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第十四節 奸計の時・セイル編

第245幕 決断された意思

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「……ここは?」

 気がついた男は、自分が今どこにいるのかわからない様子で辺りを見回していた。
 しばらくそんな風に頭を動かして、ようやく俺らに気づいた時、物凄く驚いた顔をしていた。

「貴方は……」
「大丈夫か? あんた、さっきまで血だらけで倒れてたんだぞ? スパルナが見つけなかったら、遅かれ早かれ死んでたぞ」
「そうですか……まさか貴方が私を助けてくれるとは……。運命というものは皮肉で出来ているのではないかと感じましたよ」

 やっぱりこの男は前にも俺と顔を合わせたことがあるようだ。ただ、どうしても思い出せない。
 印象が薄いというか……とにかく、会ったこと以外名前すら覚えていなかった。

 対する男の方は俺のことをよく知っているようで、興味深そうにこちらを見定めるような視線を投げかける。

「まさか私の事、覚えてませんか?」

 俺の反応がいまいち良くなかったからだろう。男は疑問を投げかけてくるが、それを見ても全然見に覚えがない。
 思わずスパルナの方を振り返るけど、彼の方もこくんと首をかしげて全然わからないといった様子だ。

「すまない。どうにも最近色々な事が起こりすぎて……会ったことがあることしか覚えてない」
「……それもそうですね。グレリアさんとは何度かお会いしましたが、貴方とは勇者会合の時以来ですものね」
「勇者会合……ソフィアと戦ったやつか!」
「なんで私の事は忘れていて、ソフィアさんのことは覚えてるんですかねぇ……」
「す、すまない……」

 ギラッと光るような視線が俺を射抜いて、思わず少し萎縮してしまう。

 しかし、彼から『勇者会合』という言葉を聞いた時にようやく俺も思い出すことが出来た。グレリアがカーターと戦った次くらいにソフィアと戦ったのが彼だったはずだ。確か名前は……。

「まあ、思い出したんだからいいじゃないか。モンロー」
「誰ですかね。それは? 私は女性ではありませんよ」
「じゃあ、ランボー?」
「ヘンリーです! ヘ・ン・リ・ー!」

 イライラとしたヘンリーは眼鏡を右手で直して、不満そうな表情で俺を睨んでる。
 そんなに睨まなくてもいいじゃないか……。

「で、リンボーさんはなんでこんなところで倒れてたの?」
「お嬢さん、人の名前を間違えるのは本当に失礼な事なのだと、覚えておいた方がいいですよ。貴女だって適当な名前で呼ばれたら嫌でしょう? 私はヘンリーです」
「……うん、わかった」

 やっぱり少女に見間違えられたスパルナは、納得いかないという顔をしてとりあえず頷いた。
 あまり誰かを責めることは出来ないが、ここは一つビシッと言ってあげなければならない。

「……ヘンリー、スパルナは男だ」
「はははっ、冗談を――」
「ぼく、男だもん」
「これは……申し訳ありません。私としたことが……」

 ぶすっとした表情でスパルナを見て、ヘンリーも自分が間違えたことに確証を持ったようで、平謝りしている。
 しかしヘンリーよ。お前もあまり恥じることはないさ。大体の奴が間違えてるから。

「……で、ヘンリーはここで何をしていたんだ?」
「恥ずかしい話ですが、縁を切られてしまいましてね。私としたことが引き際を間違えてしまいましたよ」
「イギランスを追い出されたってことか?」
「はははっ、それだけならまだ良かったのですがね。命を狙われた……そういうことですよ」

 自嘲気味に笑いながらそれ以上はあまり詮索しないでくれとでも言うかのように落ち込むヘンリーに、俺も深く突っ込むことはしなかった。
 誰だって言いたくないことはあるし、命を狙われたということは、今まで仕えていた国に裏切られたというわけだ。

「かわいそー」
「ふ、ははっ……そうですね。可哀想なんですよ。ですが、私もただで転びはしません。こうなったらグランセストにヒュルマの兵器に関する情報を手土産に持っていってみせますよ」
「兵器の情報?」
「ええ。極秘裏に開発されている『魔力を吸収するゴーレム』の情報ですよ。彼らは魔方陣を無効化するために地下で製造しているんですよ」
「それは……」

 魔人にとって、魔方陣は戦いの基本だ。身体強化に攻撃に妨害。はたまた地図を見ることにすら魔力を用いる。地下ほど発展させた使い方はしていないが、いずれそうなるだろう。
 それを吸収するゴーレムともなれば……いくらグランセストの魔人が強力であろうとも、苦戦は必須。下手をしたら為すすべもなく殺されてしまうだろう。

「貴方がシアロルの皇帝から色々と聞かされたことは知っています。仮にも私はあちらの陣営に所属していたのですから。だからこそ、わかるはずです。彼らがこの程度の事、出来ないはずがないと」

 その通りだ。俺たちはあのスラヴァグラードの発展した都市をこの目で見てきた。あそこなら、魔力を吸うゴーレムを作っていてもおかしくはない。
 なるほど……そんなものを持ち出すとは、それだけ皇帝も本気ということか。
 大規模な戦争になる。アンヒュルもヒュルマも大勢死ぬことになるか……一方的に虐殺されるかもしれない。

 ヘンリーのおかげで、俺の方も心が決まった。皇帝はここを一度綺麗にリセットするつもりだ。
 このままじゃ何の罪もない者まで犠牲になる……。そんなことは絶対に、させてはいけない。
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