背だって低いし、15だって言っても信じてもらえないくらい幼い。私と二人の似てるところなんて、少し尖った耳ぐらいのものだ。
 ……後は父の身長が普通より低いっていうか、とても大人に見えない恰好をしているくらいか。

「? どこか具合でも悪いのか?」
「……っ、い、いいえ。まだ少し眠気がありまして……申し訳ございません」
「仕方があるまい。エールティアも今年で15。そして今日から家庭教師ではなく、学園に通う事になるのだからな」

 ……『学園』。その言葉を聞くと心の中がどんよりと憂鬱になる。だって、そこは色んな種族が勉強の為に通う場所で、そこに3年も通わなきゃならない。もう、ため息しか出ないのだけど、二人の前でそれを言ったり顔に出したりするのは気が引ける。二人とも私が学園に行くのを本当に楽しみにしてるんだもの。それに水を差すようなこと、言えるわけないじゃない。

「ああ、私の可愛いエールティア。大丈夫ですよ。貴女ならきっと、沢山のお友達を作ることが出来るでしょうから」
「ありがとうございます。お母様」
「はははっ、私たちの自慢の娘だからな! それに――この国の大切な宝だ」

 一瞬、父の顔が曇ったような気がしたけれど、多分気のせいだと思う。そんな顔してたこと一度もないし、いつも笑顔……っていうかちょっと緩んだ顔だったり、たまたま仕事してる時に見た真剣な顔くらいしか見たことないしね。

「さ、早く食べなさい。せっかく作ってくれた料理が冷めてしまうよ」
「は、はい。いただきます」

 お父様に言われるままに椅子に座って、朝食を少しずつ口に入れて、味わうように飲み込んでいく。ちょっとしょっぱいコンソメスープと、ふわふわで柔らかい玉子とハムのサンドイッチ。ハムエッグの方はとろっと半熟に仕上がっててすごく私好みだ。

 もっとじっくり味わって食べたいんだけど、生憎と時間がない。手早く片付けないと、学園に行く時間がなくなってしまう。いくら行きたくないって言っても、初日から遅刻なんてしたくないしね。

「エールティア、もう少しゆっくりとだな」
「それだけ学園に行くのが楽しみで仕方ないのよ」

 嬉しそうに笑う二人の勘違いを、正すことはしなかった。余計に勘違いするのが目に見えてるからね。

「……ごちそうさまでした」

 フォークとナイフを置いて、ナプキンで口を拭った後、すぐに席を立って部屋から出ていこうとする。

「お父様。お母様。行ってまいります」

 ……ちゃんと、二人に向かって、出来る限り丁寧な挨拶だけ済ませて。

「ああ。楽しんできなさい」

 にこりと微笑んでくれたお母様とお父様を背に、私は館を後にする。外に出ると涼やかな風が吹いて、ほんの少しだけ潮の香りがする。

「……良い風」

 ぽつりとつぶやいた私を迎えてくれたのは陽の光。今日も良い日になる――そんな予感をさせてくれる。

「……本当に」

 生まれ変わってから今まで、ずっと平穏な日々を過ごしてた。あの孤独と空虚に溢れた血生臭い世界が嘘のよう。でも……あの時の記憶は確かに私の中に残ってる。どうしようもない痛みが、傷が……胸の中に残り続けてる。こんな私が……本当にこんなところにいていいのかな? 自分が酷く場違いな場所にいるようにさえ思えてくる。

「……だけど、これが現実……なのよね」

 わかってる。どんなに場違いでも、ここが私の生きる世界だって。どんなに違和感があっても、こっちが今の私の現実。そう考えると、自然とため息が漏れだしてくる。

「……考えすぎても仕方ない、か」

 このままじゃどんどん悪い方向に考えが流れていくのはわかりきってる。だから、一度深呼吸をして、心の中の嫌なものを追い出してリセットした。少しずつ……ほんの少しずつでもいい。この世界の私をきちんと生きていこう。そうしたら私も……両親を愛せるようになれるのかも知れない。

「さ、行こう」

 館の外に出た私は、広場の方に歩みを進める。朝から賑わいを見せるこの場所には……大きな魔力を帯びた銅で作られた像が建ってた。決して錆びることのないこの像は、私たちの永遠の繁栄を象徴している……ってお父様が言ってたっけ。

 元になった人物は、この国を作ったとも言える最強の女王様……だっけ。私にもその血が混じってるらしいんだけど……そんな実感、全くわかないんだよね。
 えっと名前は――

「っと、いけない。本当に遅刻しちゃう!」

 ついつい見つめちゃってた私は、今の一番行かないといけないところを思い出して、すぐに銅像の事を記憶の片隅に追いやった。まず、遅刻しないこと。そっちの方が何より大事だからね!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...