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第二十節・『奪』の皇帝 セイル編
第347幕 ある日の英雄
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身体を休め、度々姿を見せてくるスパルナと念入りに話しながら計画を練り、その日の為に力を蓄える――それを繰り返して、ようやく実行に移す日が来た。
――
その日もいつもと変わらず、兵士が食事を持ってきた。しばらくすると回収に来るだろう。彼は俺が毎日身体を鍛えている事を知っているし、持ってくる時は大体いつも同じだ。だから、俺は天井に張り付いて兵士の隙を伺うことにした……んだけど、腹は減ったし、この張り付くってのは意外と体力使うな。
「食器を下げに……あれ? 誰も……いない……!?」
いつもの兵士がやってきて、俺のいないことに驚いて部屋の中に入ってきた。そのまま真上から奇襲を仕掛け、思いっきり後頭部をぶん殴ってやる。
「がっ……!」
「悪いな。気絶しておいてくれ」
何度かぶん殴ると、兵士は意識を失った。それを確認した俺は、兵士の鎧を全て剥ぎ取って身に纏った。
「……ちょっと小さいな。だけど、問題ない」
これが地下の兵士どもだったら軍服だったろうけど、これなら急場の防御力は申し分ないだろう。少し跳んで、鎧の感触を確かめた後、兵士の身体を適当に縛ってゆっくりと外に出た。
ここまではとりあえず計画通り。次は……兜の入手だな。兵士の一部は兜を着けて顔が見えにくい者もいた。それがあれば当面はなんとかなるだろう。
「……よし、行くか」
出来る限り人の目につかないように、気配を隠して……俺は行動を開始した。
――
なんとか兜を手に入れた俺は、出来る限り堂々とした振る舞いで城の出口へと向かった。ここで下手に怖がってたら余計に怪しまれるのがオチだからな。
「お、お仕事お疲れ。これからどうだ?」
「いや、まだ残ってるから遠慮しておくよ」
片手を上げて陽気に話しかけてきた兵士の一人に適当に答えながら、歩き去っていくのを見送った。
「……ふぅ」
妙に緊張してしまった。これじゃ、先が思いやられるな。やはり心の拠り所を失ったのが大きいのかも知れない。誰かに見つかりやしないかとドキドキしてしまう。
……どうにもまだ弱気癖が抜けないな。
そんな風に思って視線を落とすと……そこにあったのはグラムレーヴァだった。何も言わないけれど、こいつも俺を支えてくれた大切な――
「……あれ? 何か、小さく文字が書いてある?」
今まで持ってて全然気づかなかったけど、柄頭に何か彫られてる。不思議なんだが、本当に今になるまで気づかなかった。俺が兄貴から借り受けた時にはなかったのに、何で急に……。
「……『英』か」
随分懐かしい響きに聞こえる。思えばこの文字を目指して今まで頑張ってきたんだっけか。無理に背伸びをして、大人ぶった時期もあった。そんな自分に酔っている時期もあったろう。……なんか、色々情けないことばっかり思い出してるような気がする。
それでも、こいつは俺の心の支えになってくれていた。この文字があるから、俺は頑張ることが出来た。ただひたすら『英雄』を目指して。
「……いいや、今も目指してる。兄貴と戦ったあの日、俺の英雄像は本当に完成したんだ。兄貴を超える。それが……俺の……」
丁度空き部屋に入った俺は、魔方陣でそっと起動式を構築していく。あの日の思いを、俺が目指してきたものを形にするべく。そして……もし、この文字が何かの役に立つなら……ここでこの文字を見つけたのには、何か意味がある。なら、その意味を少しでもすくい上げるのが俺の役目のはずだ。
「それにしても、何もかも失って、もう戦えないかも知れないって時に見つけたのが、この『英』のってのは、皮肉なのかも知れないな」
思わず笑いがこみ上げてきて……それを抑えるように、脱走が発覚する前に手早くかつ丁寧に構築していく。
新しく手に入れる力……それを確かなものとするために。
――
――その後、少しだけ魔方陣を作った俺は無事に城を脱出した。町の方は特に何もなく、こっちが兵士だからといって話しかけてくる者もいなかった。
我ながら兵士というものも似合ってるんじゃないか? なんてしょうもないことを思いながら箱庭の区画を抜けて、一般の区画から町の出口へ……。
「お兄ちゃん、遅かったね」
門のところに差し掛かると、美少女が兵士たちを倒している場面に遭遇した。最初はいきなりの展開についていけなかったが、声をよく聞くとスパルナのそれだった。
「お前どうして……え?」
スパルナは目が金色で、髪は赤だったはずだ。それが今は目が空に近い青で、髪は緑色をして後ろで一纏めに結っている。確か……ポニーテールだっけか。
「ちょっとした魔方陣だよ。髪と目の色を変えるのってそれなりに疲れるんだよね。でもそのおかげでばっちり倒す事が出来たけどねっ」
ぶいっ! とでも言いそうな様子で楽しそうにしてるスパルナを見ると、なんだかこっちも楽しくなってきた。
「さ、行くぞ」
「うん! でも、どこに行くの?」
「兄貴がいるところだ」
町を出る前に、シアロルの軍がグランセストに侵攻を始めたという情報を手に入れた。あの皇帝の事だ。次は間違いなく『神』を扱う兄貴を狙ってくるはずだ。
