275 / 415
第十四節 奸計の時・セイル編
幕間 俺の獲物だ・前
しおりを挟む
シアロル帝国の地下に位置する都市スラヴァグラード。そこにある訓練施設で射撃を続けるヘルガの姿があった。
ここは彼女専用の部屋と言っても良く、縦横無尽に出現する的を『空間』の起動式で構築した魔方陣を扱いながら撃ち抜いていく……という感じの訓練をしていた。
もう何時間もしていたのか、ヘルガは荒い息を吐きながら黙々と的を仕留めていく。
グレリア、セイルの二人と戦い、二人共取り逃がした……その事実が彼女の心を苛立たせていた。だからなのか、彼女の訓練を見ている者がいたことに気付けなかった。
「精が出るな」
「!? ……ラグズエル」
ヘルガが鋭い視線を向けると、ラグズエルは旧知の友と会うかのように軽い感じで歩み寄っていく。
「何の用?」
「……お前、セイルに負けたんだって?」
「負けてない」
ラグズエルの一言にヘルガは殺気を隠すことなく放っている。並の兵士であれば失神してもおかしくないそれを、彼はまるで日常茶飯事だと言わんばかりに涼しい顔で受け止めている。
「まあ落ち着けよ。これから先、戦いは激化する。もし、俺とお前が同じ戦場で奴に出会ったら……戦う権利、俺に譲れよ」
「正気で言ってる?」
「ああ。お前、グレリアって奴とも因縁があるんだろう? だったらあいつは俺が貰ってもいいだろう?」
ラグズエルがそれを言い終わった瞬間、魔方陣で手元に銃を呼び出し、銃口を突きつける。今すぐにでも引き金を引きかねないという緊張感が立ち込める中、堂々としているラグズエルは肝が座っている。
「ははっ、怖い怖い。だったらこういうのはどうだ? 俺とお前で戦って……お前が納得したら譲ってくれるっていうのはよ」
「その条件だと、貴方が不利なの、自覚してる?」
「いいや? 俺は別に勝たなくていい。仮に運良く勝てたら、負けたお前はそれでも納得しないなんてありえないからな」
ラグズエルはヘルガに勝てるなんて思っていない。本気で戦えば彼女の有利は揺るがないし、彼女自身が気付いてないであろう驕り高ぶった今ですら、苦戦は必至だ。だからこそ、勝たなくても良い方法を提示した。そして――
「……いいわ。乗ってあげる」
ヘルガは自分が侮られるのが我慢できない。格下だと思っている相手には尚の事だ。
「よし、それじゃあ……このコインが落ちたら戦闘開始といこうぜ。なぁに、長くはならないさ」
ラグズエルの提案にヘルガは頷き、互いに距離を取る。ラグズエルは緊張の一瞬を感じながら、コインを取り出し……覚悟を決めたようにそれを高く放り投げる。
空高く舞ったそれが地面に落ちた瞬間……動き出したのはヘルガだった。瞬時に展開される大量の銃火器。中には対戦車・対物ライフルを始めとして、戦車砲や機関銃などが織り交ぜられている。それらは明らかにラグズエルを殺す気でそれらは展開されていた。
地獄には様々な拷問があるとされているが、このような光景は存在しないであろう。この世に具現化した新しい地獄の在り方を見て、ラグズエルは冷や汗をかいた。
「降参するなら今の内だけど?」
そんな胸中を見抜いているかのように、ヘルガは余裕のある……冷めた声で慈悲を与えた。
ありとあらゆる銃火器を従えたそれは、背筋が凍るほどに恐ろしくも神々しい姿。
並の器ならば即座に泣いて許しを乞うであろう現状を、ラグズエルは一笑に付した。
「いいから早くかかってこいよ。それとも撃ち方を忘れたか?」
指でちょいちょいと挑発するような仕草を取ったラグズエルにヘルガは怒り、無言のまま、何の躊躇もなく次々と死を内包した攻撃を放った。降り注ぐ銃弾の数々。そのどれもが常人では捉えることの出来ない速度で襲いかかってくる。
(随分、腑抜けになっちまったなぁ……)
全面に張り巡らされた弾幕。ラグズエルはそれを脅威に感じながらも、どこか余裕さえ感じていた。
以前にも彼はヘルガと対峙したことがあった。彼自身、詳しく思い出せないほどの昔にだ。
しかし、残っている記憶が教えてくれている。今の彼女は目の前の敵を見ていない。いや、正確には獲物を狩る程度の感覚でしか接していない。それがこの攻撃だけでわかってしまったのだ。
圧倒的な物量を見せつけ、獲物を追い立てるように射撃をする――。
それは強者の傲慢だった。自身が負けるはずがない。ここで終わる程度の女ではない……。
例えセイルやグレリアに敗北したとしても、崩れないそのプライドこそ、彼女の欠点だった。
ギリギリの回避を続け、ヘルガの予定通り追い立てられていくラグズエルは、他の者からみたら滑稽に見えたかも知れない。ヘルガはシアロル――いや、この世界で最も強い女性だと言っても過言ではないからだ。
そんな彼女の繰り出す死の嵐の中……吹き荒ぶ荒野の風に怯まず進む開拓者のように、ラグズエルはそれに向かって行った。
――
長い時間戦い続け、ヘルガが少し肩で息をし始めた頃。周囲はボコボコに歪んでいたり、穴が空いていたり……酷い状況の中、ラグズエルは大の字になって倒れ、天井を見上げていた。
あれだけの死と戦ってもなお――彼は生きていたのだ。
ここは彼女専用の部屋と言っても良く、縦横無尽に出現する的を『空間』の起動式で構築した魔方陣を扱いながら撃ち抜いていく……という感じの訓練をしていた。
もう何時間もしていたのか、ヘルガは荒い息を吐きながら黙々と的を仕留めていく。
グレリア、セイルの二人と戦い、二人共取り逃がした……その事実が彼女の心を苛立たせていた。だからなのか、彼女の訓練を見ている者がいたことに気付けなかった。
