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第十七節・落日の国編

第312幕 ナッチャイスの使者

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 俺はロイウスや二国の執政官たちとともに応接間にてナッチャイスの使者を待つことにした。周囲を緊張が包み込んでいて、俺もそれに当てられるように身を固くしてしまう。

 一体どんなのが飛び出てくるんだ……と思いながら待っていると、別の部屋で待っていたナッチャイスの使者が案内と共にやってきた。

「ようこそおいでくださいました。さ、こちらにおかけください」

 ロイウスの言葉に促されるように向かい合うように座った使者は――やはりナッチャイスだけあって女性だった。ゆったりとしたローブみたいなのを身に纏っている。やはり他の国のどことも違う……が、それ以上に地上のものとも少し違うような気がする。

「此度はありがとうございます。私はミンメア女王から使者を任されたイーリンと申します」

 しっかりと頭を下げた彼女――イーリンからは丁寧さには好感が持てる。それ以上にミンメア女王が今回の交渉に力を入れてる事がわかる。

「私はアリッカルのロイウスと申します。こちらはジパーニグの沢渡殿。そしてこちらはグレリア殿です」

 俺と少しひょろっと長い背格好の沢渡が軽く会釈をする。お互いにある程度形式張った挨拶を済ませたところで本題に入るとしよう。

「それで……今回はどんな要件でわざわざナッチャイスから訪ねてこられたのかな? まさか本当に同盟を?」
「はい。実はその通りでございます。私たちはある程度ですが、現在のジパーニグとアリッカルの状況は存じ上げております。だからこそ、グランセストとの停戦。及び二国との同盟を結びたいとこうして参りました」
「……それは、シアロルやイギランスは知っているのか?」
「いいえ。私たちはあの方々には内密で行動しております。ナッチャイスに存在する地下都市を守る為に。そして地上で住む民を守るために」
「そう簡単に言われますが、国民は果たして納得されるでしょうか? 魔人の下につく……それは予想以上の大変さがありますよ?」

 ロイウスが真剣な眼差しでイーリンを見据える。あまりの本気な度合いに気圧されてるくらいだ。
 だが、ロイウスがそうなるのも仕方ないだろう。ジパーニグは国民に隠して内部を固めている最中で、アリッカルは全部知れ渡り内部分裂を起こしてる。それをヘンリーが上手く纏めているからなんとかやっていけてる。
 だからこそ、ナッチャイスの本気度――真意を図ろうとしているのだろう。ここで気軽に同盟を組んで、ナッチャイスの国民が暴動を起こしたりでもしたら……それに反乱という可能性だって十分に考えられる。悪い方向に考え出せば止まらない。

「はい。こちらでも国民には隠し、世の中が落ち着いたときに全てを公表する事になっております。流石に私どももこの混沌とした世に争い事を増やしたくありませんので」
「それを素直に受け取れるほど、こちら側が浅慮ではない事は承知だと思いますが……一体何故今、このような話を?」
「私たちは仮初であろうが何であろうが、一番大切なのは自国の平和である事だと考えております。ジパーニグとアリッカルが陥落した今、こちらに牙が迫るのも時間の問題。そうなる前にどちらに着くか決めなければなりませんでした」

 真摯的な態度でイーリンはこちらに向き合ってくる。それ自体には罠の香りはせず、彼女の話はある程度正しいのだと教えてくれている。
 他にも一通りの話を聞き終わり、返事はしばらく日を開けてから改めて、という話でも嫌な顔一つしなかった。

「さて、どうしましょうか……」
「ここは受け入れるべきでは? ナッチャイスが攻めてこなくなる口実が作れるならその方が……」

 悩むロイウスと、決断を早めに出した沢渡はこちらの答えを聞きたそうにしていた。

「まだ時期尚早なのではないかと思う。こちらの地下都市の調査も満足に終わってない現状で、不安要素を抱えるべきじゃない」
「ですが、追い返してしまえば、ナッチャイスに攻め込まれる口実になるやも知れません」

 沢渡の言う事も一理ある。だが、ここで彼女たちの全てを信じる事なんて出来はしない。さてどうしたものかと考えていると、ロイウスから声が上がった。

「では、相互不可侵不干渉という事で如何でしょう? 書面にしっかりと記載していれば下手な事は起こらないはずです」
「……そうですね。それならば」
「ナッチャイスの意思を尊重しつつ、という訳だな。しばらく彼女たちの誠意を見せてもらう……という名目を付け加えても良いかも知れない」

 こちらとしては敵対さえしなければそれでいい。ナッチャイスとは残りの二国と戦争している間は停戦という事にして、全てが解決してから改めて話し合いの場を作ればいい。

 その結論に至った翌日。使者の方に話をして、ひとまずはそれで同意という事になった。使者も概ね納得していた事だし、最初からこれが狙いだったのかも知れない。

 イーリンや彼女を護衛していた者たちをしっかりと見送り、新たな局面に移ってきた事を感じる。
 残るはイギランスとシアロル……この二国さえなんとかなれば、まだ道はある。そう思っていた。

 そんな儚い希望を打ち砕くように、数日後……運命の針は動き出した。
 それを暗示していたかのように俺たちは、もう二度とイーリンと出会う事はなかった。
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