それでようやく、現存する原初の魔方陣は彼の元に集う。
――それだけは、阻止しなくちゃな。
「兄貴。無事でいてくれ……」
巨大な鳥の姿になったスパルナの背に乗って、俺は次の戦いに向かった。これを……最後にする為に……。
――
その日もいつもと変わらず、兵士が食事を持ってきた。しばらくすると回収に来るだろう。彼は俺が毎日身体を鍛えている事を知っているし、持ってくる時は大体いつも同じだ。だから、俺は天井に張り付いて兵士の隙を伺うことにした……んだけど、腹は減ったし、この張り付くってのは意外と体力使うな。
「食器を下げに……あれ? 誰も……いない……!?」
いつもの兵士がやってきて、俺のいないことに驚いて部屋の中に入ってきた。そのまま真上から奇襲を仕掛け、思いっきり後頭部をぶん殴ってやる。
「がっ……!」
「悪いな。気絶しておいてくれ」
何度かぶん殴ると、兵士は意識を失った。それを確認した俺は、兵士の鎧を全て剥ぎ取って身に纏った。
「……ちょっと小さいな。だけど、問題ない」
これが地下の兵士どもだったら軍服だったろうけど、これなら急場の防御力は申し分ないだろう。少し跳んで、鎧の感触を確かめた後、兵士の身体を適当に縛ってゆっくりと外に出た。
ここまではとりあえず計画通り。次は……兜の入手だな。兵士の一部は兜を着けて顔が見えにくい者もいた。それがあれば当面はなんとかなるだろう。
「……よし、行くか」
出来る限り人の目につかないように、気配を隠して……俺は行動を開始した。
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なんとか兜を手に入れた俺は、出来る限り堂々とした振る舞いで城の出口へと向かった。ここで下手に怖がってたら余計に怪しまれるのがオチだからな。
「お、お仕事お疲れ。これからどうだ?」
「いや、まだ残ってるから遠慮しておくよ」
片手を上げて陽気に話しかけてきた兵士の一人に適当に答えながら、歩き去っていくのを見送った。
「……ふぅ」
妙に緊張してしまった。これじゃ、先が思いやられるな。やはり心の拠り所を失ったのが大きいのかも知れない。誰かに見つかりやしないかとドキドキしてしまう。
……どうにもまだ弱気癖が抜けないな。
そんな風に思って視線を落とすと……そこにあったのはグラムレーヴァだった。何も言わないけれど、こいつも俺を支えてくれた大切な――
「……あれ? 何か、小さく文字が書いてある?」
今まで持ってて全然気づかなかったけど、柄頭に何か彫られてる。不思議なんだが、本当に今になるまで気づかなかった。俺が兄貴から借り受けた時にはなかったのに、何で急に……。
「……『英』か」
随分懐かしい響きに聞こえる。思えばこの文字を目指して今まで頑張ってきたんだっけか。無理に背伸びをして、大人ぶった時期もあった。そんな自分に酔っている時期もあったろう。……なんか、色々情けないことばっかり思い出してるような気がする。
それでも、こいつは俺の心の支えになってくれていた。この文字があるから、俺は頑張ることが出来た。ただひたすら『英雄』を目指して。
「……いいや、今も目指してる。兄貴と戦ったあの日、俺の英雄像は本当に完成したんだ。兄貴を超える。それが……俺の……」
丁度空き部屋に入った俺は、魔方陣でそっと起動式を構築していく。あの日の思いを、俺が目指してきたものを形にするべく。そして……もし、この文字が何かの役に立つなら……ここでこの文字を見つけたのには、何か意味がある。なら、その意味を少しでもすくい上げるのが俺の役目のはずだ。
「それにしても、何もかも失って、もう戦えないかも知れないって時に見つけたのが、この『英』のってのは、皮肉なのかも知れないな」
思わず笑いがこみ上げてきて……それを抑えるように、脱走が発覚する前に手早くかつ丁寧に構築していく。
新しく手に入れる力……それを確かなものとするために。
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――その後、少しだけ魔方陣を作った俺は無事に城を脱出した。町の方は特に何もなく、こっちが兵士だからといって話しかけてくる者もいなかった。
我ながら兵士というものも似合ってるんじゃないか? なんてしょうもないことを思いながら箱庭の区画を抜けて、一般の区画から町の出口へ……。
「お兄ちゃん、遅かったね」
門のところに差し掛かると、美少女が兵士たちを倒している場面に遭遇した。最初はいきなりの展開についていけなかったが、声をよく聞くとスパルナのそれだった。
「お前どうして……え?」
スパルナは目が金色で、髪は赤だったはずだ。それが今は目が空に近い青で、髪は緑色をして後ろで一纏めに結っている。確か……ポニーテールだっけか。
「ちょっとした魔方陣だよ。髪と目の色を変えるのってそれなりに疲れるんだよね。でもそのおかげでばっちり倒す事が出来たけどねっ」
ぶいっ! とでも言いそうな様子で楽しそうにしてるスパルナを見ると、なんだかこっちも楽しくなってきた。
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――それだけは、阻止しなくちゃな。
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