「精が出るな」
「!? ……ラグズエル」
ヘルガが鋭い視線を向けると、ラグズエルは旧知の友と会うかのように軽い感じで歩み寄っていく。
「何の用?」
「……お前、セイルに負けたんだって?」
「負けてない」
ラグズエルの一言にヘルガは殺気を隠すことなく放っている。並の兵士であれば失神してもおかしくないそれを、彼はまるで日常茶飯事だと言わんばかりに涼しい顔で受け止めている。
「まあ落ち着けよ。これから先、戦いは激化する。もし、俺とお前が同じ戦場で奴に出会ったら……戦う権利、俺に譲れよ」
「正気で言ってる?」
「ああ。お前、グレリアって奴とも因縁があるんだろう? だったらあいつは俺が貰ってもいいだろう?」
ラグズエルがそれを言い終わった瞬間、魔方陣で手元に銃を呼び出し、銃口を突きつける。今すぐにでも引き金を引きかねないという緊張感が立ち込める中、堂々としているラグズエルは肝が座っている。
「ははっ、怖い怖い。だったらこういうのはどうだ? 俺とお前で戦って……お前が納得したら譲ってくれるっていうのはよ」
「その条件だと、貴方が不利なの、自覚してる?」
「いいや? 俺は別に勝たなくていい。仮に運良く勝てたら、負けたお前はそれでも納得しないなんてありえないからな」
ラグズエルはヘルガに勝てるなんて思っていない。本気で戦えば彼女の有利は揺るがないし、彼女自身が気付いてないであろう驕り高ぶった今ですら、苦戦は必至だ。だからこそ、勝たなくても良い方法を提示した。そして――
「……いいわ。乗ってあげる」
ヘルガは自分が侮られるのが我慢できない。格下だと思っている相手には尚の事だ。
「よし、それじゃあ……このコインが落ちたら戦闘開始といこうぜ。なぁに、長くはならないさ」
ラグズエルの提案にヘルガは頷き、互いに距離を取る。ラグズエルは緊張の一瞬を感じながら、コインを取り出し……覚悟を決めたようにそれを高く放り投げる。
空高く舞ったそれが地面に落ちた瞬間……動き出したのはヘルガだった。瞬時に展開される大量の銃火器。中には対戦車・対物ライフルを始めとして、戦車砲や機関銃などが織り交ぜられている。それらは明らかにラグズエルを殺す気でそれらは展開されていた。
地獄には様々な拷問があるとされているが、このような光景は存在しないであろう。この世に具現化した新しい地獄の在り方を見て、ラグズエルは冷や汗をかいた。
「降参するなら今の内だけど?」
そんな胸中を見抜いているかのように、ヘルガは余裕のある……冷めた声で慈悲を与えた。
ありとあらゆる銃火器を従えたそれは、背筋が凍るほどに恐ろしくも神々しい姿。
並の器ならば即座に泣いて許しを乞うであろう現状を、ラグズエルは一笑に付した。
「いいから早くかかってこいよ。それとも撃ち方を忘れたか?」
指でちょいちょいと挑発するような仕草を取ったラグズエルにヘルガは怒り、無言のまま、何の躊躇もなく次々と死を内包した攻撃を放った。降り注ぐ銃弾の数々。そのどれもが常人では捉えることの出来ない速度で襲いかかってくる。
(随分、腑抜けになっちまったなぁ……)
全面に張り巡らされた弾幕。ラグズエルはそれを脅威に感じながらも、どこか余裕さえ感じていた。
以前にも彼はヘルガと対峙したことがあった。彼自身、詳しく思い出せないほどの昔にだ。
しかし、残っている記憶が教えてくれている。今の彼女は目の前の敵を見ていない。いや、正確には獲物を狩る程度の感覚でしか接していない。それがこの攻撃だけでわかってしまったのだ。
圧倒的な物量を見せつけ、獲物を追い立てるように射撃をする――。
それは強者の傲慢だった。自身が負けるはずがない。ここで終わる程度の女ではない……。
例えセイルやグレリアに敗北したとしても、崩れないそのプライドこそ、彼女の欠点だった。
ギリギリの回避を続け、ヘルガの予定通り追い立てられていくラグズエルは、他の者からみたら滑稽に見えたかも知れない。ヘルガはシアロル――いや、この世界で最も強い女性だと言っても過言ではないからだ。
そんな彼女の繰り出す死の嵐の中……吹き荒ぶ荒野の風に怯まず進む開拓者のように、ラグズエルはそれに向かって行った。
――
長い時間戦い続け、ヘルガが少し肩で息をし始めた頃。周囲はボコボコに歪んでいたり、穴が空いていたり……酷い状況の中、ラグズエルは大の字になって倒れ、天井を見上げていた。
あれだけの死と戦ってもなお――彼は生きていたのだ。
0
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
召喚アラサー女~ 自由に生きています!
マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。
牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子
信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。
初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった
***
異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います
かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる