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第十四節 奸計の時・セイル編

幕間 俺の獲物だ・後

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 自分がいつまで経っても仕留めきれなかった事実に、ヘルガは内心驚いていた。彼女にとって、ラグズエルもまた、取るに足らない存在だった。
 その彼が底力を見せ、粘り、ここまで戦っている事が、ヘルガには信じられなかったのだ。

「どうして?」

 無意識に漏れたそれは、彼女の心の中の全てを表していた。どうしてここまでするのか? なぜこんなに戦えるのか? そんな疑問を込めた言葉だった。

「……決まってんだろ。どうしてもセイルの奴をぶっ飛ばしたい。それと……お前がそんな高みで見下ろしてるからだよ」

 近づいて見下ろすように顔を覗き込まれたラグズエルは、真剣な表情をしてヘルガを見上げていた。
 そのあまりにも遠くを見据えているような視線に、ヘルガは少し息を呑んだ。これほど真面目な表情を彼女は見たことがなかったからだ。

「……どういうこと?」
「気付いてないのか? 昔のお前は、こんな風に相手を追い詰める戦い方はしなかったぜ? 皇帝の為に。ただそれだけに必死になってる姿は、本当に美しかった。それが今はどうだ。自分の力に驕って、獲物を追い立てるように狩りをしている。そんなんじゃあいつらには一生勝てねぇよ」

 ヘルガはそれを苦々しい思いで見ていた。彼女自身も薄々気付いていた。いつからか自分が戦いを狩りに見立てて楽しむようになっていたことを。皇帝の為に戦っているはずなのに、自己満足の為に行っていたことを。それをラグズエルの言葉に突きつけられ、いつのまにか手に持っていた銃を落としていた。

 ヘルガはラグズエルから離れ、数歩後退る。

「……わかった」
「なにがだよ」
「セイルは貴方に任せてあげる。その代わり、グレリアは私が必ず殺す」

 ゆっくりと起き上がったラグズエルは、ヘルガのその言葉にようやく『本気』になったかと嬉しそうに微笑む。彼女は普段、『殺す』なんて言葉を使わない。そんな事思わなくても自然と相手が死んでいるからだ。
 それをはっきりと意思を表明した。その事実が彼の背筋に冷や汗を流させる。

「それは良かった。こうして命の綱渡りをした甲斐があったぜ」
「……嘘つきめ。もっとアレを駆使したらそんな無様、晒すことはなかったでしょう?」

 嫌なものを見たというかのような視線をラグズエルは向けられるが、彼はそんな視線も涼しそうな顔で受け流した。
 セイルとの戦いで苦渋を舐めさせられたのはヘルガだけではない。ラグズエルもまた、ラグナスとして振る舞っていたグランセストで苦々しい経験をさせられたのだ。

「久しぶりに使ったんだ。仕方ないだろう? しかし、あの御方から授かった力を再び振るう事になるとは思いもしなかった」

 本来の彼は記憶を操り、敵対者を人知れず葬るのが仕事だ。だが、駒が存在しない時やタイミングが悪い時など、どうしても自らが手を下さなくてはならない場面がある。特にまだ人の国がまとまっていなかった時などはそのような事態が多かった。彼自体、戦闘力は高いほうだが、確実に屠る為に皇帝から力を授かっていたのだ。
 人の国の全てを手にし、魔人の国を操りながら戦いの歴史を築いていた時代に不要となって返還したという経緯があった。それを再び……恥を偲んで願った。もう一度、力が欲しいと。

 最初に授けた時、そして返還した時もヘルガは皇帝の近くにいて、その事を知っていた。だからこそ、今、彼が再びその力を手にしている事実が彼女の心を動かしたのだ。

「そう。なら、しっかりと錆を落としておくことね。私が譲った以上、負けたら承知しないから」
「わかってるさ。……ありがとうよ」
「別に。それじゃ私はもう行くから」

 ヘルガは興味を失くしたようにそれだけ告げると、自分だけさっさと訓練場を出ていってしまった。
 後に残されたのは満身創痍になっても約束をもぎ取ることに成功した、見た目がボロボロの敗者のような男が一人。

「は、ははっ……どうやら虎の子を起こすことが出来たようだな。久しぶりに見たぜ。ヘルガのあんな真剣な表情をさ」

 ぽつりと呟きながら、ラグズエルは改めて自分の衰えを実感していた。本来の実力を出すことが出来れば、もう少し善戦出来るはずだったのだ。結果的にヘルガを納得させることは出来たが、彼自身は自分の錆びついた腕に不満を感じていた。
 その事を見抜いていたヘルガに皮肉を言われ、どこかやり返された気持ちになったラグズエルは、再び大の字になって天井を見つめた。

 この世界の――地上では考えられないほど白色の無機質な天井。冷たい床を少々熱くなった身体を冷ましてくれているのを心地よく感じながら彼は初めてロンギルス皇帝と出会った時の事をふと思い出していた。
 もし、あの時ヘルガに敗北していなかったら、皇帝に完敗していなかったら……今の自分はいないだろうと。遠い昔のことだが、彼にとってはつい最近の事のようにも思えていた。

「思えば、随分と遠くまで来たもんだ。だが、ま、おかげで随分と楽しい事になってるけどな」

 そして、これから更に楽しいことが起きる。そんな予感が胸に湧き上がるのを抑えながら、ラグズエルはただ一人、笑っていた。
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